静かに幕を開けたハイブリッド時代はレースを変化させるか

【2024.7.7】
インディカー・シリーズ第9戦

ホンダ・インディ200・アット・ミッドオハイオ
(ミッドオハイオ・スポーツカー・コース)

ミッドオハイオから、インディカーのパワーユニットはハイブリッドシステムになった。当初は2022年に導入予定だったはずが、COVID-19流行の影響と供給連鎖の停滞の問題で2度にわたって延期され、2年半遅れでようやく実現した形である。そのシステムは48Vの低電圧モーター・ジェネレーター・ユニットとエネルギー・ストレージ・システムが内燃エンジンとギアボックスの間に収められ、減速時のエネルギー回生と必要に応じた放出を行うもので、技術的には比較的単純でコンパクトな方式と言ってよいだろうか。モーターアシストの出力は約120馬力。ミッドオハイオでの導入が正式決定された5月、インディカーCEOのパット・フライは「エネルギーの上乗せとオーバーテイクにおけるオプションがシリーズに新たな興奮をもたらす」と述べている。回生する機会のほとんどないオーバルレースでの活用に課題は残るが、ともかくも電動化の新時代がインディカーにも訪れたのだ。

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最高の500マイル、堂々たる2.5マイル、美しい恩返し

【2024.5.26】
インディカー・シリーズ第5戦 第108回インディアナポリス500マイル
(インディアナポリス・モーター・スピードウェイ)

昨年のインディアナポリス500マイルは不思議な引力をもったレースだった(「凡庸な500マイル、不公平な2.5マイル、はるかな数万マイル」当ブログ2023年6月5日付)。後ろ向きな捉え方をすれば、どこか煮えきらないレースと言ってもいい。ジョセフ・ニューガーデンがインディカーに歩いてきた道程を思うと、その初優勝はまったく正当な感慨深い大団円だったが、一方でレース単体を概観するかぎり、彼が結果に値するスピードを持っていたわけではなかった。全200周のうち、グリーンラップを先頭で完了したのはわずか2周。ひとつは燃費の兼ね合いで全体の速度がいったん落ち着いた157周目で、このリードは次のターン1までしか保たなかった。もうひとつが最後の200周目。決着の周回であり、つまりスタート/フィニッシュラインまで凌げばよかった周回でもある。それ以外はずっと誰かの背中を見つめていた。17位に終わった予選を受けて集団で走る状況を意識したセッティングにしたのか、5位あたりにまで上がってくるのは比較的容易なように見えたが、その先に突き抜けるのは困難だった。周囲の車に掻き乱される気流の中で安定を得ることと、230mphの空気の壁に自分自身の力で対抗することはわけが違う。前者は勝利を狙える位置から脱落しないために必要であり、しかし本当に勝利するためには相反する要素である後者を備えなければならない。ラップリードをまったく記録できなかったあの日のニューガーデンには後者が明らかに欠けていた。

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We’ve come back to Texas

【2023.4.2】
インディカー・シリーズ第2戦
PPG375
(テキサス・モーター・スピードウェイ)

昨年のテキサスで、力強くレースをリードし続けたスコット・マクロクリンと、そのチームメイトをフィニッシュまで数秒の瀬戸際で抜き去り優勝したジョセフ・ニューガーデンが抱擁を交わして互いの健闘を称える美しい光景を見ながら、もうこのレースに触れる機会はないのだろうと、寂しさを禁じえなかったのを覚えている。インディカーとテキサス・モーター・スピードウェイの開催契約は2022年で終わり、更新される見込みは薄そうだとそのころ報じられていたのだ。モータースポーツの世界を眺めていると、契約にまつわるこの手の憶測は楽観的なものほど裏切られ、「次はない」という悲観的な予想はたいていの場合現実になるとわかっていたりする。ニューガーデンは優勝インタビューで、仲のよい年下の僚友(本当に仲がよいことにニューガーデンのYouTubeチャンネルでは彼らふたりのシリーズがあり、ブランドまで展開している)がチェッカー・フラッグ直前に周回遅れの隊列に捕まった隙を突く形で優勝を攫った申し訳なさを口にした後、こう述べた。最後の周、最後のコーナー……これがテキサスでのすべてなんだ、ここに戻ってきたい、戻ってこよう。その言葉は力強く、愛に溢れ、しかしまたこの独特なハイバンク・オーバルがすでに麗しい望郷の対象になってしまった後であると感じさせる色を帯びてもいた。だってそうだろう、予定があれば願う必要などない。戻るのを望むのは、つまり戻れないからだ。

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ターン1の破局が選手権をもねじる

【2021.9.12】
インディカー・シリーズ第14戦

グランプリ・オブ・ポートランド
(ポートランド・インターナショナル・レースウェイ)

スタート直後、右、左と曲がる狭いシケインのターン1に向かって二十数台が殺到するなか、3番手スタートのスコット・ディクソンが1台を交わし、続けてアレックス・パロウのインを覗いた。ポール・ポジションからスタートしていたパロウは、ややリスクを冒すような動きを見せるチームメイトに対して空間を譲らず車を寄せて相手を右に追いやっていく。その帰結としてコースとピットレーン出口を区切る白線を跨いだディクソンは行き場を失ってわずかに後退し、すると後ろからはよく似た彩色のフェリックス・ローゼンクヴィストが勢いよく迫ってきているところで、目の前の減速に反応が遅れ、慌てたようなブレーキングとともに左へ避けた。あるいは軽く追突したのかディクソンの後輪から妙な白煙が一瞬だけ上がったものの、大事には至らずやり過ごす。そうして逃げたローゼンクヴィストはパロウもすんでのところで回避して、そのままコーナーへ進入することなく退避地帯へ進んでいった。

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パト・オワードがだれも見たことのないインディカー・シリーズをもたらす

【2021.6.12-13】
インディカー・シリーズ第7-8戦 シボレー・デトロイトGP

(ベル・アイル市街地コース)

インディアナポリス500の余韻が去り、スーパー・スピードウェイから市街地コースへ戻ってきたデトロイトGPレース1の経緯を見るかぎり、冷えたプライマリータイヤにおける佐藤琢磨のスピードは芳しいとは言えなかった。車の性質なのかセッティングの方向性だったのか知る由もないが、スティント後半になっても衰えないペースと引き換えに、タイヤに熱が入るまでのグリップを犠牲にしているかのようだったのである。弱みも強みも明快だった。フェリックス・ローゼンクヴィストの大事故によって90分の長きにわたった中断後にはリナス・ヴィーケイに交わされ、あるいは最後のタイヤ交換直後にはこの日のポールシッターだったパト・オワードから大きく引き離されながら、どちらも十数周のうちにふたたび迫り、状態に自信がなければ踏み込めないであろう深いブレーキングで順位を取り戻したのだ。64周目には、一時4秒の差をつけられたヴィーケイにまた追いつき、本来ならパッシングポイントではない狭いターン5でインを奪い取って3位にまでなった。16番手スタートと予選で苦しんだ佐藤がレース終盤に表彰台の一角を占めたのは、タイヤをめぐる浮沈を行き来した結果によるものだった。

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アレックス・パロウはターン1の先に5年後のインディカーを見る

【2020.7.11-12】
インディカー・シリーズ第3−4戦

REVグループGP・アット・ロード・アメリカ
(ロード・アメリカ)

砂煙が舞った。本人にとって念願だったというインディカーのデビューからまだ3レース目のアレックス・パロウが、右の前後輪を芝生に落としながらも臆せずに前をゆく相手の懐へ飛び込んだところだった。ロード・アメリカの土曜日、レース1で2度目のフルコース・コーションが明けた44周目のことだ。スペインから日本を経て米国へとやってきた奇妙な経歴の新人はリスタートとともに鋭く加速し、コース外にまで押しやられるほどの幅寄せにも委細構わず、自ら巻き上げた砂を置き去りにしてものの数秒でライアン・ハンター=レイに並びかけターン1の優先権を奪い取る。表彰台最後の一席を巡る3位争いが行われていた。

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