インディカーに残る平面を浅いバンクのブリックヤードに見た日

【2014.5.25】
インディカー・シリーズ第5戦 第98回インディアナポリス500マイル
 
 
 先ごろ引退したダリオ・フランキッティはもちろんのこと、エリオ・カストロネベス、スコット・ディクソンやサム・ホーニッシュJr.、そして今は亡きダン・ウェルドンに昨年新しく加わったトニー・カナーンと、近年のインディアナポリス500優勝者の名前を眺めているとあたかもレース自体が自律的な意思を持ってビクトリー・レーンに足を踏み入れるべきドライバーを選びとっているような錯覚に襲われる。歓喜の輪の中で牛乳を口にする資格を、ドライバーが勝ち取るのではなくレースのほうが与えているように思えてならないということである。ただ伝統があるからというだけにとどまらず、その結末がどことなく予定的であり諦念に近い感情を生み出しながらもなにがしかの納得感と満足が広がってしまう、そんなふうに受け止められるレースはなかなか得難い。

 それにしても錚々たる面々というほかない。上に挙げたドライバーはカストロネベス以外みなインディカー・シリーズのチャンピオン経験者で、その選手権獲得数を合計すると12にものぼる。ようするに2012年を除く21世紀のインディカー・チャンピオンのすべてだ。カストロネベスにしてもCART時代から通算して28勝、3回の年間2位を記録しており、シリーズ屈指のドライバーであることは論を俟たない。彼らにかんする記憶は、ほとんどそのままインディカー・シリーズの記憶に通ずるだろう。

 牽強付会な記録の切り取り方ではあるものの、チャンピオン経験のある5人がみな選手権獲得後にインディ500を優勝したか、少なくともインディ500を優勝した年に選手権を制しているということは少しばかり興味深い。インディ500を勝つことが王者の器を証明するのではなく、王者であればこそインディ500を勝つ資格があると思わせんばかりの倒錯にこそこのレースの重さがあるといえばさすがに大仰かもしれないが、ブリックヤードの女神を口説き落とすために必要なステータスが生半可なものでないことはたしかなようである。たいていの神話の女神がそうであるように、彼女もわがままで夫にうるさいのだ。

 女神の好みのタイプがはっきりしていることは、インディ500で敗れ去った、とくに最終ラップで運命を暗転させられたドライバーの数々が逆説的に証明していよう。2006年のマルコ・アンドレッティはインディ500に恵まれない一族の枷に縛られたように父マイケルともどもホーニッシュJr.の強襲に膝を屈し、2010年のマイク・コンウェイは(優勝争いをしていたわけではないが)ライアン・ハンター=レイのリアに乗り上げて宙を舞い、2011年のJ.R.ヒルデブランドは残りわずか500mまで先頭を走っていながら、あろうことか最後のターン4でセイファー・ウォールに吸い寄せられていった。ターン1でフランキッティのインを突いて一度はリーダーになりかけた佐藤琢磨が次の瞬間スピンしたのは2012年のことだ。

 日本人にとっては残念なことに、フランキッティやディクソンとマルコや佐藤を比べれば、どちらがより「インディカーのドライバー」らしいかはおよそ尋ねるまでもないほど簡単に答えの出る、ほとんど愚問のような問いなのだろう。フランキッティたちが数々の栄光を戴いたチャンピオンだからというのではなく、彼らはある時期から自分自身の積み重ねた歴史によって、米国の郷愁という眼差しを受け止めるだけの振る舞いを手に入れたということだ。それは、前回書いたようにオーバルレースが少数派になってからF1を経てやってきた佐藤にとってすぐさま身につくものではない。佐藤が「らしく」あるには、才能よりも蓄積されたインディの密度が圧倒的に足りないのだ。あるいは偉大な祖父と父の血を継ぐマルコはこれ以上なく「らしい」のかもしれないが、しかしどうにも彼自身が自らの格を上げることができないでいる。ヒルデブランドは言うまでもない。あの瞬間、あの場所に周回遅れのチャーリー・キンボールさえいなければ彼は歴史のリストに名を連ねることができたはずなのに、インディアナポリスはそれを許さなかった。インディ500は格調高い「インディカーのドライバー」が大好きで、少しでも違うタイプにはそっぽを向いてしまう。それも、さんざん色目を使ったあげくのはてに、残酷なまでの失望を叩きつけて。
 
 
 ロードコースを開放したことで「二重化」されたブリックヤードでエド・カーペンターがポール・ポジションを決めたとき、それはあまりに象徴的でできすぎた脚本に見えた。もちろん予感がなかったわけではない。単純に彼は昨年のポールシッターで、今年からはオーバルのスペシャリストとして参戦を継続するためにシーズンの3分の2を占めるロード/ストリートへの出走を諦めて、インディ500を含め年間たった6回のレースに賭ける覚悟を決めたドライバーである。自ら所有する20号車のシートをオーバルから引退したコンウェイと分け合い、今季初めてコクピットに収まった彼の意欲が並々ならぬものだったろうことを思えば、現象としての予選最速スピードはなんら不思議なことではないはずだった。

 しかし、オーバルとロード/ストリートでシートを分けるというその参戦形態は、まさにその2種類のコースでレースを行うようになったインディアナポリス・モーター・スピードウェイやひいてはインディカーそのものの二重性をなぞるように表象してしまっているようでもある。コンウェイとカーペンター――イギリス人とアメリカ人、GP2を生き抜き、ル・マンでも活躍するドライバーとオーバルでしか生きられない男、そんなふうに正反対の要素を挙げることはできるが、ほとんど不倶戴天でさえありそうな彼らがおなじカーナンバー(なんとも悪い冗談のように、それは日本語で「にじゅう」と発音する)に同居できるほど二重化しながら精神の拠り所を見えにくくしているのが、いまのインディカーということなのだ。オーバルを走らないコンウェイにきっと米国の眼差しが向けられることはなく、カーペンターがシリーズを手に入れることもけっしてない。まして、ロードコースで行われたインディアナポリスGPでシモン・パジェノーがヨーロッパ的な才能を見せつけて優勝した2週間後のインディ500である。インディカーの精神からブリックヤードが剥離していくかのような状況、20年前とよく似た状況でカーペンターが手に入れたポール・ポジションは、もしかすると、今年のインディ500に調和的な勝者は現れないのではないかという予感を抱かせもした。

 実際、149周目まではそうだったかもしれない。すべてのチームが必要なダウンフォースのレベルを読み違え、過剰なグリップで車を振り回すことができたことで、レースはまったくフルコース・コーションが出ないまま、しかし同時に周回遅れによって勝負権を失う車もないほどスピード差も現れずに進んでいた。インディ500にかぎらずオーバルレースが終盤の入り口までは遅い車や不運に見舞われたドライバーを篩いにかけて選り分けるための実質的な予選だとするなら、レース4分の3になってはじめてイエロー・フラッグが振られたとき、「決勝」には大量の車が残っていた。もしこのあたりで女神がちょっとした気まぐれを起こしていたら、思いもよらぬ勝者が現れた可能性はたしかにあった。クラッシュで飛び散ったターゲット・チップ・ガナッシの破片が不運にもフロアーに刺さらなかったら佐藤にチャンスがあったかもしれないし、ひとり異質の戦略で不気味な存在感を放っていたファン=パブロ・モントーヤがいつの間にか先頭に立つような展開もあったかもしれない。昨年ルーキーとして活躍したカルロス・ムニョスには今年も上位を窺えるだけのスピードがあり、マルコはさらに一回り速かった。

 だが結局、レースはあるべき者のもとへ手繰り寄せられていくのだろう。167周目にスコット・ディクソンが単独スピンでセイファー・ウォールの餌食となり、そのコーションが明けた175周目に今度はジェームズ・ヒンチクリフとカーペンターがクラッシュしたことで、インディ500は燃費や効率や戦略を打ち捨てた、ただ純粋にゴールまで全開の速さを競う勝負となった。二重のカーナンバー20が消えたことで生まれた25周のスプリントは、というのは皮肉がすぎるものの、レースからは重層性が奪われ、水平の戦いへと押し拡げられていく。そして、そういうレースを戦うにふさわしいドライバーとして、ライアン・ハンター=レイとエリオ・カストロネベスだけに首位攻防が与えられ、われわれを誘っていったのだった。

 決着はたぶん、ちょっとしたことである。速さだけ見ればわずかにハンター=レイが上回ったが、それでもお互い相手を突き放すだけのスピードは持てなかった。多すぎたダウンフォースは最後まで削りとれず、直線で逃げることが不可能ななか、ターン1ではそうなることが当たり前のようにオーバーテイクが繰り返されていた。だから、タイミングだけが明暗を分けたということにしてもいいだろう。カストロネベスは199周目のターン4を先頭で立ち上がったが、それはやはり早すぎた。後方から勢い良く迫るハンター=レイは200周目に入る手前でカストロネベスを抜き去り、ターン1を制する。その先を逃げ切ることはさほど困難ではなかったはずだ。それぞれに性質の違うインディアナポリス・モーター・スピードウェイのコーナーは、残り3つの間に次の機会を用意してはくれなかった。
 
 
 インディ500の優勝者の名前を見ていると、レース自体が優勝すべきドライバーを選びとっているように錯覚してしまう。来年のインディ500の記事も、今日とおなじような書き出しで始められることだろう。少し粗雑で頼りなく感じるときもあった2012年のシリーズ・チャンピオンは0.06秒差でライバルを振り切った。ハンター=レイは自らの価値を証明し、21世紀のチャンピオンはこれでまた全員がインディ500優勝者のリストに名を連ねることになる。これこそインディカーらしい結末だったに違いない。二重の衣を剥ぎとってみることができるのであれば、ブリックヤードの女神は最後にやっぱりそういう男を祝福してしまうのだ。

エリオ・カストロネベスの敗北は、最後に現れた讃えられるべき真実となった

【2013.10.19】
インディカー・シリーズ最終戦 フォンタナMAVTV500
 
 
 フォンタナという土地の名前を見るたびに、若いまま時を止めたあのカナダ人ドライバーを思い出さずにいられない。そのときわたしは高校生で、あまり気乗りしない大学受験に本当ならかかずらわなければならないはずだったのに、F1と、当時アメリカン・モータースポーツの中心として隆盛を誇っていたCARTだけは欠かさず観戦する生活をやめられず家族に諦められていた。その中継をライブで見ていたかどうか、そもそも日本で生中継されていたのかも定かでないが、インターネットはたいして普及しておらず、F1以外のモータースポーツの情報など一般ではほとんど手に入らなかった(ましてわたしの居住地はお世辞にも都会とはいえず、同級生に「カート」の魅力を語ろうにもkartの意味でしか理解されなかった)時代の話である。タイムラインなんて言葉に新しい意味が加わる未来など知る由もなく、ニュースもなにも伝わっていないなかでの観戦だったのだから録画中継だったところで大きな違いがあるわけでもないだろう。その瞬間の映像は、もしかすると後年になってYouTubeなどで見た記憶と混同さえしているかもしれないが、当時のわたしの落胆だけは本物に違いなかった。のちにあらためて確認したところによると、どうやら現地時間では10月31日の出来事だったらしい。1999年のCART、やがて運営が破綻し曲折を経て現在のインディカー・シリーズへと合流することになる昔日のカテゴリーの、最終戦が行われたのがフォンタナだった。

 1997年ごろからCARTを見るようになったわたしにとって、フォーサイス・レーシングの水色(濃い青のときもあったかもしれない)の車は英雄的な印象を伴って記憶のなかにとどまっている。コースをワイドに使って狭いストリートコースの壁ぎりぎりを掠め、オーバルレースで臆することなく狭いスペースへと飛び込んでオーバーテイクを成功させてしまう勇敢な走りは、ドライバーの若さに想像する未来の大きさとも相まって、アメリカのレースについてなにも知らない高校生の心を捉えて放さなかった。チームやイルモア・エンジンの戦闘力はけっして高いとはいえず、またリタイアも少なくなかったものの、それでもいくつか目撃する機会に恵まれた勝利はやがてシリーズ・チャンピオンの順番が回ってくることを疑わせもしなかったはずである。残念ながら観客に不幸が起きてしまったレースではあるが、たとえば1998年のミシガンU.S.500を思い出すのも悪くない。残り3周か4周あたりでアレックス・ザナルディとの2位争いを制し、最後はジミー・バッサーとの激しい攻防となったあのレースだ。おたがい一度ずつの抜き合いを演じた首位攻防は残り2周のターン3でバッサーが見舞ったチョップによって決着を見たかと思われたが、進路をカットされて陥ったアンダーステアに構わず加速を続けてドラフティングに入り直し、ホワイト・フラッグ直後のターン1でまたしてもインサイドに飛びこんで先頭に躍り出た。これがグリーン・フラッグから数えて63度目のリードチェンジだったことが、なによりもレースの激しさを物語っていよう。ファイナルラップに入ると、バックストレートで逃げるように蛇行しながら先頭を守って、ついにはその年の選手権で1位 – 2位を独占した赤いチップ・ガナッシ・レーシング勢を従えたままチェッカー・フラッグを受けたのだった。フォーサイスのピットクルーたちが歓喜の輪をつくった、通算すると4度目となる優勝の一幕である。その後1999年にファン=パブロ・モントーヤが突如としてチップ・ガナッシのシートを獲得し瞬く間に勝利を重ねていったが、衝撃的な新人の登場すらわたしの贔屓を揺るがせはしなかった。2000年からはチーム・ペンスキーをドライブすることが決まって、ついにチャンピオンとなる瞬間を待つだけになったように思えたものだ。

 その1999年、フォンタナの前に不注意から手の指を骨折していたにもかかわらずステアリングを握ったのは、4年を過ごしたチームと最後のレースの時間を共有したいという愛情の表れのようなものだったらしい。走りに似合わず好人物とよく評されていたことを窺わせる逸話は、しかし美談で終わることなく、それが直接な原因とも思われないが結果的に悲劇の呼び水となった。カリフォルニア・スピードウェイ、いまはオート・クラブ・スピードウェイと呼ばれるトラックでのレース序盤の出来事だ。リスタートの混戦のなか壁に接触したフォーサイスはスピンに陥ってインフィールドへと落ち、直後に芝生の段差に捕まって錐揉み回転しながら、設置してあったフェンスにコクピットの開口部から激突した。跳ね返った車はなおも勢いを緩めず地面に叩きつけられるうちに四輪が吹き飛び、リアセクションも完全に破壊されて、コクピットブロック以外はまったく原型を留めず失っていた。事故の瞬間を追っていたテレビカメラがいったんドライバーの様子をアップにしようとしたが、すぐ何かを察したようにロング映像へと引いていったことが危機的な事態を予期させたはずである。その報が伝えられたのはレースが終わってからのことだった。優勝し大逆転で新人チャンピオンを勝ち取る偉業を達成したはずのモントーヤの表情に悲痛さだけが浮かんでいて、それはいまでもわたしが彼について思い出すときの第一の場面となっている。記憶はそんなふうに周辺へと飛んでいくものだ。日本に住むひとりの高校生が愛してやまなかったグレッグ・ムーアは、広く知られるとおり姿を消した。

 事故の翌年、ムーアの死によって空席となったペンスキーのシートにはエリオ・カストロネベスが収まり、両者の関係はいまに至るまで続いている。優勝のときにフェンスによじ登って喜びを表現することで有名な「スパイダーマン」は、アメリカのオープンホイールレースの中心がCARTからIRLへと移ろい、やがてインディカー・シリーズへと統合されていったこの14年の間に28の勝利を重ねた一方、シリーズ・チャンピオンの可能性を持った最終戦で4度敗れ去ったのを含めて一度たりとも年間の勝者となることはなかった。そういう経緯を振り返ってみると、もしムーアにペンスキーを運転する機会があったならとさえ言いかねないが、もちろんもはや記憶として語るべき過去を置き換える仮定に意味はないし、ましてその後の歴史を作ってきた人々に対して礼を失した態度でさえあろう。ただ、最初はまぎれもなくムーアの代役としてペンスキーのシートを得たカストロネベスが、いまだチームを替わることのないまま5度目の王者決定に挑む2013年の最終戦の場所があのときとおなじフォンタナだという巡りあわせに、もしかしたら乗っていたはずのドライバーの思い出が色濃く蘇ることになったのだと、たんにそれだけのことである。強いて言えば、わたし自身がムーアの走りを現代のアメリカのなかに追い求めている部分はあるのかもしれない。古き良き時代というにはまだ近年に過ぎるとはいえ、わたしにとってのムーアは、ヨーロッパの洗練とは異なるアメリカのレースの精神性、すなわち決然たる意志と勇気をもっとも具象した存在だった。それがフォンタナにふたたび立ち現れることを期待したのは、いくつかの符合が生んだちょっとした感傷である。

***

 4度にわたりすんでのところでシリーズ・チャンピオンを逃してきたエリオ・カストロネベスは、おそらくゆえにこそ、だれよりそれを悲願として切望し、今季実際にその可能性が現実のものとして大きくなっていくと、地位に固執するかのように本来引き受けるべきリスクさえ冒せなくなっていった。テキサスでの勝利によってポイントリーダーになった6月以降の彼の運転をわたしは何度か頽廃的と評したが、つねに順位なりの走りで安全を図り、後半戦の直接の敵となったスコット・ディクソンを襲った不運にひととおりの満足を得てレースの週末を終えるその姿は、およそシーズンを制するに相応するものではなかった。

 もちろん、チャンピオンのために安定した結果を求めることのなにが悪いのかという見解はありえよう。だがそれは競技者が依って立つ論理であって、観客に徹するわれわれが選手権ポイントという数字のゲームに配慮し、ドライバーの立場に同一化する必要などありはしないはずである。得点表を眺めて一喜一憂する観客がいるとしたら、そこに見ているのはレースではない別のなにかだと断言してもよい。競技者の目的がチャンピオンというたったひとつの場所を占めることだとするならば、観客の特権はそんな思惑を軽やかに躱し、たったひとつのブレーキングを、コーナリングを、レースの一瞬だけを見届ける視座を持てることにある。観客にとっての選手権の意味とは、競技者がそれを欲さざるをえないゆえに発する意志によってより鮮やかなレースの一瞬を認められることでしかない。われわれはいつだって数字の計算を捨て去りレースを「ただ見る」権利を行使できる。安全を求めるカストロネベスは、結局のところ観客のこの権利とまったく対立したわけなのだ。4ヵ月間の彼が観客からの非難に値するのは、選手権という形而上の怪物に踊らされて、足元のレースを、眼前のコーナーを敢然と戦う意志を失っていたからにほかならない。そうやって「観察」という観客の特権を剥奪してしまった頽廃こそ、彼がこの間に犯した深い罪だったのである。

 フォンタナが美しいレースとなったことで、その思いはよりいっそう強くなっている。カストロネベスがヒューストンで4ヵ月の報いを受けるかのごとくスコット・ディクソンの逆転を許したとき、同時に罪を贖う機会が与えられたのだとも予期されたが、まさに25点の差を負いふたたび首位を取り戻さなければならなくなった彼は、とうとう最終戦で今年唯一と言っていいほどの強靭な意志に貫かれた走りを繰り広げ、のみならず自らの情動をトラック全体に伝播させることで、過去の頽廃の一切を洗い流してみせた。レースのほとんどをトップ5圏内で走り、しばしばラップリードを記録しながら、壁への接近もタイヤが接触せんばかりのバトルも厭わないその精神が、やがて具体的な熱量を伴ってディクソンへ、さらに他のドライバーへと広がって、ナイトレースの闇が深まるオーバルコースの中に今季類を見ないほどの絶え間ない緊張をもたらしたことは明らかだった。上位を走るカストロネベスはレース中何度となく仮想ポイントでディクソンを逆転し、それに呼応するようにディクソンも接近戦に身を投じて順位を上げていく。選手権を担う2人の意志が奔流となってトラック全体を覆い尽くし、利益と背中合わせのリスクのせめぎあいが空間を支配するまでに、さほど時間は要さなかったはずだ。レースが終盤を迎えるころには、この日起きたなにもかも、数度にわたる大きな事故や多くの車を襲ったオーバーヒートのトラブルさえ、あたかもカストロネベスが発しディクソンが増幅した熱量によって引き起こされたのだと思わざるをえなくなるほどだった。そのように錯覚させるだけの魅惑的な重力を作り上げた2人の戦いは、スタートから3時間、実に220周以上にわたって続いていた。

 たとえばこんな場面である。トニー・カナーンとのサイド・バイ・サイドを戦い、内側から弾かれて壁際にまで追いやられながらも立てなおして右足を緩めなかったカストロネベスの88周目の素晴らしさはわれわれが今季向けられなかった敬意の対象となり、スコット・ディクソンがウィル・パワーとチャーリー・キンボールの後方からほとんど内側の白線を踏みつつ3ワイドに持ち込んで抜き去った216周目は、アイスマンと呼ばれる冷静な男の、選手権だけを考えればほとんど無用なはずの冒険が成功した瞬間として記憶しなくてはならなくなった。そしてまたその直後、カストロネベスが敢然とディクソンとキンボールに襲いかかり、直接のライバルを乱気流に沈めてまたしてもシリーズの主導権を握りかけたときには、心のうちに湧き上がるのはもはや陶酔だけになっていた。ドライバーの意志と観客の視座がこれほど完全に混交されるレースなどそう生まれるものではない。尽きることのない勇気の衝突に、2013年がすべて満たされていくように思われた。

 それほどに過熱したレースに終わりを望みたくなくなってきたころ、しかし決着は唐突に訪れる。惜しいながらこの文章も閉じる準備をしなくてはならない。完走台数が減少したために逆転の可能性を優勝にしか求められなくなっていたカストロネベスのフロントウイングが突如として脱落した瞬間が画面に映し出されたのは、すでに全車が最後の給油を終えた後の225周目のことだ。緊急のピット作業を余儀なくされて1周遅れに後退した彼がふたたびリードラップに戻る道は完全に途絶え、当然に勝機も潰えることになる。ほどなくディクソンのエンジンもオーバーヒートの兆候を示してレースを戦うスピードは失ったが、仮にそのリタイアをもってしても、すでに25点の得点差を覆すことは不可能な状況になっていた。レースの終わりは得てしてこういうものだ。カストロネベスを襲った今季最後の不運によってゆくりなく精神の昂揚を断ち切られた2013年のインディカー・シリーズは、直後にセバスチャン・ブルデーの単独事故とチャーリー・キンボールのエンジンブローによって2度のイエロー・フラッグを頂き、最後にはウィル・パワーの予想されなかった2年ぶりのオーバル優勝を余韻として思いがけず静謐な終幕を迎えた。

 1年の締めくくりとして、すべてのレースを記してきたこの一連の記事にもいちおうの結論を決めておくべきだろうか。カストロネベスは敗れ去り、畢竟歴史にはスコット・ディクソンの3度目の戴冠が記録されることになったが、終わってさえしまえば、ごくごく自然な、そして歓迎すべき結末に収まったということなのかもしれない。2013年にカストロネベスがポイントリーダーとして過ごした時期の大半は、彼が他のドライバーよりもポイントを獲得しているという単純でおよそ偶然的な事実以上の価値を見出せない状況でしかなかったことは間違いないし、またそのために今季のインディカーに恐れの枷鎖をかけてしまったこともたしかである。怯えを隠せないポイントリーダーが課した桎梏の罪深さは、そこからついに解放されたフォンタナに横溢した清冽な緊張によって逆説的に証明された。その責任の大半を担うカストロネベスが「チャンピオン」についてよいわけがなかった――彼を非難するためでなく、彼にふさわしい勝利の瞬間が別の機会に訪れる可能性を信じるからこそ、そう思う。カストロネベスは敗れるべきだった、しかし同時に、彼が最終戦にもたらした緊張は最後の最後に正しい敗者の形を示してもいたのだ。かつてわたしがグレッグ・ムーアに夢想したシリーズ・チャンピオンの姿、アメリカン・モータースポーツの理想の頂点は、「決然たる意志と勇気」が剥き出しになった先にこそ存在していた。だから讃えよう。恐れを振り払い、己の一貫した意志を赤条々に突きつけてなお届かなかったエリオ・カストロネベスの敗北は、頽廃のままに逃げ切った偽りの王者としてただ記録に名前を残すよりもはるかに気高く、インディカーの中に肯定されなおすはずだ。われわれは最終のフォンタナの楕円に、そのことを知ったのである。

ついに下された罰によって閉幕は彩られる

【2013.10.5-6】
インディカー・シリーズ第17-18戦 ヒューストンGP
 
 
 週末を費やして行われた2レース連続イベントの2日目もまもなく終わろうとしていた90周目の半ばに不運にも事故に見舞われたチップ・ガナッシのダリオ・フランキッティが一足早く2013年の舞台から退場してしまったことで、どうやらインディカー・シリーズは役者を一人欠いて最終戦を迎えることになったようだ。ターン5のフランキッティが、いくつかのミスによってタイヤのグリップを失い速度を落としていた佐藤琢磨のリアに乗り上げて宙を舞ったさまは、2010年インディ500のやはり最終ラップにマイク・コンウェイを襲った危機的な事故をじゅうぶんに思い起こさせたが、観客にまで被害を及ぼすほどの勢いでフェンスをなぎ倒したDW12を運転していた彼が負った怪我も脳震盪と脊椎および右足首の骨折という、コンウェイにオーバルレースからの引退を意識させるきっかけになったのとおなじくらい重いものだった。インディカーではこの種の事故が不可避の可能性として存在するということが、結局あっさりと発生した現象によって証明されてしまったということだろう。全開で駆け抜けるべきコーナーで失速した前走車に乗り上げ車体が空へと飛ばされるのはまさしくコンウェイの事故に酷似しており、また2011年にラスベガスでダン・ウェルドンの身上に降りかかった災厄も同様の場面から訪れた。2人は高速のオーバルレースで大きな事故に遭遇したが、皮肉なことにヒューストンのターン5の様相は、曲がりの左右と見通しの悪さを別にすればどことなくオーバルコースの一部のようでもある。悲劇を繰り返さないために設計され事故死したウェルドンの名を冠した「DW」なるシャシーでさえ、高速下での危険を遠ざけきれるものではなく、安全のために不断の努力が求められるという当然の教訓を、今回の事故はあらためて示唆した。すべての命が無事だったことを、ひとまず最低限の果報として喜ばなくてはならない。

 しかしそうした安堵を前提としたうえで、最大の被害者に関しては、もしかしたら、という気持ちが湧きあがりもする。所属するチップ・ガナッシの復調に歩調を合わせることができず、速さがチームメイトのスコット・ディクソンのほうに集中するなか、ヒューストンの週末もまたダリオ・フランキッティのものにはならないまま、畢竟日曜日の最終ラップが最悪の週末の締めくくりとして最悪の形でもたらされた。事故は紛れもなく不運だったと言えるが、しかし思い返してみるとそれを除けばいつもどおりのフランキッティでしかなかったと言えてしまう程度のレースだったのもたしかだ。実際、今季の彼はこんな走りを虚しく反復している。ペースをうまく作ることができず、ときになんでもないコーナーでスピンを喫し、周回遅れにさえ追い込まれた2日間は結局2013年をわかりやすく象ったにすぎない。どんなドライバーにもいずれ訪れる衰えの証拠のような場面ばかりを印象づけられて、昨季のF1で何度も確認することになったミハエル・シューマッハのいささか寂しい落日さえ連想させる今の姿を見ると、近い未来のことが気にかかるようになってくる。たぶん、今回の怪我が治るまでチップ・ガナッシは快くシートを空けておいてくれるだろうし、その猶予が与えられる、特別扱いが許されるだけの実績を彼は積み上げてもいる。だが偉大なる4度のシリーズ・チャンピオンは、2014年のシーズンに戻ってくるだけの気力と、体力と、そしてなによりも重要なスピードを、まだ保ちつづけることができるだろうか。やはり背中を痛めて棒に振った2003年の場合は何事もなく翌年に復帰してみせたものの、もう10年も前の話で、すでに40歳を過ぎたいまがキャリアの晩年に差し掛かっていることは疑いようもない。2週間後の最終戦が、彼の永遠の不在に慣れておくためにゆくりなく用意された予行の場になったとして、それをだれが否定しうるだろう。

 いや、もとよりわれわれはこの1年間を通して、ちょうど2度目の引退を迎えるまでの3年のあいだにシューマッハの移ろいを受け止められるようになったかのごとく、フランキッティとの日々に別れを告げる覚悟を徐々に固めるように仕向けられていたのかもしれない。今回の事故にしたところで、そもそも佐藤に「追突」するような場所を走っていた事実、チャーリー・キンボールでも、もちろんディクソンでもなく、フランキッティ自身がチップ・ガナッシ勢の最後尾だった事実、そしてなにより、その状況を異常と認める理由もさしてない事実が、われわれのフランキッティに対する態度が変わりつつあることを雄弁に物語っている。役者を欠いたと記してはみたものの、はたして降板の憂き目にあったその役者が演じられたのが一流の芝居だったと断言することには、もう少し慎重を要するようだ。かりに怪我を負うことなく最終戦のグリーンフラッグを迎えていたとして、しかしついにポイントリーダーとなったチームのエースを強力に援護する走りなどとうてい期待できなかったと推測することは、この一年をあらためるとごく自然なことでもある。快方を願う心とはまた別の次元の問題として、選手権に目を転じればフランキッティの離脱はその帰趨に良くも悪くもたいした影響を与えそうにない――慣れない車を運転することになる未知の代役とさほど変わらない働きしかしないだろう――と、そんなふうに思えてくる。結局のところ、2013年の選手権にフランキッティが顔を出す資格を有しているはずもなかったのだ。

 あるいはフランキッティが退場を余儀なくされたそのレースでペンスキーのウィル・パワーがディクソンを抜き去って勝利し、シーズンへの実質的なとどめを食いとめる献身をみせたが、それにしても事実この1ヵ月間のパワーはおそろしいほど「献身的」だった。彼が、いくつかの犠牲(それは相手方にとっての不運にすぎなかったと、ここでは上品に片付けておく)を伴ってディクソンから奪い去ったポイントは40や50で足りるものではない。パワーの走りに寄りかかることでチームメイトのカストロネベスは選手権を延命し、勝利から遠ざかるようなレースの反復を罰せられることなく逃げ延びてきた。功罪相半ばする結果をもたらしたそのスピードは、過去数年にわたってそうだったように、ペンスキーのエースは本来パワーにほかならないことを意味しているはずである。おそらく来年になればまた本命としてシリーズに戻ってくるだろうが、しかし今季に関しては手遅れになってしまったようだ。自らの立場を知りチームメイトに尽くしたものの、あまりにあからさまな献身に優れすぎていたことも彼にとって不幸だったかもしれない。選手権の資格という意味ではフランキッティとなんら変わることなく、パワーもまた最終戦の傍観者とならざるをえなくなった。結局のところ、選手権を争っているのはスコット・ディクソンとエリオ・カストロネベスということなのである。フランキッティの退場もパワーの献身も刺激的な事件ではあったが、みな早々に過去の出来事となって、われわれの10月19日は2人を見守るためにこそ訪れるのだろう。

***

 過去に繰り返し書いてきたように、リスクを避けるだけの運転に囚われつづけてきたカストロネベスの怯えは、ヒューストンの2つのレースで今季一度も起こっていなかった車輌トラブルが続けざまに発生し、シーズンの半分にわたってしがみついてきた選手権首位を土壇場で明け渡すという、おそらく自身にとってほぼ最悪に近い形で報いを受けた。いまだ座り心地を知らないチャンピオンの座にひたすら固執し、ディクソンとの得点差を計算しながら逃げ切ろうとする矮小な企みはすでに潰えてしまっている。だが言うまでもなく、ライバルの4勝に対し自分はひとつしか勝っておらず、9月にチップ・ガナッシを襲った陰謀めいた不運さえなければとうに決着していたはずのシーズンである。そのうえリーダーとしてあるまじき頽廃の報いさえ、寛大にも最終戦の前に再逆転の可能性を残して与えられたのだ。前回の記事で願ったように、カストロネベスは頽廃から脱却する機会をついに得たのである。これほどの恩恵に与った彼に最後くらいは自分自身を擲って攻めに転じることを望んでみるのもそれほど贅沢な要求ではないだろう。彼はいよいよ自分しか依って立つものがなくなっている。ここに至ればチームからの援護など意味はないし、そもそも決着の舞台となるオーバルコースでは同僚のパワーにもこの数戦のような走りを期待するわけにはいかない。またあるいは立場を変えてディクソンを見ても、信頼に足るチームメイトを(フランキッティの在不在にかかわらず)抱えているわけではなく、自力でカストロネベスから逃げきれる場所を走りつづけることが求められよう。2013年のインディカー・シリーズは、最終戦を前にカストロネベスが罰せられたことで、ついに選ばれた挑戦者がおたがい自らの力を頼みに戦うよりほかなくなったのだ。

 ヒューストンを終えた時点で、ディクソンとカストロネベスには25点の差がついた。追う側が優勝しても逃げる側が8位以下に沈まなければ逆転しないこの点差はもちろん簡単ではないが、しかし最終戦のフォンタナ・MAVTV500が3ヵ月ぶりのオーバルレースであることはカストロネベスにとっていくぶん明るい予定だろう。彼自身唯一の勝利であるテキサスがオーバルだったことはもちろん、シーズンの半ばごろに集中して開催されたオーバルレースはほとんどカストロネベスが使うシボレーエンジンのチームに席巻され、ディクソンの使用するホンダエンジンは特殊なレイアウトのポコノを燃費レースに持ち込んで攫っただけに終わっている。オーバルにおける今季のディクソンの平均順位12.0位は、たとえ計算のなかに彼の復調後の成績がほとんど含まれていないとしても、あるいはという可能性を感じさせるはずだ。しかもオーバルレースはともすれば一度の失策が即座にリタイアに結びつく。ディクソンがなにか取り返しのつかないミスを犯すことも――他のドライバーに対して期待するより遥かに楽観的な願いではあるが――ないではない、といったほどの材料を揃えれば、カストロネベスも最終戦まで多少なりとも希望を持って過ごすことはできる。

 最終戦である。なにもカストロネベスの肩を持つつもりなどなく、もちろん小さくないリードを築いたディクソンが優位にいるのは明らかだ。ただ、追う側に回ったカストロネベスが、困難ではあるが現実に逆転への道をイメージできるほどの状況下でレースを迎えられるのだということをあらためてわかっておくのは有益だろう。最終戦に問われるのはダリオ・フランキッティの退場でもウィル・パワーの献身でもなく、もはやエリオ・カストロネベスとスコット・ディクソンという偉大な2人のドライバー自身の覚悟、選手権を貫く意志だけになった。それは悠長な立場で眺めるわれわれ観客にとってなによりも幸いなはずだ。おたがいの意志が協奏し、フォンタナの楕円のなかに美しい閉幕を見せてくれるとすれば、乱れに乱れたこのシーズンの締めくくりとして、いくばくかの満足を得られるはずである。

頽廃のエリオ・カストロネベスはシモン・パジェノーの後ろ姿を知っただろうか

【2013.9.1】
インディカー・シリーズ第16戦 ボルティモアGP
 
 
 エリオ・カストロネベスが自らの力で何事かをなそうとするような場面は、彼がそうすべき位置にずっと居座っているにもかかわらず訪れなかったし、もう訪れることを期待することにすらすっかり倦んでしまったといえば、何ヵ月も続いてきた展開をまたしてもなぞることになった見た目に派手なだけのレースへの咎めにもなるだろう。9月1日のボルティモアで選手権のリーダーが飛びこんだ9位という最終順位は、およそ本人以外には好ましい意味を与えなかったように思われる。2013年のインディカー・シリーズを刺激するためには車輌規定違反が認められたレースでしか勝てなかったドライバーを引きずり降ろすことしか手はないはずなのにとつぶやいたところで虚しいばかりだ。同僚のウィル・パワーがスコット・ディクソンをホームストレートの壁に追いやって自他ともども車を破壊したのは録画を見なおしても偶然でしかなく、先週のチーム・ペンスキーが見せた未必の故意がごとき事故に比べれば悪意を見出すことはほとんど不可能に近いものだが、結果としてレースから弾き出されたディクソンと、2回もフロントウイングを壊したうえにドライブスルー・ペナルティまで科されながら幾度となく繰り返されたターン1や3の事故を幸運にもすり抜けてトップ10にしがみついたカストロネベスの得点差が49にまで拡がり、自力での逆転可能性が消失したことだけが重くのしかかっている。目下の問題は事故によってタイトル争いの困難が増したということではない(わたし自身、チャンピオンシップそのものにはさほど興味を持っていない)。そうではなく、インディカーが、その中心として目さざるをえないポイントリーダーの恐れを是認しているかのような事態に付き合わされる不愉快にある。この段階になればはっきり問うことができる。今年のカストロネベスがなんの報いも受けないまま歴史にだけは名前を刻もうとしていることを、彼と利害を共有しないわれわれ観客までもが甘受しなければならないのだろうか。

 唯一の勝利を上げたテキサスでシリーズの主導権を握ってから――当時書いたとおり、規定違反があったとはいえその勝利じたいは快哉を叫びたくなるほどのものだったのだが――、カストロネベスはつねに2位との得点差を計算しつづけるばかりの頽廃にまみれ、地位に恋々として勇気を欠くようになった。その姿は「チャンピオン」という甘美でありながら雄々しい響きから想像されるものとはかけ離れている。テキサスでの優勝が心地よさに満たされていたせいで、現状はよけいに落胆を感じさせるようだ。もちろんレーシングドライバーなら妥協による微かな前進に納得せざるをえない時期はあるものだし、むしろ一年を制するという遠大な目標のためにはそうであるべきことさえ理解するが、しかしいくつかの展開の綾によって選手権の2位がたびたび入れ替わり、彼自身が自分を最速と確信できる日がほとんど来なかったこともあって、ポイントリーダーの地位を失うのに怯える期間が必要以上に長引き、そしてリーダーの怯えがシリーズ全体に伝播したと感ずることも、受け止めなければならない現実になった。結局のところ、今年の選手権争いは結末の如何にかかわらずすでに失敗されているということである。シュミット・ハミルトン・モータースポーツのドライバーが(たとえそれがシモン・パジェノーという才能を疑いえない存在であったとしても)この時期にアンドレッティ・オートスポートの全ドライバーに対して上回っていることを想像したものなど、ひとりとしていないはずだ。

 もちろん、パジェノーがここに至ってランキングの3位に浮上したこと自体は自然な帰結といってよい。全体のレベルについて論難したくなるほど大荒れに荒れたボルティモアのレースを制したのが29歳の遅れてきた才能だったことはインディカーにとって慊焉としないもので、勝利を渇望する69周目の一途な機動は障害をはねのける勇気を身にまとって表現することこそモータースポーツにとって欠くべからざる瞬間であることを直感させるし、ただ不注意によって壁に吸い込まれていくドライバーが多かったボルティモアにあって勇気の行使を誤らなかった数少ない存在でもあった。先週のソノマでチャーリー・キンボールを相手に清々しく敗れたのも含めて、カストロネベスに冒されたここ数戦の硬直からもっとも自由に振る舞いつづけ、勇気を失っていなかったのは、選手権を争っていたはずのスコット・ディクソンでもライアン・ハンター=レイでもマルコ・アンドレッティでもなく、たしかに彼であった。自らが犯した直前のミスに乗じてすぐ外側に並びかけてきたセバスチャン・ブルデーを削り、押し出すようにしながらもターン8を先に制したその決着の瞬間は、ともすればマナーに欠けて見えたものの、そこで発揮される勇敢さだけがレースを制するのだという信念を投げかける運転だったと感じ入らせるものがある。チャンピオンを目前にし、幅寄せしてきた相手に手を挙げて抗議することしかできないいまのカストロネベスからはもはや見つけられない情動だ。もしあの場にいたのがカストロネベスだったら、パジェノーのような覚悟を見ることはできなかったのだと断言しても構うまい。それは、なによりもカストロネベスがそこにいなかった、いる資格さえ持っていなかったことが証明している。 先頭集団から置き去りにされていた皮肉きわまりない幸運によって多重事故を容易に回避しただけの彼の目に、パジェノーの後ろ姿が映ることはなかっただろう。

 ソノマでもボルティモアでも、勇気ある勝者のはるか後方で自分のありよう以上でも以下でもなくただフィニッシュラインへと辿りついただけだったにもかかわらず、カストロネベスは展開とチームメイトに救われていまの地位に留まることを許されてしまった。救われただけにすぎなくても、レースの数だけは消化され、延命装置は稼働をやめない。今季の全周回を走行している唯一のドライバーという程度の記録が、なんの慰めになろう。もし10月の3レースを残すのみとなったシーズンでここ2戦のような展開が繰り返されるようなことがあれば、われわれは臆病な尊敬されざる1勝どまりの王者の誕生を目にすることになる。それは言うまでもなく不幸に決まっているが、しかしもっと不幸なのはそんなドライバーがエリオ・カストロネベスであること、むしろ心より敬意を払われるべきキャリアを重ねてきたドライバーであることだ。CARTでのデビューから15年、勇敢さと少々の無謀さと、迂闊さと愛嬌と、そしてなによりコースを問わない速さによって数多くの魅惑的な勝利を積み上げてきた彼を、われわれは愛してやまなかったはずである。オーバルでもロード/ストリートでも等しく速いこの純粋なインディカー・ドライバーの優勝は28回を数え、そのうちには最高の栄誉であるインディ500の3勝が含まれる。足りないのはシリーズ・チャンピオンだけだと何年も言われ、事実みんなその瞬間を待ち望んでいた。だというのに、と言うほかない。われわれが悲しむべきは、待ち焦がれた悲願と、叶えられるやもしれぬ現実と、しかしそこに現れることのない彼の本質との落差である。いざ現実に巡ってきたチャンスでは得点以外にチャンピオンを証明できるものがなにもないほどの怠惰なドライバーに堕してしまった皮肉を眼前に突きつけられて、現状の無惨さが際立ってしまう。それを不幸と言わずしてなんと言えばいいのか。

 仮にこのままカストロネベスが2013年を逃げ切ることになったとしてもそれは浅薄な勝者にほかならず、もし臆病なままに逆転を許して終わるようなことがあればただの愚かな敗者となることは明らかだろう。そのどちらもが望まれる結末でないことは論を俟たない。ならばこそ、われわれはうわべの戴冠ではなく名誉を守るために、カストロネベスが最終戦までにいまの地位をいったん退く、退きかける儀式が執行されることを願う必要がある。恐れを払いのけてリスタートのターン1に向けて深く飛びこんでいく彼を呼び覚まし、勇気とともにシリーズを制する姿を見届けられるように、あるいは、勇気とともにシリーズを失う姿を見つめられるように。

本当の被害者はきっとウィル・パワーだった

【2013.8.25】
インディカー・シリーズ第15戦 ソノマGP
 
 
 それが事件であったことは疑いようがない。そして、たんなるひとつのアクシデントとしての事件にとどまらず、もしかするとスキャンダルへと発展しかねないことも間違いないだろう。インディカー・シリーズの第15戦で起こった危険な事故について、規則は一方の当事者であるスコット・ディクソンに罰を科すことを決定した。選手権のリーダーを直下で追いかけているディクソンは、レースで最後となるタイヤ交換と給油を終えて発進する際、眼前に配置されたペンスキー・レーシングのピットでウィル・パワーのタイヤ交換作業を終えたばかりのクルーを撥ねとばした。レースを解説していた松浦孝亮の第一声が「ディクソン終わった」だったことからも察せられるように、事故は、ホイール脱着用のエアガンを踏みつけたり置いてあるタイヤに接触したりするのと同様に、あるいは起きうる事態の深刻さを考えればより重い罰則の可能性を直感させるものだった。一度は完全に宙を舞ったそのクルーと、巻き込まれた2人はみな幸いにも打ち身程度で済んだものの、轢かれた側のペンスキーと轢いた側のチップ・ガナッシ・レーシングの関係者が揉めているような映像に代表された喧騒ののちに、はたして今季4勝目をほぼ手中に収めていたはずのディクソンは事故の責任を問われてドライブスルー・ペナルティを宣告され、序盤から続出したフルコース・コーションのために維持されていた隊列に呑み込まれて15位でレースを終えることになる。パワーとおなじくペンスキーでドライブするエリオ・カストロネベスに対してほとんど同点にまでなろうとしていた選手権ポイントはレースの終了とともに39点差にまで拡大し、シーズンは4戦を残すのみとなった。ソノマ・レースウェイの64周目は、その1周の最後に生じた出来事によって、あるいは2013年のインディカーのすべてを左右しようとしている。

 事故についての議論が収まることはおそらくない。レース後に出された “That’s probably the most blatant thing I’ve seen in a long time”「長い間見てきた中で、たぶんいちばんあくどいやり口だ」というディクソンの披瀝は「加害者」とは思われないほどの悪態と言ってもよいが、彼とは違って利害を持たず、操縦席の外からレースを長い間見てきたわれわれもまたおなじように感じられるにちがいない。事態を仔細に眺めてみれば、ペンスキーのピットでウィル・パワーの右後輪脱着を担当したクルーは作業を終えた直後に――すぐ後ろにいたディクソンが走り去るのをその場で待てばいいのに、そうすることもなく――古いタイヤを片付けにかかり、わざわざ接触しやすい持ち方でディクソンの進路を妨害するように抱えて、ジャッキマンが発進するパワーの車を押そうと身構えるその後ろ足よりもさらに後方を悠然と歩いていたところでタイヤごと飛ばされる形で事故に遭遇した。だから、いささか四角四面に現象にこだわれば、ディクソンはクルーを轢いていない。クルーのほうが当たれとばかりに突き出したタイヤに、そのとおり接触したにすぎない(「すぎない」と言ってしまってもいいだろう)のだから、正当な進路を塞がれたのはむしろ自分の方だと主張することもできるし、事実コメントにはそういう怒気がこもっている。あの行動にあきらかな一定の意図を、ハンロンの剃刀では削ぎ落としきれない悪意を見て取ることは容易なはずだ。戦略担当であるティム・シンドリックは頑として否定するだろうが、しかしペンスキーにとって、それはたまたま映像が衝撃的に見えてしまっただけの、発生しても構わない事故だったのではないか。

 たしかに、チームのガレージごとに整然と区切られ一度に1台しか作業が許されないF1と違い、十数台が入り乱れることもあるインディカーのピットではしばしば物理的な妨害が行われ、名物になってもいる。前後の車のピットイン/アウトのラインを最大限窮屈にするためタイヤを自分の領域ぎりぎりの端に置いておくのは、とくにコース上の全車がピットイに飛び込んでくるようなフルコース・コーション中の日常的な光景で、むしろその程度の嫌がらせを平然と際どくやってのけることこそピットロード側で作業をするクルーが持つべき資質のひとつでさえあるだろう。だがこうした空間の削り合いなどの慣習は、裏を返せばピットの中でお互いが自ら侵しえない領域を暗黙裡に規定しあっている事実を、現実のピットボックスの存在よりも鮮明に示しているにほかならないし、だからこそ接触に対する罰則が無条件に甘受すべきものとして共有されてもいるのである。ディクソンはごく自然に、いつもどおり、相手の領域をかすめるように発進し、その当然の進路上をペンスキーのクルーは歩いていた。blatant――「あくどい」また「露骨な」という意味もある――なる非難からは相手が領域の外、もはや存在が尊重されるべくもない空間であからさまに接触を試みた(ように見えた)ことが窺えるが、そこはたしかに侵されてはならず、侵された覚えもない場所だった。

 だがどれだけ声を荒らげようとも、ディクソンの非難が届く先はない。ペナルティによって失った何もかもを取り戻す方策がないことはもちろん、万が一相手を事後的に罰する僥倖に恵まれたとしても、本当に裁きたいのは事故の当事者のパワーではなく選手権を争うカストロネベスであり、この直接のライバルはコース上の出来事において完全に事故と無関係だからだ。規則は現実の危険を罰するために存在しているのであり、裏に潜む悪意のすべてを汲み取って裁きを与えるようにはできていない。たとえピットクルーの行動に明白な悪意が存在したことを証明できたとしても、カストロネベスが手にした結果を覆すことは難しいと理解できるからこそ、ペンスキーは安全を破壊する誘惑に抗わない道を選んだ。それが特定のだれかの決断と指示であったと推測はしないし、また本当に具体的ななにかがあったとも思わない。ただ、あたかもチームの一般意志として賢明なクルーが自然にそう動く程度には利益をもたらす行動だというだけの話である。

***

 ペンスキーがシーズンの利益に重きを置いたことは、しかしウィル・パワーの勝利に影を落とした。彼にとって待ち望まれていたはずの今季初優勝が祝福されざるものになってしまったのは、軽傷とはいえクルーが怪我を負ったことや疑惑によってディクソンから勝利を奪い去ったことによるものではない。すでにチャンピオンの可能性をほとんど失っているパワーはレースの前に、初めてのチャンピオンへと歩を進めるカストロネベスをチームメイトとしてできるかぎり援護したいとインタビューに答えている(過去数年、自分自身がチャンピオンを争う立場にあったときには得られなかったにもかかわらずだ)。そして事故は、まさしくカストロネベスをこれ以上なく援護した。レースを実況した村田晴郎が端的に指摘したように、あの瞬間のペンスキーにとっては、接触の咎をディクソンに負わせ罰則へと誘導することが最高の結果で(実際それは果たされた)、そのためにパワーを犠牲にすることを厭う理由はなかったはずなのである。エリオ・カストロネベスを選手権で優位に戦わせ、最終的にポイントリーダーのままシーズンを締めくくること。その一事だけに関心を向けたとき、もはやパワーの順位はチームとしての意義をほとんど持ちえなくなってしまっている。

 パワーにとって不幸なことに、ピットにはペンスキーとカストロネベスの最大の脅威となったディクソンをblatantに妨害できるだけの要素があまりにも揃いすぎていた。先頭を走るディクソンを追いかけていたパワーはコース上のバトルで勝利しその得点を削ることでチームに貢献できる可能性を持っていたが、チームは目の前に用意された、より安易で、効果的で、利益の大きい一手を採用したのである。それは肉体的に厳しいソノマで懸命に厳しいレースペースを刻んでいたパワーの努力を蔑ろにし、完全に無視するような選択だった。結局、スキャンダラスに引き起こされたあの瞬間はペンスキーの、ディクソンではなくパワーに対する「blatant」の証明として突きつけられているように見えてきてしまう――彼の背後で発生し、彼自身が当事者でありながら、彼を主体とする事故では微塵もなかったのだ。あるいは当事者であったゆえにむしろ、主体たりえないことをより強く思い知らされたと言うべきかもしれない。85周目に至るまでパワーは責任を問われることなく優勝を遂げたが、そこにペンスキーの意志はこもっておらず、ただひたすらに結果としての勝利でしかなかった。レース後の喜びにペーソスを感じさせるところがあったとしたら、きっと本人がその意味をよく理解していたからに相違ない。

ハイサイドのエリオ・カストロネベスはシリーズに安寧をもたらすのか

【2013.6.8】
インディカー・シリーズ第8戦 ファイアストン550
 
 
 えらいことに書いている途中であろうことかこの記事の主役であるところの勝者の車に規定違反が判明し、話の軸が心とともにぼっきり折れそうになった(いちおうペンスキー自身の説明としては「意図的ではなく、またむしろパフォーマンスを下げる違反だった」ということだが、もちろん本当かよと疑う権利がこちらにはある。まあ強いて言うなら、パフォーマンスを上げるために規則に明示された数字の範囲をすぐばれるように外すバカはいないわけで、ミスはミスなのだろうと思ってはいる)わけですが、それは措いてしまって公開します。あくまでそのように読んでください。ともかく今年の目標は全戦レビューなのです。そして今から書き直すには、ミルウォーキーはすぐそこに迫りすぎているのです。はあ。

***

 トニー・カナーンがついにインディ500を勝ったのだから、という祝賀をもとにいささかの関連性もない連想を広げてしまうのが罪深いことだとわかっているにもかかわらず、8回のレースで刻まれてきた勝者の欄にようやくエリオ・カストロネベスとペンスキー・レーシングという見慣れた名前を発見すると、ついそれがシリーズチャンピオンへの予告のように思えてきてしまう。カナーンがあれほど焦がれたインディ500を弱小チームに移ってから制してしまったのと同じ年に、15年にわたっていまだチャンピオンだけを獲得していないカストロネベスが、不調に陥ったペンスキーでなぜかそれを実現させてしまうという物語を組み立てるのには抵抗しがたい誘惑がある。

 事実ポイントスタンディングを眺めると、状況はあたかもこの"スパイダーマン"を後押ししているかのようだ。スコット・ディクソンとは1レース分の差が開いて、ダリオ・フランキッティやウィル・パワーの姿は見えず、直後に控えているのはマルコ・アンドレッティとライアン・ハンター=レイだが、マルコがチャンピオンの器だと思っている人もハンター=レイがカーナンバー1をつけている理由をまだわざわざ覚えている人もいるはずがないだろう。もちろんトニー・カナーンと佐藤琢磨は、王座に値するクルマを運転していない。シモン・パジェノー? まさか。

 もちろんこれははてしなく乱暴な把握にちがいないなのだが、思い描く展望に慎重さを欠いてしまう程度には、前世紀から連れ添っているカストロネベスとペンスキーは混乱するいまのインディカーに対する鎮静剤として縋りたくなる組み合わせである。彼らがバンク角24度のテキサス・モーター・スピードウェイで18台をラップダウンに追い込む圧勝を演じたことで、インディカーは今年はじめていままでどおりの居心地を手に入れた。とりあえず安定を取り戻したかのように見えるこの結果は、そのままシリーズの様相を左右する要素になりそうだ。もしカストロネベスが2013年を制するようなことがあれば、6月8日のテキサスはシリーズの転換点という構図として描かれることになるだろう。もしくはテキサスが全体に敷衍されて転換点として機能しないかぎり、カストロネベスのチャンピオンはせめて運によってしかもたらされえないと言うべきかもしれない。だれのパフォーマンスも安定しないのであれば、シリーズは毎戦のようにくじを引く抽籤会になるしかない。だが少しでも、最低限昨季程度のゆらぎに回帰していくとするなら彼がいま立っているのはこのうえなく優位な場所になる。もはやスタートラインは揃うことなく歪んだままだ。

 かならずしも、ベテランが勝ったという事実だけでそのままシリーズに安寧の訪れを想起できるわけではない。その勝者が過去に5度チャンピオンとなっている(にもかかわらず、カストロネベスの3回の優勝はすべて裏切られた)という過去を読めばテキサスは重要なレースなのかもしれないが、築かれてきた歴史に意味を求めて、伝統によってのみ波乱が鎮められたのだと言うわけでもない。ただレース序盤の席捲をマルコ・アンドレッティから奪い去ったカストロネベスが、ハイサイドのラインを走り切ることで見せつけた暴虐性こそ、今季のインディカーが見失っていたものだったと断言することはできる。日本での中継で、村田晴郎は下位チームの努力よりも、上位であるべきチームの失策こそが混沌の原因に見えると述べた。ここに表出するのは「あるべきインディの不在」にほかならないが、インディカーを愛する彼が発した言葉によって浮き彫りにされたその嘆息にも近い現状を、われわれは受け止めざるをえないだろう。混戦に強度というものがあるとするならば、今季のそれはあまりに弱々しかった。わたしはこれまで今年のインディカーは変わったのだと何度か書いてきたが、あえていまそれを翻してみせるのもさほど難しいことではない。変わったのではなく、ただ空白だったのだと。

 テキサスに雀色のときが終わろうとするころ、エリオ・カストロネベスは一貫して楕円の外側であるハイサイドを走り続けていた。外へ、外へと自らを送り出していくそのレーシングラインは最短距離を求めて内側の白線すれすれを走る他の車に対して異質で、いくぶん乱暴さえ感じさせた。レース序盤のまだ日が残っていた時間にだれより速かったアンドレッティ・オートスポートのマルコ・アンドレッティですら、直射日光の消失で路面温度が下がっていくとともにフロントタイヤが応答しなくなっていくように見えた中、カストロネベスは外連味など一切ないままシボレーエンジンの回転を保ちつづけ、リーダーが処理に苦労していた周回遅れを苦もなくアウトから呑みこんでいった。テレビで見ていても、ターン3へと飛びこんでいく勢いの差ははっきりわかった。

 ハイサイドを走りつづけられる車とドライバーの組み合わせには、そのことだけをもってレースの美しい過程を見出すことができてしまう。距離の損失を埋めてなお余りあるそのスピードは、それがスピードであるがゆえに暴力的な勢いでトラックを蹂躙し、インサイドに汲々とする車を卑小な存在へと変え、戦略も燃費もあらゆるものを塗りつぶす。そこにある暴虐的な振る舞いに身を委ねるということ。カストロネベスがテキサスで演じきってみせたハイサイドのレースこそモータースポーツを見ることの快楽の一つであり、今年のインディカーに見出しにくかったものだったのだろう。問われるべきは結果としての勝者がだれであるのかではなく、勝者のありかたという過程にほかならないのだ。97周目のリードチェンジは、そのことを痛烈に示唆する教訓として投げかけられている。ハンドリングに不安を見せつつあったマルコ・アンドレッティはコーナーのインサイドを譲らずに最短距離を行こうとするが、カストロネベスに比べればそれはやはり卑小でありすぎた。わずかながらサイド・バイ・サイドに持ち込んだものの、報いを受けるように2台の周回遅れの後方にはまったアンドレッティ・オートスポートは乱気流にも見舞われて身動きが取れなくなってしまう。迷いなく大外を行くカストロネベスの前には大きな空間が生まれ、ただスピードをもって彼はそこに向かって加速していく。もはや抵抗できるものはだれ一人としておらず、レースはあるべき姿に向かって収束していった。残りの131周はもう、暴虐によって制圧された時間を噛み締めていれば、それでよかった。