このレースをやりなおします、よろしいですか?

Ryan Hunter-Reay sails through Turn 8 during Race 1 of the Chevrolet Detroit Grand Prix at Belle Isle Park

Photo by: James Black

【2018.6.2-3】
インディカー・シリーズ第7-8戦 デュアル・イン・デトロイト

レースとはたとえば競技者どうしが可能性をやりとりしながらひとつの結末へと到達する営みと表現できるのだと、フェニックスGPの記事に書いている。最初の時点では全員にとって無数に広がっている可能性の糸が、1周、また1周するたびに何本か途切れていき、やがてチェッカー・フラッグに1本のみが残されるのだ。ある周回に起こった何事かが、次の周回に残される可能性を規定する。コントロールラインはさしずめ悪戯な糸切り鋏といった気配で、ありうべき未来の先端を断ち、もはや現在には届かない過去へと変えていく。

当然ながら時間が巻き戻らない以上、その過去を取り返すことなどできはしない。非日常の高速で進むレースでは、断ち切られた可能性はあっという間に、それこそ100mphの速さで遠ざかっていってしまう。同じところをひたすら回っているだけではないかという言はモータースポーツにしばしば向けられる、競技者の肉体的負担や技術的洗練を無視した誤解であるが、そんな誤解が生じるほどに同じ動作を反復しているように見えたとしても、すべての周回はつねに一度きりの事象であり、またそうした一度きりの周回が積みなることでたったひとつのレースが生み出される。繰り返しによって作られながら、繰り返しは存在しない。レースは一回性に支配されている。

インディアナポリス500マイルに広がった穏やかな感動を噛み締める時間もないまま、次の週末のデトロイトには2つの決勝レースがもう並び置かれている。歪みのないスーパー・スピードウェイを200mphの速さで突き進んでいく祭典から一転、バンピーなどという言葉では生ぬるいベル・アイル市街地コースの路面で文字どおり飛び跳ねる車を抑え込まなくてはならないのだから、2週間につらなるこれらが同一のカテゴリーとして分類されるのは少し信じがたい気持ちにさえなってしまう。全員が乱気流の中を我慢しながら走っていたインディ500とは展開もまったく異なって、積極的に動いて活路を見出そうとするドライバーも何人かいるのだった。そのうちのひとり、たとえば土曜日のレース1でライアン・ハンター=レイがピットに向かったのは、まだスタートから間もない9周目のことだ。ベル・アイルの路面はタイヤ表面のゴムを鉋で削っているかのように荒く、柔らかいオルタネートタイヤはこんな序盤も序盤からすでに1秒か2秒、あるいはそれ以上にラップタイムを落とすほど性能を低下させていた。この時点でタイヤを交換することで、残りの長い距離を安定したプライマリータイヤで走る利益を大きく享受できるわけである。もちろん代償は存在し、燃料搭載量だけで考えれば2回の給油で済むレースを3回給油して戦わなければならない。デトロイトはそこに均衡が生じるレースだった。余分なピットストップで失う時間を、タイヤと燃料量の違いから生じる速さの差で埋められるかどうか、ハンター=レイはできると踏んだのだった。

おそらく、タイヤの劣化を組み込んだ想定ラップタイムを単純に70周分積み上げ、そこにピットで失う時間を加える机上の計算なら確実に「3回」が上回るのだろう。1周あたり2秒も差があれば、25秒程度の損失などものの10周で帳消しになってしまう。仮にタイヤの差だけでの逆転が叶わなかったとしても、3回ストップは基本的に停止時間が短く、燃料の少ない=軽い状態で走れる時間が長いため、そのぶんの優位もある。だが一方でレースには不確定要素がそこかしこに転がっている。想定された最高のタイムを連ねながら走れる状況は必ずしも多くないし、ドライバー自身もときには失敗を犯す。周回遅れの速度に付き合わされることだってあるだろう。そこで失うのがせいぜい0.5秒だったとしても、積み重なれば2秒になり3秒になり、最終順位に決定的な影響さえ及ぼすのがレースの常ではないか。そしてなによりインディカーにはフルコース・コーションがある。良くも悪くも、だれかが事故を起こした瞬間にそこまで築いてきたすべての差は無になって、レースはふたたび一からやり直されてしまう。そのタイミングはいかなる意味でも予測できず、2回か3回か、どちらの作戦に利するかを事前に判断するすべはない。もし言えるとしたら、3回ストップにはひとつだけ明白なリスクが存在するということくらいだろう。何度も書いたように、市街地のレースではだれかがピットに入り別のだれかが入っていない「狭間の時間」に事故が発生すると、ロスタイムを回復できる前者に対してコースに取り残される後者だけが一方的に損をして順位が大きく乱れる。特にそれがレース終盤に起こった場合は挽回の機会も残されないので、最後のピットストップは早めに済ませておくのが原則といえよう。ところが3ストップは、そもそも最後の給油までに速さを積み重ねて逆転可能な差を作り出すことが狙いの作戦なのだ。すなわち、最後のピットを後回しにすればするほど後続に差をつける機会時間が長くなって利益は増大するのだが、同時に引き延ばした分だけ狭間の時間も延長されてコーションによる破滅の確率も高まることになる。これは、目的を達成するためには引き受けざるを得ないジレンマである。インディカーの規則の下では、余分なピットストップを速さで補う作戦は本質的に外乱との相性が極めて悪い。

事実、レース1はそのようにして決まった。2ストップ勢が第2スティントの燃料を使い切ってほとんど一斉に最後の給油に向かったまさにその直後、47周目のターン13でグレアム・レイホールが姿勢を乱して危険な角度で壁に突き刺さったのだ。即座に導入されたコーションによって3ストップ勢が持っていたリードは消えてなくなり、隊列整列中に給油せざるを得なくなったことで順位を大きく失った。46周目までにピットストップを完了していなかったドライバーの最上位は14位のトニー・カナーンであり、以下ものの見事に完走最下位の20位までを3ストップ勢が占めている。作戦の特性から言えば覚悟しておくべきリスクだったとはいえ、狭間の時間に起こったコーションがいかにレースの運命を決定づけるのか、これほど綺麗に明暗がわかれた例もそうそうない。

さてここからは多分に想像によった話である。カナーンたちと同じく3ストップ作戦を採用していたハンター=レイ(付け加えるとロバート・ウィッケンズとジョセフ・ニューガーデンもだが、ひとまず本題ではない)は、実のところ2ストップのドライバーたちとおなじ46周目に最後の給油を行ったために難を逃れている。直前のピットが32周目であり、まだ15周も走っていなかった彼が周囲に動きを合わせたのは偶然の成り行きだと思われた。というのも、45周目にレネ・ビンダーが長い直線の後のターン3を曲がれずに直進し、エスケープゾーンに車を止めてしまっていたからだ。コース上に車が残ったわけではなかったが、この新人は復帰しようと狭い空間で何度も切り返しを行ううちにいよいよエンジンをストールさせてしまう。おそらく、アンドレッティ・オートスポートはこれを見てフルコース・コーションの可能性を想定し、手遅れになる前にハンター=レイをピットへと呼び戻したのではないか。わずか15周の不自然なスティントの短さを合理的に説明できるとしたら、それくらいの方法しか思いつかないのだ。その反応は外れ、しかし結果的に大正解となった。ビンダーに関連してコーションが発令されることはなかったが、その先にビンダーとはまったく無関係なレイホールの事故が待ち構えていたのである。

見事な機転によって救われたとはいえ、土曜日の運命はハンター=レイからあらゆる勝機を奪ったといえるだろう。最終順位は2位だったが、予定外の給油を済ませ、コースへと復帰した時点で彼はレイホールの後ろの3番手を走っていた。つまり周囲よりもピットストップが1回多かったにもかかわらず、レースがまだ3分の2しか進んでいない段階ですでに先頭のスコット・ディクソンとレイホールを除いたすべての相手を上回ってしまっていたのである。それほどのスピードを、この日のハンター=レイは誇っていた。40周目に記録した1分15秒8049のファステストラップは同じ周のディクソンよりじつに0.8秒も速い。その速さを存分に発揮してあと10周引っ張れれば、優勝は苦もなくハンター=レイの手中に収まったかもしれなかった。だがそれも結局リスクのうちだろう。ビンダーがもたつかなければあんなに早くピットへと戻る必要はなかったし、あそこでタイヤ交換を余儀なくされたことでタイヤの履歴が揃ってしまい、ディクソンに仕掛ける機会を失った。だがそうしていなければ今度はレイホールの事故で万事休しただけのことだ。「このレース」では、何をどうしたところでハンター=レイに、3ストップを選んだドライバーに勝つ道は存在しなかった。そしてモータースポーツは一回性の営みであり、「このレース」はつねに1度きりで取り戻されることはない。彼は選択に敗れた。運命の残酷さを嘆いても、これで終わりである。

普通ならこうして締めくくるはずの記事で、次が訪れるのは1年の後に決まっていよう。そのはずなのに、なんとしたものか。デトロイトは、まるでセーブポイントに戻すようなやりかたでゲームのプレイヤーに同じプレイのやり直しを要求している。翌日曜日に行われたレース2で、前日よりも悪い10番グリッドからスタートを切った「ライアン・ハンター=レイがピットに向かったのは、まだスタートから間もない10周目のことだ。ベル・アイルの路面はタイヤ表面のゴムを鉋で削っているかのように荒く、柔らかいオルタネートタイヤはこんな序盤も序盤からすでに1秒か2秒、あるいはそれ以上にラップタイムを落とすほど性能を低下させていた。この時点でタイヤを交換することで、残りの長い距離を安定したプライマリータイヤで走る利益を大きく享受できるわけである。もちろん代償は存在し、燃料搭載量だけで考えれば2回の給油で済むレースを3回給油して戦わなければならない。デトロイトはそこに均衡が生じるレースだった。余分なピットストップで失う時間を、タイヤと燃料量の違いから生じる速さの差で埋められるかどうか、ハンター=レイはできると踏んだのだった」。

command+C、command+V。コピーして、貼り付ける。そう、まったく同じだ。ハンター=レイのレース2はレース1と同じに進んでいった。早々とオルタネートタイヤを捨ててプライマリータイヤを履き、ピットストップが1回少ない上位陣をスピードだけで脅かす。2回目の給油は前日よりも2周だけ奥にずらした34周目、誤差の範囲だ。ペースは緩むことなく、何度かファステストラップを更新する。やがて2ストップ勢が一斉に動く46周目を迎え――。

新しくロードされたレースは、ビンダーがエスケープゾーンでUターンに四苦八苦することも、レイホールが壁に刺さることもなかった。そのときまだ5番手だったハンター=レイは、2ストップ勢が退いて前が開けるとスパートを開始する。47周目の1分15秒6087は前日のファステストラップよりすでに0.2秒速い。さらに2周続けて15秒台を残し、あっという間に2位から4位に対してピットのロスタイムを稼ぎ出してしまった。ポールシッターらしく前日のディクソンにまして速かった同僚のアレキサンダー・ロッシこそ捉えることはできなかったものの、完璧な仕事を完遂して、最後のピットストップを終えた53周目に2位を得たのである。さらに、前日と違って遅いタイミングで交換したタイヤの若さが生きた。ハンター=レイの挙動は7周も古いタイヤを履くロッシより明らかに鋭く、コーナーを通過するごとに2人の差が縮まっていく。56周目に7.8秒差、57周目は6.9秒差。5.6秒、3.7秒、2.0秒、61周目にはもう0.6秒……。わずか5周で8秒差を圧縮した同僚の圧力にロッシが屈したのは64周目のバックストレートのブレーキングだった。少し前まで勝利を確信していたであろうリーダーは逃げるために使用したプッシュ・トゥ・パスで上昇した車速を落としきれず、白煙が高々と舞うほどにタイヤをロックさせてターン3のエスケープゾーンへ直進していった。ロッシはただ曲がりきれなかったのみならずタイヤを完全に破壊して後退する。しかしてハンター=レイは今度こそ先頭に立ったのだった。

まるで、昨日もコーションに邪魔されなければこうなるはずだったんだ、と言わんばかりの優勝だった。もしレース1で53周まで何事もなかったなら、ディクソンだってこんなふうに打ちのめしていただろうと。それは、両日の46周目までの推移を振り返ればまったくありそうな話である。土曜日と日曜日を、ハンター=レイはまったく同じように過ごしていた。ただ、ある周回に起こった何事かによって次の周回に残される可能性を変えられてしまった、2つのレースはそれだけの違いしかなかったのだろう。彼はその「ある周回」に戻ることができた。そして今度こそ、正しい結果を掴み取ったのだ。

あるべきレースはつねにありうべき事件によってかき乱される。それは本来、モータースポーツの一回性の中で二度と取り戻すことのできない過去になっていくはずだ。だが、デトロイトはそうではなかった。繰り返された2日目のレースによって1度きりでしかない反復を重ね合わせ、ありえたかもしれない事象を、本当に現実のものとして浮かび上がらせてみせたのだ。レースにはあらゆる可能性がある――ライアン・ハンター=レイにまつわる2日間は、その箴言が漠然と浮遊する仮想ではなく、質量を伴った事実としてそうなのだということを、実例として伝えているのである。

CHEVOROLET DUAL IN DETROIT – RACE 1
2018.6.2 The Raceway at Belle Isle Park

      Grid Laps LL
1 スコット・ディクソン チップ・ガナッシ・レーシング 2 70 39
2 ライアン・ハンター=レイ アンドレッティ・オートスポート 5 70 7
3 アレキサンダー・ロッシ アンドレッティ・オートスポート 4 70 0
4 マルコ・アンドレッティ アンドレッティ・ハータ・オートスポート・
ウィズ・カーブ‐アガジェニアン
1 70 22
5 佐藤琢磨 レイホール・レターマン・ラニガン・レーシング 7 70 0
チーム・ペンスキー
23 グレアム・レイホール レイホール・レターマン・ラニガン・レーシング 8 45 2
LL:ラップリード

CHEVOROLET DUAL IN DETROIT – RACE 2
2018.6.3 The Raceway at Belle Isle Park

      Grid Laps LL
1 ライアン・ハンター=レイ アンドレッティ・オートスポート 10 70 18
2 ウィル・パワー チーム・ペンスキー 3 70 0
3 エド・ジョーンズ チップ・ガナッシ・レーシング 4 70 0
4 スコット・ディクソン チップ・ガナッシ・レーシング 5 70 0
5 グレアム・レイホール レイホール・レターマン・ラニガン・レーシング 9 70 0
6 ロバート・ウィッケンズ シュミット・ピーターソン・モータースポーツ 2 70 6
12 アレキサンダー・ロッシ アンドレッティ・オートスポート 1 70 46
LL:ラップリード

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