勝負への期待によってレースを捉えそこねる

【2018.7.8】
インディカー・シリーズ第11戦 アイオワ・コーン300

 
 レースを観戦していて勝敗をわかちうると直感される場面に出くわしたとき、いったい自分ならばどういう決断を下すだろうかと思案するのは、モータースポーツの知的ゲームの一面として多くの観客が大なり小なり試みる楽しみかたのひとつであろう。われわれは当事者ほどには情報を持っていない代わりに、当事者が囚われがちな勝利への過度な欲求や捨てきれない諦念、あるいは単一のレースだけでなく年間の選手権を視野に入れた賢しらな計算といった、思考を曇らせるノイズからは自由という優位性を持っている。こうなってほしいという願望ではなく、外形的な条件だけをもとに全体を把握し、起こりうる結果から逆算した場合に有効な手立てを考えられるのは、レースを楽しめるか否かの感情以外に利害関係を持たない(もちろん、失うもののない気楽さも含まれる)観客の特権で、その客観性はときに当事者の不純な思惑が混じった楽観的、または悲観的すぎる予測を超えるときがある。傍目八目とはよく言ったものであるが、わたし自身、生中継を見ながら想像した危険がそのまま現実となり、結果として無為に勝利を失ったチームを詰りたくなった機会も一度や二度ではない。だが、純粋でいられる観客の平静さえも超えて、正しい判断など絶対に不可能なレースが存在するのもまたたしかなのだろう。結論を言えば、今回わたしはこの賭けに「敗北」した。観客として見立てた行動は、滑稽にさえ見えるほど失敗だったのである。
続きを読む

映るのは少女か老婆か

【2017.3.12】
インディカー・シリーズ開幕戦 セント・ピーターズバーグGP
 
 
 2017年のインディカー・シリーズはウィル・パワーがポール・ポジションを獲得して始まった。ごくごく当たり前に見知った光景だった。2010年からこっち、次の年もそのまた次の年も、昨年にいたるまでこの選手権はそういうふうに始まるものと決まっていた。正確にはこの間1回だけ日本人に特等席を譲っているのだが、そんなのはちょっとした例外だ。だから今年もセント・ピーターズバーグでいちばん速いのはパワーなのだと最初からわかりきっているのだったし、日本時間でいえば日曜日の未明にコーヒーを沸かしながら予選を見届けたあと、肩をすくめて「ほらね」とつぶやく以外の反応が起こるはずはなかった。それは何一つ意外なところのないタイムアタックで、だからわたしはその結果に心動かされることなく自分の出場するカートレースの身支度をはじめていた。待ち望んでいた開幕とともに過ごすには少々慌ただしい休日の朝だったが、自分や普段から活動をともにするチームメイトに関連する大会が3つもあって、わたしの心はまずそちらへと向いていたのである。 続きを読む

ジェームズ・ヒンチクリフは自らの完璧さによって敗れた

【2016.6.12/8.27】
インディカー・シリーズ第9戦 テキサス600
 
 
 スタートコマンドは洒落たもので、Drivers, restart your engines.である。本来6月12日に予定されていたテキサス・ファイアストン600(ところでいきなり余談を挿むと、600と名乗っているにもかかわらず実際のレース距離は583kmで、これは1.5マイルオーバルとして造られたテキサス・モーター・スピードウェイを1998年にIRL時代のインディカーが再計測したところ1周1.455マイルしかないことが判明してトラック距離を変更したのだが、周回数だけは1.5マイル基準のまま決めているからである。1.5マイル×248周で599kmという塩梅だ。なお冗談のような話だが、CARTが行った再計測結果は1周1.482マイルで、NASACARはずっと1.5マイルで通しているので、このコースには3つの距離が存在した)は、前日からの雨が路面に染みこみ、天気が回復してからも後から後から水が湧き出してきてレースを行えずに翌日に順延となったのだった。その順延日も路面を乾かすのに手間取ってスタート時刻が遅れ、どうにかグリーン・フラッグにこぎつけたものの、フルコース・コーション中の71周目に激しい雷雲がコースを覆って万策尽きた。次の週末にル・マン24時間レースへ参戦するドライバーも多く、それ以上の延期は不可能だったのだ。結局72周目以降は8月28日にして消化することが決定し、このたびあらためてエンジンに火が入れられた。76日の中断を挟んだ”re-“startだ。
続きを読む

インディカーの勝者は必然と偶然の交叉点に立つ

【2016.7.17】
インディカー・シリーズ第12戦 インディ・トロント
 
 
 インディカー・シリーズのレースはその構造ゆえに論理の積み重ねにを断絶すると書いたのはつい先週のことだ。ゆくりなくやってくるフルコース・コーションが隊列を元に戻してあたかもさいころが振り直されるように展開が変わり、最後には大なり小なり偶然をまとった勝者を選び取る、そこにはスタートからゴールまで通じた一貫性のある争いが存在しないというわけである。もちろんこのことは競技者の努力がはかない徒労であることを意味するものではなく、賽によって翻弄されることを前提とした正しい戦いは存在する。周回を重ねる過程において、強い競技者は賽の多くの面を自分の名前に書き換えていき、弱者はやがてあらゆる面から名を消されて勝利の可能性を剥奪される。スタートから積み木をひとつずつ積みあげるようにレースを作っていくのではなく、そのようにしてレースを決定づける賽を偏らせようとするせめぎあいに、インディカーの特質はある。最後の最後に運に身を委ねなければならない事態がありうると知ったうえで、せめてその確率を支配しようとすること。必然と偶然が交叉する場所に、インディカーの勝者は立っている。
続きを読む

歓迎すべきか、忘れるべきか

【2015.4.12】
インディカー・シリーズ第2戦 ルイジアナGP
 
 
 テレビ画面の向こうに見るかぎり、ルイジアナ州最大の都市ニューオリンズから南西に約10マイル、Lake Cataouatche(カタウアッチ湖と書くのが近いのかどうか、いまひとつ確信は持てない)の北岸に位置するノーラ・モータースポーツ・パークは、4年前に開業したばかりというわりに新しさを感じさせてこないサーキットで、初開催とは思えないほどすんなりインディカー・シリーズの風景になじんでいる。F1で次々と採用されるヘルマン・ティルケ設計のサーキットをはじめ、FIAグレード1に準ずるレーシングコースの多くが正規コースの外まで黒いアスファルトで舗装しているのにすっかり慣らされてしまった身にとって、敷地の大部分が緑で覆われ前近代的な風情を漂わせるノーラはもはや新鮮にさえ映り、これが米国のロードコースのありかたなのだという感慨を呼び起こしもするのだった。
続きを読む

グレアム・レイホールが敗北のために刻んだラップリード

【2013.6.23】
インディカー・シリーズ第10戦 アイオワ・コーン・インディ250
 
 
 トルストイを引こうというのでもないが、モータースポーツにおいて勝利は一様なまでに勝利でしかなく、敗北にこそ語るべき瞬間がある場合が多かったりする。名誉なき勝利や栄光を失った勝利がときに生じるのだとしても、結局時間という真実を覆せるものが存在せずに勝者の理屈を速さにしか還元しえないのに対して、敗者はいつも饒舌にサーキットでいかに許容しがたいことが起きてしまったかを語るのであり、それはときに勝者の弁より圧倒的に魅惑に満ちている。もちろんレースの読者たるわたしたちがその権利によって敗北の瞬間を創りだして語るのも悪いことではない。たとえばアイオワ・コーン・インディ250の160周目から181周目にかけてグレアム・レイホールが見せつけた失望までの優れた過程を、数年後に語れるように記憶にとどめておくというように。

 まず勝者について述べておくと、今季の半数のレースを勝利しているアンドレッティ・オートスポートのジェームズ・ヒンチクリフが、チームの好調に乗ったままあらゆる局面を制したことは明らかだった。先週のミルウォーキー・インディフェストで勝利を受け取るに値したドライバーが3人だったとするならば、アイオワではこのカナダ人以外にありえようもなかったはずだ。燃料戦略や燃費の違いでわずかながらエド・カーペンターとジャスティン・ウィルソンに譲ったラップリードはそれでも250周のうちのじつに226周中におよび、今季のすべてのレースで最高となる90.4%の占有率を記録した。ロード/ストリートコースでは2012年デトロイトでのスコット・ディクソンや2011年アラバマでのウィル・パワーなどが全周回1位を達成しているが、オーバルレースで9割もラップリードを占有した近年の例となると、おなじく2011年のテキサスでダリオ・フランキッティが114周中110周を先導したことくらいしか思い出せない。しかしこの記録も「ファイアストン・ツイン275s」という開催名称からわかるとおり通常の距離を半分に割って2レースイベントとして行われた(2013年は「ファイアストン550」だ)うちのレース1でのものだから、完全な距離のオーバルにかぎれば、ヒンチクリフが演じてみせたのはまぎれもなくここ数年類を見ないほどの圧勝なのだった。

 繰り上がりのポールポジションからスタートしたパワーはほとんど何もできないまま抜き去られてただの1周もリーダーの座を守ることができず、ライアン・ハンター=レイはもしかするとヒンチクリフと同等に速かったが、やはりチャンピオンとして認めがたい粗忽なミスでフロントウイングを壊して表彰台に戻ってくるのが精一杯だった。前戦に犯罪的なまでの頽廃さをもって2位にまったく値しない走りしかできなかったポイントリーダーのエリオ・カストロネベスは今回もやはりその程度に終わった。それに比べれば、ヒンチクリフのよどみないスピードは観客を十分に楽しませたことだろう。スペシャルカラーの偶然が重なってやけに黄色い車が多かったショートオーバルの中を、ゴーダディのスポンサーカラーである緑に彩られたカーナンバー27は、その色がレースで意味するところを存分に発揮して駆け巡った。単独で速く、密集でより速いその特性はおよそ空力に敏感なインディカーの理想型を表していたようにさえ見える。周回遅れの集団の隙を縫うようにしてポジションを盤石にしていくさまは、そのラップリードの数が示すとおり、トラックを制圧するにふさわしかった。危機があったとしたら、コースに落ちた破片を回収するため出されたフルコース・コーション明けの160周目、今季何度か良質なリスタートを見せてきたグレアム・レイホールがハイサイドから襲ってきたときだけだった。

 おそらくレイホールにとって、のみならずあるいはどのドライバーにとっても、この日に比類のない速さを誇ったヒンチクリフに対して勝機を持ちえたのは唯一160周目終わりのリスタートだけだった。集団の処理に優れ、直前にもあったコーションを利してその背後2~3秒のところにかろうじて食い下がっていたレイホールは、レース4度目のグリーン・フラッグではじめて、ついにヒンチクリフと並走する機会を得た。加速のタイミングを合わせるのはさほど難しい技術ではなく、レース再開から即座にハイサイドを確保すると直後のコントロールラインではわずかながらに先行する。そこから2周にわたって、2台は高水準のサイド・バイ・サイドを展開した。

 レイホールはアウトサイドを奪うことでわずかながらにヒンチクリフのラインを制限し、その一点だけを強みにするように最短距離を通る相手と渡りあった。スピードを頼みに161周目のいっさいを並びきったこのバトルのうちに、1車身、たった車1台分のリードを築くことさえできれば、レイホールはどんな非難を浴びようとも委細構わずインサイドへ降りていって、ヒンチクリフを乱気流に沈めてしまうことができたかもしれなかった。それは唯一の勝機を前にした限界の苦闘だった。しかし相手の屈託ないスピードを前にその希望は許されず、泡沫のバトルは泡沫のまま、実を結ぶことなく終わりを迎える。162周目のターン4でついに車体半分の先行を許すと立場が逆転し、ハイサイドにとどまりきれなくなったレイホールはラインを譲って2番手に甘んじた。それがほとんど決着を意味することはだれの目にも明らかだった。

 一度控えたレイホールにふたたび仕掛ける機会は訪れなかったが、それでも0.5秒差のうちにとどまってやがて現れる周回遅れに幸運な逆転を託そうとしていた。もしかするとその可能性もありえた181周目のことである。ターン1でヒンチクリフがポールシッターのウィル・パワーに追いつき、あっさりとインを浚って2周遅れに追い込むと、直後のレイホールは得意としていたハイサイドのラインを選び追随を図った。しかし、ハンドリングに苦しんでコースを幅いっぱいに使わなければスピードを保つことができなかったパワーもまた、ターンの出口で外側に向かってラインをはらませていく。2人の進路は交錯するほかなくなり、行く手を遮られたレイホールは事故を避けるためにスロットルを戻してしまう。アンダーステアにも見舞われたり、コース上に散乱していたタイヤかすを拾ったりもしたかもしれない。レイホールは瞬く間に2.4秒のタイムを失い、スピードが著しく低下したその横をライアン・ハンター=レイがなんの苦もなく抜き去っていく。たった一瞬のことだった。しかしその一瞬で抵抗は臨界を迎え、すべてが終わった。

 レースはその後平穏に閉幕する。勝者は結局最後まで緩みなく速く、他のドライバーが手を出せる場面は訪れなかった。集団の中でのバトルを強いられたレイホールは5位に終わり、その結果にはホンダエンジンユーザーの最上位という程度の肩書しかつけられそうにない。記録に残るのはヒンチクリフの圧勝ばかりで、レイホールの奮闘は数週間もすればだれの口にも上らなくなるような、取るに足らない敗北だったと言えてしまうのかもしれない。それでもこの日本当に勇敢に勝利を欲していたのはレイホールしかいなかったと、ここでだけはささやかに書き留めておくとしよう。彼はレースに唯一の裂け目を刻んだ。その刻印はきっと、これからいつまでもわたしたちの記憶を呼び起こしていくきっかけになるはずだ。最終結果を見るがいい。160周目にたった一度だけ記録されたラップリード、グレアム・レイホールが傷をつけた抵抗のラップリードこそ、このアイオワのすべてだったのである。

ジェームズ・ヒンチクリフの特等席

【20134.7】
インディカー・シリーズ第2戦 アラバマGP
 
 
 NASCARを個人的な射程に入れていないうえインディカーのマニアとまではいかない、というのは毎年全戦できるだけ生中継で見るようにしつつもバイウィークやストーブリーグの情報をいちいち追ったりはしないGAORAの視聴者を意味しているわけだけれど、ともかくその程度のファンをやっていると、鮮やかな蛍光緑のgodaddy.comを見るたびダニカ・パトリックを思い出してしまって(もちろん彼女はNASCARでおなじカラーリングのマシンに乗っているからべつだん間違った連想ではないけれどもあくまでオープンホイールの話だ)、ジェームズ・ヒンチクリフという中堅にさしかかりつつある後任ドライバーの存在感はつい忘れがちになってしまうのだった。わたしがカナダ人でない以上これは仕方ないことではある。日本人に覚えやすい記号性はないし、特別速いわけでもないし、エピソードといえばダニカの扮装をして周囲を気持ち悪がらせたことくらいだし、だいたいにおいてチームもマシンのカラーリングも国籍さえも違うくせになぜだかJ.R.ヒルデブランドと紛らわしい、とこれは自分だけかと思ったらGAORAで毎戦実況している村田晴郎でさえけっこう言いまちがえていたりする。昨季はチームオーナーの息子――われわれはいつまでルーキーイヤーのマルコ・アンドレッティの幻影を追い求めればいいのだろう――のほうに比べればはるかに素晴らしい活躍を見せたものの、いかんせんもう一人のチームメイトが5年ぶりにチップ・ガナッシの牙城を崩してシリーズチャンピオンになってしまった。

 とはいえアンドレッティ・オートスポートなんていう名門チームに自分のシートを置いておけばチャンスは巡ってくるのであって、ヒンチクリフは今年の開幕戦で初優勝という結果を見事に持ち帰ってみせた。エリオ・カストロネベスを堂々と切り伏せたその走りは立派なもので、ダニカ唯一のインディカー優勝が戦略と運のフルリッチの混合によってもたらされたことを思えば、実質的にゴーダディ初めての「勝利」と言ってもいいのかもしれないくらいだ。プライマリータイヤ対オルタネートタイヤという不利な状況下で切られた85周目のリスタートは今季の絶佳なシーンのひとつとしてこれからも幾度かリプレイされるだろう。オーバーシュートしかけたエリオを尻目に完璧なブレーキングでクリッピングポイントを浚い、クロスラインからのトラクション勝負でターン2を制した瞬間など、どちらが歴戦のベテランかわかったものではなかった。

 なのだけれど、その後の3位争いがあまりに白熱しすぎたせいでチェッカーフラッグまでカメラが彼をほとんど映してくれず、日本でテレビの前に座っているかぎりではどうも初優勝の印象はぼやけてしまって、それに応じてわたしが記事にしたのもシモーナ・デ・シルベストロの苦闘についてだった(なお記事の反省を挙げるとするならば、シモーナが最後のスティントで履いていたのは中古のタイヤだったようで、劣化が早かったのもおおむね必然の範囲だったのを踏まえていなかったことだ)。ようするに快挙の後でさえ、ジェームズ・ヒンチクリフはダニカ・パトリックの記憶を上書きできない後釜で、あいかわらずJ.R.ヒルデブランドと紛らわしいドライバーだったわけである。

 そして、2週間後のバーバー・モータースポーツ・パークでのことだ。予選20番手に沈んだヒンチクリフは、あげくオープニングラップで受けた追突が原因でコーション中に左後輪を脱落させてしまい、結局レッカー車によってターン3のセーフティーゾーンに片付けられることになる。開幕戦の勝者にふさわしい結末ではなかったけれど、レースでよくある不運のひとつともいえる、その程度の事故に見舞われたのだった。でもインディカーのいいところはレッカーに牽かれようとピットに戻ってマシンを修理すれば再スタートできて、ちゃんとポイントも貰えることだ。もう一度フルコース・コーションのイエローフラッグが振られればレッカー車がピットまでマシンを運んでくれる。それまでヒンチクリフはコクピットに留まることを決めた。

 それにしてもレースではさまざまなことが起こる。何も起こらない、ということだって起こってしまう。もしかすると2013年インディカー・シリーズの第2戦は、開幕戦以上にヒンチクリフにまつわるイベントとして思い起こされるかもしれない。走らないレーシングドライバーを見ることができるなんて、わざわざこのレースのため朝4時にアラームを設定した甲斐があったというものだ。そう、ヒンチクリフが望んだ「そのとき」は来なかった。バトルの少ないレースは延々とアンダーグリーンで進行し、彼のマシンをピットに移送する機会は訪れなかった。実況アナウンサーにピザの配達を待ち焦がれているようだと言われるくらい長い間、彼は何もせずただただゴーダディのシートに座っていた。

 キャッチーであることは大事だ。ついにわかりやすいキャラクターが示されたことを怠慢なインディカーファンであるところのわたしは喜ばなくてはならない。ターン4で壁とキスするのがヒルデブランドで、コースサイドでピザを待ち続けるのがヒンチクリフ、これでもう混乱することはなさそうだ。事故から実に1時間半、レースが残り15周を切ってルール上ピットへ帰れる可能性がなくなると、ジェームズ・ヒンチクリフはついにマシンを降りた。立ち上がって思う存分に手足を伸ばし凝った体をほぐす姿はずいぶんと暇を持て余した後のように見えて、なるほど仕事を取り上げられたレーシングドライバーならそれも仕方ないことだろう。インディカーにカーステレオは積んでないし、あったところで排気音がうるさすぎて音楽なんか聞けそうもない。ストラテジストと90分会話を続けるのも難しそうだ。結局ピザも届かなかった。

 でもきっとみんな羨ましかったはずだ。たしかにヒンチクリフにしてみれば退屈極まりないシートだったかもしれない。だけど普通の観客にとって、レースカーがすぐ眼前を疾走していくその場所は、たとえピザが用意されていなくたって1000ドル出しても足りないくらいの特等席だったのだから。