敗北を受け入れてそこへ到る道を歩むということ

【2014.8.30】
インディカー・シリーズ最終戦 MAVTV500
 
 
 レースを解釈する方法など勝手で、どういった理屈であっても付けようと思えば付けられるものだが、とくに最終戦のことをぼんやり考えるにあたっては、その年のシーズン全体をついひとつのレースに投影させてしまうことを避けて通れないようだ。フォンタナの予選が終わってから決勝のグリーン・フラッグが振られた直後までのあいだ、シーズン後半になると中継の画面にしばしば登場する「Points as They Run」――今走っているのと同じ、すなわち現状の順位のままレースが終わったと仮定した場合に得られる仮想のポイント――はエリオ・カストロネベスがチームメイトのウィル・パワーを逆転しチャンピオンになることを示していたが、その状態を500マイルも先のゴールまで維持し続けるという果てしない運動を想起したとき、来年40歳を迎えんとするベテランの走りがポール・ポジションを獲得するほどの潜在能力を持っていたにもかかわらずあまりに弱々しく頼りないものだと気付かされるまで、そう時間はかからなかった。1周目の半ばで早くももう一人の同僚であるファン=パブロ・モントーヤに先頭を譲ると、2~5周目にはなんとかその座を取り戻したものの、6周目以降は集団に呑まれて苦しい順位争いにさらされるなど、結局のところ選手権を逆転するためにほとんど絶対の条件だと思われた優勝を期待させるスピードを持つには至らずレースは進んでいった。当初モントーヤとの先頭交代を繰り返して燃費を稼ぐ作戦かとも勘違いさせるほどあっさりとポジションを譲ったのは、結局それが掛け値ない実力にすぎなかったのだった。ゴールが十分に近づいてきたと言っていい144周目から178周目の比較的長い間ラップリードを刻んで、傍目にはもう一度チャンスを得たかもしれないと思われていた時間帯でさえ、カストロネベスの選手権は具体的な形を伴うことなく茫漠なままで、最後には例年に比べ全体的に多かったペナルティを自分自身が受けたことによって、チェッカー・フラッグが振られるより一足先に、本当に手にしたかったもの、つまりこのレースの優勝ではなく選手権を得るための戦いは掻き消えていったのである。守る手立てのない仮初めのリーダーの座と、実を結ぶことのない淡い希望、あるいは計算上の可能性よりもずっと小さな現実の蓋然性。フォンタナに横溢したカストロネベスのありかたはそう表現できるものだった。そして、だとするならば2014年のインディカー・シリーズもまたそんなシーズンだったのだと、両者を重ね合わせずにはいられないでいる。

 予選でミスを犯し最後尾スタートの苦難を与えられていたパワーがある程度まで慎重さを捨てたリスクの高いバトルを制し、選手権を取り戻すところまで順位を上げつつあったころも、カストロネベスの可能性は決して潰えていたわけではない。だがそうだとしても、彼が歓喜のゴールを迎えることになる予感をほとんど抱けなかったこともおそらく間違いなかった。それはちょうど、シーズンの中盤から終盤にかけてずっとポイントリーダーとして君臨していたにもかかわらず、「君臨」という言葉を当てはめるには躊躇を覚えるほどその足元がおぼつかず近い将来の陥落を確信させる政権であり、実際にシーズンの大詰めを迎えた時期になってついに首位を明け渡してしまった今季の経過にとてもよく似ていた。なぜ、結果的には1勝に終わった今季のカストロネベスが最終戦まで戦えたのか、冷静に突き詰めると今季から3つの500マイルオーバルレースに2倍ポイントが設定されたためで、その他の要因はないと断言しても大きく間違ってはいないはずだ。インディアナポリス500とポコノ500でともに2位を獲得し、たった2レースで通常のほぼ4勝に相当する198もの大きなポイントを得た結果、カストロネベスはおそらく真の実力以上に長い間選手権を率いてしまったし、そうでありながら圧倒的に速いチームメイトに逆転を許して突き放されてもなお、最終戦のフォンタナMAVTV500が2倍ポイントであることによって決着が先送りになった。レース前の2人の間にあった51点の差とは、本来ならグリーン・フラッグが振られる前に選手権の行方を決定させるものだが、2倍の設定が計算上の逆転可能性を大きく拡げることになったのだ。この1500マイルの巡り合わせが、巡り合わせだけが2014年のシリーズを延命した。カストロネベスは大部分が制度に守られた偽りのポイントリーダーに過ぎず、そのありようはフォンタナのレースでも変わらなかった。彼はポールシッターであり、パワーの苦戦によって一時的に仮想のポイントリーダーとなったものの、レースペースの不足はその地位を簡単に突き崩してしまった。どれほど車に自分の意志を込めようと願っても乱気流の中でバランスは失われたまま、勝機は時間の経過とともに確実に消えていったのだった。

 いま最終戦というレンズを通してあらためてシーズン全体を見渡そうとするとき、エリオ・カストロネベスをどこに位置づければよいのかはきわめてわかりにくい。たった1勝のリーダーとしてシーズンの強者を見えづらくしたノイズのように感じられる一方で、延命と評するにせよ安定感の賜物と感嘆するにせよ、その存在が9年連続となる最終戦でのチャンピオン決定を演出したのはたしかであるだろう。ただいずれにしても言えることは、本質的に今季の彼が弱かったということ、その一点に尽きるように思われる。人が運命を決定づける最後の最後にこそその本質を露わにするならば、つまり最終戦をシーズンの集約として象徴させるならば、よく似た経過を辿ったはずの2013年と2014年が内容的にはまるで違っていたことが明白になる。昨季のカストロネベスは強さを持っていたにもかかわらずポイントリーダーの座を守ることに固執して自滅した。その本来の強さは、スコット・ディクソンを追わなくてはならない立場に変わったフォンタナでの清冽な走りによって、報われることはなかったものの証明されたのだと言える。翻って今年のフォンタナで、攻める以外になかったはずの彼に、おそらく当時ほどの可能性を見出すことはほとんどできなかったはずだ。たしかに仮想ポイントが逆転の可能性を示す瞬間はあったし、その意味で計算上の緊張感も流れてはいた。だがその可能性じたいが本来から拡張されたものである以上、彼は計算に救われていたにすぎず、そして事実「救われた人」なりの走りしかできなかった。できようはずがなかった、と言ってもいい。フォンタナのカストロネベスが露呈したのはすべてを擲っても勝利に届くことのない絶対的な力の不足だったが、それは2014年シーズン全体にも通底する姿だったということである。何度となくドライブスルー・ペナルティを受けて多くのポイントを失いながらなお初めてのチャンピオンへと辿りついたウィル・パワーと比較したとき、およそ秘めていた能力の違いは明らかだ。昨季のカストロネベスを力ある者の頽廃と表現できたとすれば、今季はそうではなく、純粋に、頽廃にまみれる資格を持つほど強くなかった、ただそれだけのことだった。なまじ計算上の可能性を残して最終戦を迎えたことで、そのことがレースの運動の中で残酷なほどあからさまになった面もあるだろう。ハンドリングに苦しみ、集団が作りだす乱気流に溺れるさまが、1周2マイルに及ぶオートクラブ・スピードウェイのオーバルトラックの中に切ないほどはっきりとした輪郭を浮かび上がらせ、乗り越えることのできない壁の高さを感じさせていた。対照的に、最後尾からスタートしたパワーは気づけば自力でチャンピオンを手繰り寄せられる順位を取り戻していたのだった。

 6月のデトロイトでカストロネベスが優勝したとき、そこにはたしかなスピードがあった。2014年のそれまでに行われた7戦のうちもっとも圧勝と呼ぶにふさわしかったのはまず間違いなくこのレースであり、2位だったパワーともども、その速さをもってすれば選手権を制することができる、それも最終戦をチーム・ペンスキーのチームメイト同士で争った末に獲得できるかもしれないと感じられたものだ。その予感は少しだけ当たり、実際に彼らは選手権の帰趨を最終戦で決することになったが、しかしそれはほとんど形式的な可能性の争いに終わった。当時書いたような、スピードというレースで勝つための「真の友人」がカストロネベスに味方したのは結局あの1回きりで、その後は無情にも彼の許を去ってパワーにばかり微笑むようになったわけだ。昨季の失敗を経験としてより攻撃的に走ることを志向した彼に車が応える機会はほとんど訪れることなく、手にしていたポイントリーダーの地位はやがて偽りとなって、最後には勝者としての仮面を暴かれてシーズンを終えざるをえなかった。デトロイトで抱いた予感は、カストロネベスに関してまるっきり外れてしまったことになる。真の友人を携えられなかった彼は、なかば必然的に敗れていった。

 レースが終わってピットに戻ってくると、カストロネベスはパワーの家族を笑顔で祝福し、また自分をインタビューするため向けられたマイクに対しても、なんの悔やむところもなかったと言いたげにその笑みを絶やすことなくチームメイトへの賛辞を口にした。かつて敗れたときにも見せてきたのと同様の表情ではあったが、今度は特に、美しい敗者であろうとする高度な自律的精神と、自らが尽くした最善のさらに先をライバルが走り去っていったことへの諦念が綯い交ぜになったような趣があった。たぶん、心のどこかではほとんどこの決着を予期しつつ運転を続けていたのだと思わせるような、そういう笑顔だった。負けるという事実を不意に突きつけられて狼狽するのではなく、心に一塵ずつ堆積させながら受け入れていったあとの顔。短くない期間リーダーだった2014年のシーズンを徐々に徐々に敗れていったように、このレースでもまた、ポール・ポジションからひとつずつ順位を落としていき、最後に崖から突き落とされた。このレースで敗れる過程を悟るということは、きっと選手権を敗れる過程を悟ることと同義であったのだ。

 最終戦に、その年のシーズンすべてを投影させずにはいられないとは、たぶんそういうことである。二重に敗北し、敗北を知っていく中で笑顔を作り上げられたカストロネベスの笑顔は、初めてのチャンピオンとなってヴィクトリー・レーンへと迎え入れられたパワーが浮かべた夢うつつの表情よりもよほど、今季を積み重ねたあとの表情としてふさわしいようにも見えた。そんな感傷的な見方が正しいのだとすれば、2014年のインディカー・シリーズはウィル・パワーへの祝福にもまして、フォンタナのレースがそうであったように、一度は夢を叶えられるかもしれない地位についたエリオ・カストロネベスが、物理的な現実の速さに冒されていくことに抵抗しながらも及ばず、少しずつ少しずつ敗北へと向かっていったシーズンだったのだと、そういうふうに記憶してもいいのかもしれない。

記憶を抱いて選手権の美しい彩りに焦がれている

【2014.8.24】
インディカー・シリーズ第17戦 ソノマGP
 
 
 去年のいまごろ、というのは暦そのものではなくインディカーが最終戦を迎えんとするシーズンも押し迫ったころ、という意味だが、そんな時期にわたしはエリオ・カストロネベスについて批判的ととれる記事を繰り返し書いている。6月のテキサスで優勝し選手権のリーダーに浮上した彼が、それからというもの明らかに地位に恋々として保守的な走りに終始するようになり、なによりの魅力である狭いスペースに飛び込んで自らの道を切り開いていく攻撃性と、でありながらまるで険のない愛嬌の両方ともをすっかり失ってしまっていたからで、チャンピオンとはとても呼べそうにない4ヵ月間の振る舞いを「頽廃」の2文字に込めながらインディカーのことを綴っていたのだった。検索してみたところ、6イベントにわたって回顧記事で「頽廃」の語を使用しているのだから、いまにして思えばよほどのキーワードだったようだ。

 とくに、第16戦のボルティモアなどは強い印象を残している。閉幕まであと4レースを残すのみになっていたこのレースで、フロントウイングを壊し、ドライブスルーペナルティまで受けてほとんど最後尾を走っていたカストロネベスは、少し激しい順位争いをしていた相手(だれだったかは覚えていない)に壁際へ追いやられて先行を許した際、手を挙げて無作法を抗議したのだが、その身振りがあまりに哀しく惰弱に見えて仕方なかったのだ。画面からは当のバトルが抗議に値するくらい危険なものだったかは判断しかねたものの、もちろん事の本質は現象としての危険性のなかにあったのではない。2人は同一周回で対等にレースを戦っており、にもかかわらずカストロネベスはあたかもポイントリーダーである自分に優先権があると主張するかのごとき振る舞いを演じた。あの瞬間、彼は現実のレースの積み重ねの先にしか選手権という仮構の制度は存在しないことを忘却し、擬制の選手権だけを見つめて「いまそこにある」レースを戦う意志を捨ててしまったのだと、観客としてのわたしは解釈せざるをえなかった。飽きもせず頽廃と表現しつづけたものの正体があるとすれば、このようにすぐにでもシーズンが終わることさえ歓迎してやまないような態度、レースという運動ではなくフィクショナルな制度にしか己を認められない態度だったのである。
 
 この一瞬に象徴されるように、昨年のカストロネベスは選手権を率いることになった6月9日からスコット・ディクソンの前に陥落した10月6日までの間、何度かレースへの怖れを隠しきれない運転を見せている。後出しと誹ってもらって構わないが、選手権2位以下のドライバーが次々とミスを犯したり不運に見舞われたりしてカストロネベスを生きながらえさせたこの期間、わたしはその振る舞いを理由としてチャンピオンになるのが彼以外のだれかだろうと思うときがたびたびあったし、実際避けられないマシントラブルによってそうなったときにはそれを頽廃の報いとして受け取ったものだ(無根拠な因果応報ではなく、突き放すべきときに突き放せなかったことへの報復という意味で)。結果として悲願を砕いたのが7月まで優勝のなかったディクソンであったことは意外といえば意外だったが、ヒューストンで見舞われたトラブルによってカストロネベスがついにポイントリーダーの座を失い、挑戦者として最終戦に臨む状況が訪れたことじたいは、ごく自然な結果だった。

 もちろん、彼の経歴をおもんぱかれば選手権そのものに恋焦がれていたことにも同情するのはたしかだ。今現在までで歴代11位となる通算29勝を挙げ、4位に加えられる42回のポール・ポジションを誇り、世界三大レースのひとつであるインディアナポリス500マイルの優勝は3度を数える。それだけでもインディカーにとって欠くことのできない才能といえるが、錚々たるこれらの記録にひとこと付け加えるとすべてをたちどころに歴代最多へと変えることもできるのだ――ただし、悲劇的な意味において。すなわち、「シリーズ・チャンピオン未経験者」として彼はあらゆる項目で最高であり、それはとりもなおさずすべてを得ていながらチャンピオンのタイトルだけがないという意味だ。そんなドライバーがいざチャンスが巡ってきたときに抱く渇望まで非難できようはずはない。だがやはり、レーシングドライバーが戦うべきはレースであって断じて選手権ではないという鉄則を、彼は守れなかった。レースを軽んじてレースに裏切られ、結果レースの総体として制度化された選手権をも失ったのだ。逆転を許して迎えた最終戦でようやくそのことを思い出したような走りを見せたものの、すべて手遅れだった。

 こういった見立てはあくまで観客であるわたしが勝手に与えた解釈のつもりだったが、どうやら当人の思うところもわりあいに近かったようだ。ひと月ほど前、今年の8月3日に開催されたミッドオハイオ・インディ200に先立ってカストロネベスは言っている。「去年は今年に比べて少し保守的だった。今年は2勝目に向けてプッシュしている。そこが去年との違いだと思う」。去年の態度はやはり失敗であり、しかしいまはそれを反省し活かしているというわけだが、この言葉に虚勢や偽りをいっさい感じないのは、本当に2勝目に向けて戦おうとしていることが垣間見えるからだ。実際、今年の彼が1勝どまりながら長々と選手権を率いるという昨季そっくりのシーズンを展開していたにもかかわらず、わたしはあれだけ使いつづけたキーワードを一度も当てはめていない。芸として同じことを繰り返したくなかった気持ちもあるにはある(そういうつまらないアマチュア的意地を張るから、時を追うごとに書くネタを消費して苦労する羽目に陥っているのだ)が、たしかに今季はレースを怖れるのではなく立ち向かいながらも、運に翻弄されたり、速さに助けられなかったりしただけということなのだろう。特にシーズン後半に入ってからは、純粋に力の及ばないなかで苦闘する様子がしばしば見られ、そこには頽廃とはまるで異なる意志を感じることができた。ただ、そのぶん首位を明け渡す時期が早くなってしまったのは皮肉なことだ。昨季は25点を追って最終戦に臨んだが、いまはチームメイトのウィル・パワーに対して51点を背負っている。

***

 不思議なもので、フルコース・コーションによってレースの様相ががらりと変わってもよかったはずだったオーバルコースのミルウォーキーではなにも起こらないままレースが終わり、ウィル・パワーが完全に制圧するとしか思えなかったこのソノマのほうが、コーションで秩序を乱すレースとなった。ただ、前回の記事で書いたとおり些細なきっかけでレースの枠組みが取り替えられること自体は、インディカーで見慣れた風景であるはずだ。中盤に導入された2度のコーションは、ソノマをパワーのためにあったスピードレースから燃料計算に頭を悩ます燃費レースへと書き換えた。満タンの燃料で走れる距離が23周前後の中で、最後のコーションが明けたのは残り47周のことだ。絶妙なタイミングでイエロー・フラッグは振られていた。それを幸運として最大限に活かした佐藤琢磨はグリッドからゴールにかけてもっとも順位を上げたドライバーになり(とはいえこれまでの不運を考えればまだ清算には足りるまい)、残り20周の段階では優勝など思いもつかなかったディクソンは、前を走る3台が次々に燃料不足によって退く展開に恵まれた。序盤に速かった予選上位勢は、皮肉にもそれが仇となって燃費勝負に乗りそこね、ほとんど全滅してしまっている。チェッカー・フラッグの直後にピットへと戻れずコース上に止まった車が3台も4台もいたのだから、相当にあと一滴の燃料を欲するレースなのだった。

 難しく、またサイコロを振るように決まった側面もあったことは間違いない。いまあらためてコーヒー牛乳を飲みながら(わたしはアルコールを受け付けない文字どおりの甘党なので、ワイングラスを傾けながら、などと優雅なことを言えないのである)録画したレースを再見しつつ、最終結果のPDFを眺めているとまるで双六遊びのようだと思えてくる。振り出し。2マス進む。もう一度サイコロを振る。コーションで振り出しに戻る。8マス戻る。ピットに戻って1回休み、ピットに戻って1回休み。3マス進む。優勝は堅いと見えたマイク・コンウェイは燃料を失い、ゴールまでわずか3周で13マスも戻らされた。だがどのマスで起きた事件も、われわれの知っているインディカーの情景のひとつひとつだろう。パワーもひどいマスに止まってしまい、リスタート明けの39周目にヘアピンで駆動力をかけすぎてリアタイヤを振り出しスピンした。もちろんその瞬間には唖然としたが、それとてありえないことではない。わたしは、ファン=パブロ・モントーヤが新人だった1999年、レースリーダーとしてリスタートに向かう最終ターンでスピンしたポートランドをいまだに覚えている。違いといえば、モントーヤが360度きれいにまわって順位をほとんど失わなかったのに対し、エンジンストールを防ぐのに精一杯だったパワーが最後尾まで落ちたことくらいだ。いずれにせよ、そういうことはある。モントーヤはその年チャンピオンになり、パワーも10位まで挽回して選手権首位を守ったまま最終戦に臨むことになった。カストロネベスは開幕直後の事故に巻き込まれてフロントウイングを壊し、以後車のバランスを失ったのか速さを取り戻すことなく18位に沈んだ。

***

 劈頭、わたしは卑怯な書き方をしている。「エリオ・カストロネベスについて批判的ととれる記事を」書いたなどと嘯いているが、それらの記事を普通に読めば、たぶん批判以外のなにものにも見えないだろうからだ。自分でも読みなおしてそう思うのだから、本当は堂々と「批判的な記事を」と書くべきにちがいない。なのだが、当時のわたしにとって、そしてこんな記事を書き上げつつあるいまのわたしにとっても、数々の「批判的」言辞はカストロネベスに向けたものではなく、頽廃的なポイントリーダーがそこにいること、そしてその姿を認めることが当時のインディカーに対する自分なりの観察であり、それ以上でも以下でもなかったという思いが強い。それは良し悪し以前のたんなる現象にすぎず、少なくともわたし自身が当人に否定的な感情を抱いていたかといえば、まったく違う。今年のポコノで「チップ・ガナッシを軽蔑する必要がある」と命題したときも似たようなもので、そう書く意図――筆者の意図など虚しいものだが――は糾弾ではなくレースを思索的に見る方法の提示なのである。情報を収集してチームやドライバーが何を意図していたか衒学的に知るよりも、それらをあえて無視さえして、コース上に現れた振る舞いがレースに何をもたらしたのかを観客の視点からのみ考えること。いくつもの記事を通してわたしがやりたいのは概ねそのようなことで、だからこそあれほど「批判的」だったカストロネベスやチップ・ガナッシ・レーシングを直後のレースで心から讃えるのもやぶさかでなかった。

 そう、直後のレース――カストロネベスが讃えられるべきレースは数あるが、2013年のフォンタナは敗北の姿によってその列に加えられるべきだろう。ポイントリーダーの地位を守るため頽廃と怯えに縛られていた彼は、その座を奪われたことでついに桎梏から解放され、勇気を取り戻した。決して簡単な条件ではなかった再逆転に向け、ただ勇気だけを持ってフォンタナの4つのコーナーへと飛び込んでいくさまはこの年のインディカーで何よりも美しく、心を打つものだったことだろう。エリオ・カストロネベスとは、たぶんそういうドライバーである。去年も今年も5位以内でゴールした回数など安定感を強調される場面がしばしばあるが、そんなふうに安定的な守りに入ったときにはむしろ魅力が激減してしまうのだ。パワーの後塵を拝しチームのエースの座を奪われかけていた2010〜2012年の3年間のほうがむしろ魅惑的でスキャンダラスなレースをたくさん繰り広げていたことを思えば、彼はけっして後ろを振り返ってはならない性質の人間であり、だからこそ前を向く以外になかったあのフォンタナは、敗北したにもかかわらず彼にとってもっとも美しいレースとなったのだった。

 今季インディカーについて書く際、わたしは過去と現在を引き合わせることを意識していた。しばしば昔の話を持ち出したり、過去の記憶を引いて目の前のレースを考えようとする記述が多かったのはそのためだ。だからそのシーズンの締めくくりとして、最後まで過去を参照することにしよう。カストロネベスはチームメイトのパワーから51点差で8月30日を迎えることになっている。昨年の対ディクソンと比べるとほぼ倍の差がついてしまったが、しかし今年のフォンタナは500マイルオーバルのボーナスとして得点も2倍に設定されているため、結果として選手権に必要な条件はほとんど変わらないものになった。カストロネベスが優勝したとき、パワーが8位以下。2位ならば17位以下、3位の場合は21位以下。ラップリードとポール・ポジションの得点を無視すれば、それで逆転できる計算だ。見事に昨年を髣髴とさせる展開であり、ここまで来れば情熱の滾ったあの情景が再現されることを願わずにはいられない。すべては勇気にかかっている。初のチャンピオンを心から欲するカストロネベスの勇気を、やはりはじめての選手権を見据えるパワーが正面から受け止めることになるのなら、いささかせわしなく秋を待たずに閉幕する2014年のインディカー・シリーズは、きっと、またしても美しい記憶をわれわれに差し出してくれることだろう。

ウィル・パワーは己の物語を書き換えるときを迎えている

【2014.8.17】
インディカー・シリーズ第16戦 ウィスコンシン250
 
 
 わたしにとってはインディカー・シリーズとF1だけがその対象になるのだが、ひとつのカテゴリーをずっと追いかけているとレースで「これから起こること」が大まかに予想できるようになってくるもので、たとえば前回書いたようにジョセフ・ニューガーデンが優れた才能を見せているときに限ってパフォーマンスに見合った結果を得られないことは、過去の経験の積み重ねによって導かれる結論なのだといえる。もちろんそれが統計的・科学的な意味のないバイアスのかかった経験主義であることは承知のうえであり、人間の悪い性として、繰り返される偶然的な悲運に自分勝手な物語を見出してしまっているに過ぎない。しかしたとえばこのミルウォーキーでつねに表彰台を争える位置を走っていたニューガーデンが、ライバルと異なるピット作戦をとったがために希望のない5位に終わった――悪くはない、悪くはないのだが――結果を見ると、どうしても物語に繰り返しの一行を書き加えたくもなってしまう。かつてそうだったように、またしても、彼は勝てるかもしれなかったレースを失ったと。

 そういった意味において、131周目にカルロス・ムニョスがターン4のセイファー・ウォールに接触したことで導入されたフルコース・コーションは、レースを真っ二つに裂く展開の分かれ目になる物語の始まりとなってもおかしくなかった。序盤でスピードを誇ったリーダーが時間の経過と同時に好調の芯を外していく光景は珍しくもなく、というより250マイルも走っていればおおむねそうなることのほうが自然で、われわれは何度も、ポールシッターや最多ラップリーダーがふとした拍子でオーバルコースの中に敗れ去る瞬間を見てきたのである。まして、このときほとんどすでに最多ラップリードを確定させるほど圧倒的に速かったウィル・パワーは、ニューガーデン同様にこのコーションでステイアウトを選択していた。マルコ・アンドレッティを含めたった3台しか採用しなかった少数派の作戦が正解なのかどうか、その時点ではわかりようもなかったが、レース後に「捻った作戦が裏目に出て、ポイントリーダーは選手権に必要な順位を捨て去ってしまったのだ」と書かなければならなくなる未来は当然にありえただろう。告白すれば、あのとき実際にわたしが見出そうとした物語はコーションによって切り裂かれるレースそのものだった。たぶんパワーは失敗するだろうと思い、それによってもたらされる選手権の混戦についても書く準備ができていたほどだ。知ってのとおりその浅はかな予想は簡単に裏切られることになったわけだが、自己弁護が許されるなら、おなじ作戦を採ったマルコがリスタートの3番手から13位まで順位を落とした惨状からして、見当外れなだけの予想でもなかったように思う。結局、ただ単にパワーひとりがいつまでも、つまりスタートからゴールまで、スティントの最初から最後まで、あまりに速すぎた、それだけのことであった。引用すべき物語はオーバルでありうべきそれではなく、ペナルティを受けながら2位へと舞い戻った、今年のテキサスだったということだろう。作戦が一般的な観点からは間違っていたのだとしても、パワーはふたたび「速さによって自分自身を救った」のだった。

 もしこの日のパワーが常識的な範囲で速いドライバーに過ぎなかったなら、140周目のリスタートから10周も経たないうちにトニー・カナーンによって先頭の座を奪われていただろう。コーションでステイアウトしたパワーはピット作業を完了したばかりのカナーンより14周も古いタイヤを履いており、そしてミルウォーキー・マイルは明らかに使い古したタイヤを嫌っていた。しかし、文字どおりコーションが明けると同時にマルコとニューガーデンをやすやすと攻略した新品タイヤのカナーンをもってしても、パワーを捉えることはできなかった。せいぜい一度か二度ばかりインを窺うバトルを仕掛けることに成功しただけで、それもチョップで沈められるか、懐にこそ飛び込んだものの踏みとどまれず、逆にハイサイドでスロットルを開けるパワーに呑み込まれる結末を迎えた。そしてカナーンのタイヤが15周程度であっさりとグリップを失いつつあったころ、パワーはさらに15周古いタイヤでベストラップを叩き出して、観客全員に信じがたいものを見たと思わせて諦念の苦笑を導いてしまうのだ。カナーンはなんとか後ろに食らいついてはいたものの、それでもまだ100周ほどを残していたこの時点でチェッカー・フラッグが振られレースが終わってしまっても、大した違いはなかっただろう(実際、結果を見ればそのとおりだ)。もちろん集中を欠かせない当人にとっては楽な戦いではなかっただろうが、無責任な傍目からは快適なクルージングの時間に見えるものである。よい旅を、と言いたくなるくらいに。実際、コーション中の133周目から187周目、そしてピットタイミングのずれを挟んで193周目からフィニッシュの250周目まで、パワーはラップリードを記録し続けた。周回遅れの集団に捕まるなどほんの少しの危険な時間帯はなくもなかったが、最後には選手権の可能性をほとんどなくしている同僚のファン=パブロ・モントーヤに背中を守られて、選手権を引き寄せる優勝を手に入れたのだった。たった1回のコーションがレースに瑕をつけるという何度となく見てきた物語は、勝手で安直な想像でしかないということであって、パワーがその速さによってあらゆるできごとを吸い寄せたミルウォーキーに、事件の起こる気配は、レースが引き裂かれる可能性は、どこにもなかった。

 2010年のウィル・パワーは、ポイントリーダーとして迎えた最終戦で25位に終わり選手権を失った。次の年も、また次の年もそうだ(厳密に言えば2011年の「最終戦」については本来なら註釈が必要だが、本題ではない)。インディカーの風景の中に彼が数年をかけて積み上げてきた物語があるとすれば、それはだれもが知るとおりシーズンの最後の最後に敗れるドライバーというものである。ロード/ストリートレースのスペシャリストとして名を馳せていた彼はオーバルコースで行われる最終戦を前に重圧に押しつぶされたような不安に満ちた顔をし、悪い予感を的中させて予定された物語どおりの結末を迎えると、途端に絶望を思わせながらもどこか安堵の混じったような表情を見せた。そんなふうに落ち着きなく心情の変化を表面に出してしまうレースが3年も続けば、だれしもその帰結に意味を付与したくなる。昨年ついに、選手権と無関係な最終戦となったフォンタナで衒いなく圧勝したことすら、技術的な面においては弱点のオーバルを克服してシリーズチャンピオンへの前途を照らす結果であるように思われたが、しかし同時に精神的な面においては最後に選手権を失う彼自身の物語性を強化したようにも思えた。

 いま、パワーは39点差を持ってシーズン残り2戦に臨もうとしている。次のレースは得意とするソノマだから、余程のことがないかぎりポイントリーダーの立場で最終戦を迎えることになるはずだ。またフォンタナがポイント2倍に設定された500マイルオーバルであるために、ソノマで王者を決められないことも確定している。8月31日までのあいだに、きっとあの3年間のことはさまざまな人の口の端に上り、直接間接を問わずパワーを圧していくだろう。われわれは最終戦の彼についてどうしても敗北の悲劇を見てしまう。それは彼自身が積み上げてきた歴史が発生する重力そのものだった。

 パワーはあるころから、己の物語の重力に引かれていく場面が多くなった。ロードで他を圧倒しながらオーバルで沈む男、ベビーフェイスの裏に粗野な面を隠し持ち、自分本位のドライビングに身を任せる男、追い詰められると途端に余裕をなくし、ともすればすべてを周囲の責任にする男――インディカーを見続けている人には馴染み深い彼の個性は、時を経るごとに印象深いできごとによって物語化され、キャラクターとして認識されるほど固定されていった。その最たるものがあの3年間の最終戦だったのだと言えるだろう。振る舞いによって物語を著し、そうし続けることによって強固に形成された自らの枠組みから抜け出せなくなって悲劇、ときには喜劇を再生産する。そして新しい物語もまた枠組みとなって、自分自身を押さえつける……。2010年からのウィル・パワーは、かいつまんで言えばそういうキャリアを積んできたのだ。

 だがそれも終わりにしていい頃合いだ。ミルウォーキーに想像されたのが作戦の失敗によってレースが切り裂かれる物語だったのだとしても、そして実際その物語にまみれたドライバーがいたとしても、パワーだけはただ速さによってそれを断ち切った。以前書いたようにスピードはドライバー自身を救う何より得難い友人であり、それを手放さないかぎり、パワーはきっと過去に積み重ねてきた自分の重力から逃れることができるはずだ。かつて彼を阻んできたダリオ・フランキッティはもはや馬上の人ではなく、パワー自身もオーバルに泣き濡れるドライバーではなくなった。そうやって時間の流れの中に役者は少しずつ変化している。気づけば、物語の書き換えも望まれるときがきたのだろう。

才能に裏切られるなかれ、あるいはジョセフ・ニューガーデンの25分間に捧げるためだけの小文

【2014.8.3】
インディカー・シリーズ第15戦 ミッドオハイオ・インディ200
 
 
 居住まいを正してテレビの前に座り、真剣にレースを見ているようなときに何らかの予感が走るとしたら、それは根拠のないただの勘ではなく、無意識のうちに取り入れた細かい情報を自分の中で重ねあわせて作り上げる物語というべき類のものだろう。その意味では、最後尾スタートから変則的なピット作戦を成功させてスコット・ディクソンが首位に立った40周目、フルコース・コーションの最中に4位を走っていたジョセフ・ニューガーデンが、リスタートとともにサーキットの視線すべてを独占することになるだろうと考えるのは、むしろきわめて初歩的なレベルの推測だったといえる。燃費とタイヤの要素が複雑に絡み合う様相を呈していた時間帯にあって、上位3台はそれぞれわかりやすい瑕を抱えて速さを阻害されると予想された(ディクソンは燃料、2位と3位のセバスチャン・ブルデーとカルロス・ムニョスはおもにタイヤに弱点を抱えていたのだ)のに対し、もとより予選2番手だったニューガーデンはレースにおいて不利になる要素を序盤のうちにすべて片付けており、万全の状態で仕切り直しのグリーン・フラッグを迎えようとしていた。コントロールラインではなくターン3の先、バックストレート上に設定される一風変わったリスタートラインからレースが再開された直後、だからニューガーデンがムニョスを追い立てる展開はわずかの驚きも抱かせなかった。唯一予想できない事態が起きたとすれば、やがてムニョスとブルデーを攻略して首位に肉薄しようとするニューガーデンの車が、ただ速いだけに留まらず、息を凝らして記憶しなければ後悔すると思わせるほど信じがたい美しさを宿したことだ。43周目から65周目の間、時間にして25分にわたって演じられたその舞うがごとき走りは2014年のインディカーにおいてもっとも良質な運動に他ならなかった。その後に訪れた非情な時間の損失によって可能性を断ち切られた悲劇までも含めて、ただ彼の走りひとつをもってしてミッドオハイオはこの年いちばん優れたレースだとして記されなくてはらなくなったのである。

 レースの勝敗を左右する重要な分岐点においてニューガーデンが優勝を狙える位置を走っているのがもう何度目になるのか、思い出すのは簡単ではない。記憶をたどって指折り数えるか、もっと手間をかけて録りためてあるビデオで2013年あたりからひとつひとつ確認していくこともできないわけではないが、貴重な休日の時間の使い方としてはあまり有意義ではなさそうだ。少なくともそうやって数えなければならないほど、この23歳にすぎない新鋭がすでにいくつも印象的なレースをインディカーの中に残してきたという事実がある、ということを確認できればいまは十分だろう。われわれ日本人なら佐藤琢磨に議論を呼ぶほどのブロックラインを強いた昨年のサンパウロを思い出すことができる。リーダーとして最終スティントを迎えながらライアン・ハンター=レイの軽率なブレーキングによって右リヤタイヤを跳ね上げられた今年のロングビーチはまぎれもなく優勝に近づいたレースだった。ポコノでもやはり終盤に先頭に立ったが、これは勝ち目の少ない賭けに出たためだから、さほどでもないだろうか。ともあれ、白を基調に黄緑と黒で彩られたサラ・フィッシャー・ハートマン・レーシングの車は、しばしばチーム・ペンスキーやチップ・ガナッシ・レーシングといった強豪の陰から姿を現し、停滞と衰退の陰が忍び寄っているようにも見えるインディカーに新しい息吹をもたらして、明るい未来の可能性を繋ぎ止めてくれている。今後5年間でもっとも期待されるドライバーを挙げようと思ったとき、まだ何も成し遂げていないにもかかわらず、ニューガーデンの名前を真っ先に出したとしてもそれほど奇異には思われない。デビューした2012年、最終戦フォンタナのオーバルで給油タイミングの差によってほんの1周だけレースリーダーとなったに過ぎなかった彼は、それから2年近くのあいだに、何度かスピードという重要な才能を見せつけてきた。

 ニューガーデンのキャリアには2度の2位が記録されているが、最高位でゴールした昨年のボルティモアと今年のアイオワが優れたレースであったかといえば、実際のところさほどではない。ひとつは事故の多発する荒れたレースを、おもな要因としては偶然のなりゆきで生き残ったからと言っていいもので、もうひとつは硬直化していたレースが一瞬の出来事によってほどけた機に採った作戦が的中した結果だった。頂点まであと一歩ではありつつ、しかしともにかならずしも勝利が近くなかったことは、結局どちらのレースでも先頭に立つ機会がなかった単純な事実によっても理解が及ぶ(優勝とは最終周を先頭で走るということだ)。そして、もしレースは結果がすべてだというのなら、彼が残した結果などと呼べるものはそれくらいだ。思いもかけない幸運によって1度か2度表彰台に登る――しかも現役生活を終えたとき、振り返って美酒に酔うべき栄光がそれだけしかない――ドライバーはカテゴリーを問わずいるものだが、今のニューガーデンはまだその場所に留まっているといえるだろう。しかしだとしても、彼の未来が現状を打破する可能性は、きっと十分すぎるほど高い。若く多大な時間を残しているからそう思うのではない。速さを持っていることだけを理由とするのでもない。「結果としての2位」という恩恵に与ったにすぎない2つのレースは、とうてい彼の才能を反映した結末とはいえず、むしろ偽りの栄誉によって本質を見えづらくするだけのものだ。上に挙げた例からもわかるとおり、ニューガーデンのキャリアは順位を拾って満たされるのではなく情熱に躍動して恐れない運転によって印象深く形成されてきた。彼の未来を示唆する本質とはつまり、幸運な表彰台が褪せて見えるほど優れた、無垢なまま煌めく資質そのものである。

 ミッドオハイオで、ニューガーデンは45周目にムニョスを、翌46周目には2週間前に優勝したばかりのブルデーを、ともにカルーセル、すなわち回転木馬と名付けられる大きく回りこんでいく中速コーナーの入り口で制している。赤と黒、タイヤのグリップに差があったとはいえ、直前の高速ターン11でぴたりと背後につけ、短い直線からの進入で緩やかに弧を描きながら舐めるようにクリッピングポイントに寄っていく相手のレーシングラインを直線的なブレーキングで切り裂いた2度のパッシングは、抜きにくいレイアウトのサーキットにおいて明らかに特筆すべき運動だった。だがこの日どのドライバーよりも推進力を携えていたニューガーデンにとって、相手のラインを鮮やかに奪いとったこの場面は躍動のほんの一部でしかない。2位に浮上した彼はすぐさまディクソンの背中を追い始めた。45周目の終わりに3秒はあった差は、2周も走らないうちに1秒を切っている。

 そこからしばらく続いた待機の時間も、けっしてニューガーデンの優れたありようを損なうものではなかった。ディクソンが先頭に立っていたのは想定とずらした変則的なピット作戦と絶妙なタイミングで入ったイエロー・コーションの賜物で、最高の順位を得た代償に通常より長いスティントをこなさなければならなくなっため、燃料の節約に迫られてペースを上げられずにいたが、ニューガーデンは手負いの王者に対し一度手を休め、レースのすべてを台無しにしかねない無理な攻撃をいっさい封印してずっと1秒以内の位置を維持しながら隙を窺うことに徹している。それが、早めに給油しなければならないリーダーがピットインした瞬間に速さを解放するための冷徹な態度であることは明らかだった。ディクソンの丁寧な運転を前にして直接爪を立てる機会は訪れなかったものの、およそ15周にわたって固定化されたその隊列は、しかし固定的であるがゆえにどちらがより強力な存在であるかを表現していただろう。3度の王者は背中を脅かしてくる最高位2位の若手をまったく突き放せないまま、いよいよ62周目、給油のためピットへと戻らざるを得なくなる。レースの勝敗をどこかのポイントで語るとすれば、ディクソンはこのときもはや敗れていた――最終順位とは関係なく。

 モータースポーツが残酷なまでに物理的な限界しか追い求められない競技だとしても、まさにその物理の塊である車から美しい精神が漏れでてくる瞬間はある。本当に、想像も及ばないほど美しい場面がこのスポーツには存在するのだ。リーダーが退き、抑圧から解き放たれたニューガーデンが見せた63周目から65周目の走りには、精神の昂揚を呼び起こす情熱がたしかに宿っている。画面には映らなかったが63周目にパワーアシストを消費しながら記録した1分7秒1493のファステストラップにはじまり、64周目ターン5の立ち上がりで見せたテールスライドや直後のターン6〜8「エッセ」を右-左-右と切り返す軽やかなハンドリング、ターン9をコース外の剥げた芝生まで飛び出そうなほどコースいっぱいに使うライン取り、あるいは深いブレーキングから滑らかに回るのではなく断続的にステアリングを切り込んで直線的に攻略したカルーセル。そして65周目ターン1への怜悧な進入と、前周以上に極限まで縁石を使ったターン9……。彼がラップリーダーとして優勝へと突き進んだこの3周にこそ、レースのあるべき官能的な運動はすべて表現しつくされたのだと断言してもいいだろう。この記憶を残すだけで、もはやこのスポーツが失われても構わないのではないかとさえ思えるほどに。
 
 
 その後に起きた出来事を記そうとするとき、どうしても気が重くなってしまうのは悲しいことだ。サラ・フィッシャー・ハートマン・レーシングは、しかし信じがたい愚行によって彼らのドライバーの意志をかき消してしまった。ニューガーデンは満を持して65周目にピットへと戻ったが、あろうことか右リヤタイヤの交換を担当するピットクルーが車のすぐ後ろで転倒し、ジャッキアップも遅れて大きくタイムを失った。ディクソンの静止時間8.0秒に対し、ニューガーデンは作業に約17秒を要してふたたびムニョスの直後へ後退した。そして、さらに決定的なリプレイが流される。だれしもありえないと唖然としたその映像には、ニューガーデンがまさに進入してくるピットボックスの進路上に、タイヤ交換用エアガンに繋がるホースが徒おろそかに垂れている様子が映っていた。彼はホースを踏んだ。それはインディカーにおいて、無条件でドライブスルー・ペナルティを科される行為だった。

 リプレイが流れてからペナルティが通告されるまでの間にニューガーデンはもう一度ムニョスを抜いて競争力を誇ったが、もはやその速さはほとんどなにも意味をもたらさなかった。悔やまれる失敗というほかない。先にピットに入ったディクソンの作業は完璧以上だったが、それでもチームが普通の仕事をすれば前に出られる可能性は高く、仮に及ばなかったとしてもチェッカー・フラッグまでの約20周にパスすることはさほど困難ではなかったはずだ。単純な速さは一番だったうえ、ディクソンがまだ燃費走行をしなければならなかった事情もあるし、またレース後に伝えられたこととしてチップ・ガナッシが燃料計算を間違えていたなどとという話もある。チームはディクソンに燃費走行が必要なくなったと誤った情報を伝えていたが、無線を受信した彼は、しかしレース前半に与った幸運の反動があるのではないかとばかりに自主的にスロットルを絞ったまま走り、そのいかにも現役最多勝らしい周到さによって自分自身を救った(なにしろ、結果的にはウイニングランもできずゴールしてすぐ車を止めてしまったのだから、危機的な残量だったのは明らかだ)ということだった。だからもしこのリーダーが最終周を前にして9秒近い差を築くような展開にならなかったら、つまりすぐ背後に順調にレースを運んだ真実のニューガーデンがいたとしたなら、なにも知らないディクソンはチームの情報をもとにためらうことなくスロットルを開け、オーバーテイクボタンを押して遠慮なく燃料を燃やして、もっと早く燃料警告灯の点灯に狼狽する事態に陥ったもしれなかった。もしそうなれば、初優勝はいともあっさり、信じられないほど簡単に、ニューガーデンの手元に転がり込んできただろう。そういう可能性は、たとえばポコノで頼んだ何重にも積み上げられた神頼みような確率の低い事象ではなかった。彼が表彰台の頂点に立つ未来は夢想︎でなく現実の選択肢︎としてたしかにあり、にもかかわらずサラ・フィッシャーはただの粗雑な態度によってそれを投げ捨てたのである。悲しいことに、だ。

 ただ、ペナルティを受けて12位となったニューガーデンの結末もまた、現実の選択肢だったのかもしれないとも思う。最初に、ニューガーデンの美しさはこのミッドオハイオでただひとつ予想できないことだったと書いたが、実際、それは彼に関する文字どおり唯一の想定外だった。すなわちレースを見ていて予感が走るとすればただの勘ではなく、観測された情報に基づいた物語である。彼はそのキャリアで2度、結果を得ただけの2位を獲得しており、しかし逆に印象深い戦いを見せたとき、かならず何らかのトラブルで印象に相応する結果を残せずに終えた。自分自身の責任であったり、全面的な被害者であったり、その中間であったりしたが、いずれにせよ、才能を決勝に結わきつけることに失敗し続けてきたのである。だから最高の25分が演じられているあいだ、それでも最後に笑うのはディクソンかもしれないという予感は拭い去れなかったし、結果としてそれはほぼ最悪の形で当たってしまった。「優勝できなくて残念だ、今日のぼくたちが強くて、はっきりと優勝を狙えたことをみんなわかっていたと思う」とニューガーデンは言う。たしかにそうだ。だが、その言葉が似合うレースをしたのももう何度目かのことである。過去とおなじように、レースは彼を裏切ってしまった。幸運な表彰台が褪せて見えるほどの才能を持ちながら、その才能によっては祝福されないドライバーというジンクスは、いまだ破れることのないまま続いてしまっている。

 だがまた、こうも思う。たとえば佐藤やインディカー復帰後のブルデーがそうであったように、速さがあるかぎり才能と結果の不均衡はいつか消える。このミッドオハイオと同様にこれからもレースが彼を拒絶し続けるかといえば、きっとそんなことはない。過去の失敗は未来の失敗をも決定づけるわけではないのだ。今回は偶然にも過去をなぞってしまったが、しかし物語はつねに過去を乗り越えて書き換えられ、観客の矮小な予測を外していくにちがいない。ミッドオハイオにおける25分間に、45周目と46周目の華麗なパッシングに、63周目から65周目の圧倒的なスピードによって、ニューガーデンは才能の証明に重要な一文を追加した。あの甘美な時間は現在を裏切りはしたが、未来まで裏切ることなどできはしない。だからいつかかならず、彼にもレースに拒まれることなくチェッカー・フラッグを戴くときが来て、そのときわれわれは無邪気な笑顔とともに祝杯を上げる愛嬌あふれる若者を見るはずだ。あの美しさを思い出すに、あるいは祝福のさかずきに注がれる飲み物は牛乳であるかもしれないが、はたしてどうだろう。いま言えるとすれば、もしそうなったとしてもべつに驚きはしないし、もちろん、きっとインディカーにとっても好ましい物語となるにちがいないと、それくらいだろうか。

セバスチャン・ブルデーの優勝はリスタートでなければならない

【2014.7.20】
インディカー・シリーズ第13-14戦 インディ・トロント
 
 
 15歳くらいのときにはじめて触れて今年で33歳だからもう人生の半分以上、どちらかといえばわたしは長く米国のチャンピオンシップ・カー・レーシングを見続けていると言って構わないほうだろうと思っているのだけれど、それでもチャンプカードライバーとしてのセバスチャン・ブルデーにさほど強い思い入れを持っているわけではない。第4戦インディアナポリスGPの記事(「インディはどこから来たのか、インディは何者か、インディはどこへ行くのか」に書いたとおり、米国のオープンホイールレース界が2度目の分裂の憂き目に遭ったあと、フランス人である彼が国際F3000からF1移行に失敗し米国CARTへとやってきた2003年には、選手権の主流はことごとくインディカー・シリーズへと移っていて――チップ・ガナッシもチーム・ペンスキーも現在のアンドレッティ・オートスポートもすでにCARTではなくインディカーのチームだったといえば、だいたい想像はできるだろう――レベルの逆転は明らかになっていたし、インディアナポリス500もインディ・ジャパンも日本人ドライバーの参戦もみんなインディカーに集中していたから、もうCARTに熱い視線を向けることは難しくなっていた、というのが個人的な事情としてはある。レース界の動きを見ても、実際CARTはこの年かぎりで破綻し、翌2004年から経営主体がコンソーシアム、といえば多少聞こえはいいがようするに寄せ集めの集団になってチャンプカー・ワールド・シリーズへと選手権の名が変わり、ますます退潮の兆しが濃くなっていた。ブルデーが「最強の王者」として名を残したのはそこからチャンプカーが文字どおり消滅するまでの最後の4年間で、そんな微妙な時期のドライバーであったことが、わたしに彼の評価を定めさせなかった。

 もちろんCCWSにはやがてインディカーでも活躍することになるウィル・パワーやジャスティン・ウィルソン、グレアム・レイホール、シモン・パジェノーなどがおり、彼らを破り続けた事実はいま振り返ればすばらしいと言えるものの、最後の王がほとんどの場合王朝衰退の比喩になりうるように、終焉に向けての4年という侘びしさを伴う状況がその実績を好意的なだけの文脈に置くことをためらわせてしまった。スポーツカーカテゴリーで参戦する耐久レースでは優れたドライバーでありつづけたがそれはとりあえず別の話だ。今回2014年のトロント・レース1においてブルデーがようやく1位でチェッカー・フラッグを受けたとき、それは7年ぶり32回目の優勝だと紹介されたが、しかし以前の31勝に「インディカー」でのものはただのひとつも含まれていない。そこに(CCWSはまぎれもなくチャンピオンシップ・カー・レーシングの正統な選手権だったという意味においての)形式性以上の価値を見出すことは、CCWSの終了後欧州に帰ってから、2年目のシーズン途中でシートを失ったF1と、カテゴリー自体が失敗に終わったスーパーリーグ・フォーミュラでの失意を経てふたたび米国に戻って以降の成績を見るかぎり、容易ではなかった。彼が通算勝利数の欄を凍りつかせている間に、CCWS時代のライバルとして名前を挙げた先の4人は、合わせて28回もヴィクトリー・レーンで歓喜を味わっている。一方で、復帰後のチーム力に問題があったといってもトップ10フィニッシュすらほとんど見られなかったその(特に2013年前半までの)パフォーマンスと、しばしばクレバーとは程遠い接触事故や単独でのミスを犯す運転を見ていると、敬意を欠いていることは承知のうえで、オープンホイールレースでのブルデーはもはや優れた戦いの場に姿を現すことのない過去の、いや誤解を恐れずにいえば最初から米国の分裂が生んだ徒花の王者でしかないのではないか、と考えもしたのである。去年のトロント、あの、トロフィーの受け取り方を忘れてしまった(もちろん、きっと台座に固定されずただ置かれただけのクリスタルトロフィーのほうに問題があって、それを取り落として粉々に砕いたことに悲壮感はなかったのだが)と思わせるほど久しぶりに表彰台へ辿りついたトロントのレース1を見たあとでさえ、優勝したわけでもないのにドーナツターンで喜びを表現したことが志の低さを感じさせて失望を禁じえなかったし、翌日のレース2でふたたび3位表彰台を獲得してもまだ疑念は残り続けた。あれからもう、1年が経つ。

 おなじトロントのエキシビション・プレイスを中心とした市街地コースで開催されたダブルヘッダーのレース2をマイク・コンウェイが制し、2014年インディカー・シリーズの選手権争いはいったん歩みを止めた。それは、オーバルから退いたために選手権の担い手ではなくなったコンウェイ自身が、あたかも優勝によってその存在感をレース全体に伝播させたかのような結果だった。彼の勝利は、その立場ゆえなかば必然的にポイントスタンディングを固定化させるということなのだろう。上位はようやく不運の連鎖から脱した佐藤琢磨をはじめ、すでに選手権から脱落している、あるいは脱落しつつあるドライバーが多くを占め、ランキング2番手のウィル・パワーがかろうじて3位に入ったものの首位逆転には至らないままだ。このレースの1位から順に選手権の順位を並べてみれば、いかに普段から顛倒した結果だったかわかる。22、8、2(これがパワーだ)、13、20、17、6、9……。首位のエリオ・カストロネベスは中盤までレースをリードしながら多重事故に巻き込まれて12位フィニッシュに終わり、強豪と呼ぶべくもないシュミット・ピーターソン・ハミルトン・モータースポーツにあって今季も奮闘を続けるシモン・パジェノーはトラブルのために47周しか走れなかった。レース1でランキング3位を失っていたライアン・ハンター=レイも、8点に留まったパジェノーをほんの少しの差で交わして再逆転したにすぎない。かといって次につけるファン=パブロ・モントーヤが迫ってくることも、復調の兆しを見せつつあるチップ・ガナッシ勢がそれを結果に結びつけることもなく、状況はほとんど変化しないまま、ただただレースがひとつ消化されたのである。エース2人が選手権を争うチーム・ペンスキーにしてみれば双六の駒がひとつ進んだといえるが、40周目前後には同僚同士で接触するほど壮絶なリード争いを繰り広げていたことを思えば逃したものも大きかった。せめて3位との差だけは広がったことを収穫とすべきなのだろう。

 コンウェイの勝因を挙げるとするなら、ロングビーチでもそうだったように何割かは幸運だったと言っても差し支えないはずだ。レース途中に降りだした雨が濡らした路面が終盤に向けてふたたび乾きつつあったころ、13番手でしかなかった彼がリードラップの中では真っ先にドライタイヤへと交換した直後の44周目、あまりに素敵なタイミングでセバスチャン・サベードラがターン3のタイヤバリアへと突き刺さった。すぐさまフルコース・コーションが導入されると同時に今季復活した「ピットクローズ」ルールによってピットが進入禁止となり、他の車はタイヤを交換することのできないままペースカー先導の低速走行を余儀なくされる。やすやすと隊列に追いついたコンウェイは、レインタイヤで最後まで走り切る賭けに出た(結局、これはうまくいかなかった)4台を除く全車がピットに向かうのを尻目にコースに居残って悠々とドライタイヤ勢の先頭に立ち、リスタートのグリーン・フラッグが振られるやいなやレイン勢を手もなく捻ってあっさりとリーダーになったのだった。後方で起きた多重事故はもはや彼の関知するところではなく、赤旗によってレースの最後にたった3周のスプリントが残されても、それくらいの紛れにこのロード/ストリートの専門家が怯えるはずはなかった。

 平常なピットストップを行えたのはムニョスとコンウェイのふたりで、うちコロンビア人の方は周回遅れだったうえに結局トラブルで止まってしまったから、本当に恵まれたのはコンウェイだけだ。サベードラのミスが数周前後しただけでこんな結果にはならなかったと考えれば、その勝利がある程度まで運に助けられたものだったのは間違いない。路面が少しずつ乾いていくコンディションの下、リスクを負って早めにドライタイヤを履いた判断の背景にはおそらくドライバーの技術へのたしかな信頼があって、事実コンウェイはそれに応えて偶然を味方につけ、すばらしい報酬を手に入れたのだが、走っていたポジションと、ポイントを考えなくてもいい立場が決断を導いた側面も即座に否定はできないだろう。真意は知る由も、そしてべつだん知るつもりもないが、可能性の話をすれば選手権を放棄し一回一回のレースがすべてである彼は安定を擲つ動機をほかのだれよりも持っており、それゆえ軽やかな前進に身を任せられたと見ることもできる。ペースカーに押さえつけられ多重事故に立ち尽くした後続とはまるで別のレースを走っていると思わせるほど開放的だったコンウェイの最後9周が、シーズンに囚われないことで現れたものだったとしたら。だとしたら、対をなして重く停滞した後続集団のレースが、順位を混乱させて選手権を凍らせてしまうのは自然ななりゆきだったかもしれない。

 同様に、降り続いた強い雨がスタートを阻み、フォーメーションラップの数周を走っただけで翌日の午前中に延期になった(さんざん待たされた挙句レースは見られなかったわけだが、日本のモータースポーツファンにとっては博覧強記にして愛に満ちた小倉茂徳の語りを生放送で3時間半も聞ける機会に恵まれたのだから慊焉としない事件だったのではないか)、つまりはじめから停滞に飾られた土曜日のレース1も、やはり選手権に大きなインパクトを与えず終わっている。

 レース1をポール・ポジションからスタートしたセバスチャン・ブルデーは、スタートしてからもスピードを鈍らせることなく後続を突き放し、早々にカストロネベスから戦意を奪って2位を確保する走りへと切り替えさせた。全65周のうち58周をリードした圧勝は今季の優勝シーンの中でもひときわ優れたもので、チャンプカー4連覇の王者が戻ってきたと思わせるに十分な結果かもしれない。だがまた、カストロネベスがついに本気で追走することなく、ブルデーの強さが必要以上に際立った、裏を返せばひどく単調になった展開によって、彼の置かれている現状がより鮮明に見えてしまったとも言えるだろう。ちょうど同時期に開催されているツール・ド・フランスになぞらえれば、マイヨ・ジョーヌが総合優勝を争わない選手のアタックを容認したようなものだ。ブルデーはたしかに優勝にふさわしく速かったが、カストロネベスにも彼を脅威としない理由があった。逃げていたのは、結局トロントがスタートした時点でランキング12位で、54点を上積みしてもまだ10位にとどまるドライバーだったのである。ブルデーは勝利することで選手権に何かしらの動きを与えることはなく、むしろ首位を封じ滞らせて終えるのみだった。そういう現状とともに彼は走っている。

 書いたとおりわたしはチャンプカーのブルデーに強い眼差しを向けていた観客ではないが、それでも、7年待った優勝が選手権の熱量を伴わないものだった現実、彼がそのような状況で走らざるをえなくなっている現実は、レース後に紹介された過去の輝かしい実績を見れば寂しく思う。CCWSのブルデーは最初から最後の年までずっと王者でありつづけた。つまり彼の勝利はすべて、選手権において重要な位置を占めていたはずだ。翻って今回の「インディカー初勝利」にそのような運動が望めなかったことは明らかで、これをもってチャンプカー最後の王者が戻ってきたと考えるのはまだ早いのではないか、この一回の優勝でブルデーのすべてを祝福することはむしろ憚られるべきではないかと思えてしまう。

 もし、かつてのブルデーを真の姿としていまだ求めようというのなら、彼が米国チャンピオンシップ・カー・レーシングの正統な王者であり、「32勝目」を挙げたと称えるのなら、この優勝を心地よくワインに酔うための一度きりの思い出に留めてはならない。このトロントは苦労を重ねたチャンプカーの王者が辿りついた美しい結末ではなく、7年間振られ続けたイエロー・フラッグがようやく明けるリスタートであるべきに違いない。表彰台で落とすことなく掲げた一番大きなトロフィーは彼の真実のまだ半分で、もう半分はきっと、今後ふたたび積み上げられていく勝利と選手権の絡み合いの中にこそ眠っているはずだ。マイク・コンウェイのように軽やかな一回性に生きるのではなく、その圧勝が選手権を巻き込んで重層的な躍動をもたらすこと。偉大なチャンプカーの王者だったセバスチャン・ブルデーがそういう未来によって偉大なインディカーの戦士でもあることを証明するのであれば、やがてそれを見届けてから、そのときあらためて2014年のトロントが復活に向けたほんの始まりだったと振り返る機会を待ってみたいと、いまはそういう気分でいる。

もちろん、チップ・ガナッシは帰ってくる

【2014.7.12】
インディカー・シリーズ第12戦 アイオワ・コーン・インディ300
 
 
 そして1週間が経った。ポコノでチップ・ガナッシが見せた臆病な振る舞いを観客として正しく軽蔑すべきだという趣旨の前回記事を書き終えたころ、このチームの中でも「ターゲット」をスポンサーとするエース格のスコット・ディクソンとトニー・カナーンはすでにアイオワの予選1、2番手を独占していた。それはわたしの浅薄な眼差しをあっさりと蹴散らし、決勝に向けてなによりの楽しみをもたらしてくれる結果だった。ひとつのレースで話を完結させるなんとなくの流儀として記事で触れることはしなかったが、しかし去年同様に7月になってようやくスピードを取り戻してきたチャンピオンチームが、ポコノの頽廃を越えてレースでも王者としての振る舞いを思い出すことができるのか、アイオワ・コーン・インディ300はそれを見届けるにふさわしい準備を整えたように感じられたのである。

 最高のスタート位置を得たふたりはグリーン・フラッグが振られてすぐさま後続を引き離しにかかり、レーススピードでも優勝に値することを示している。ディクソンに関しては他のドライバーに比べてややタイヤの性能低下が大きい傾向にあり、スティント中盤以降に苦しむ姿は見られたものの、それでもチップ・ガナッシのDW12が同条件下で最速の車であることはまちがいなかった。33周目に降雨でレースが中断されても、セバスチャン・サベードラが急激な追い上げを開始したと思ったが早いかウォールにヒットして勝機を失った――このときテレビカメラが捉えたコロンビア人の表情は、インディカー・シリーズの中でもとくに印象に残る哀愁を漂わせていた――レース中盤でも、そして夜の帳が下りて気温と路面温度が急降下していただろう終盤に入っても、そのスピードは一定で、ずっと隙を見せることがなかった。このブログでは速さの証拠としてリードした周回数を持ち出すことが多いのだが、今回も同様にしてカナーンの247周、ディクソンの17周(しばしば2番手を走っていた)とふたりで90%近いラップリードを占めたのだといえば、だれだってアイオワがチップ・ガナッシのためのレースだったと首肯するにちがいない。もし昨年からレース距離が延長されずアイオワ・コーン・インディ250のままであったなら、彼らは1周0.875マイルのショートオーバルを全周回リードしてもまだお釣りが来るほどライバルを圧倒したということさえできる。

 それにしても、今季はどうも「同じこと」が起きるようだ。ウィル・パワーは5度もドライブスルー・ペナルティを科され、佐藤琢磨は自分の責任の有無にかかわらずリタイアを繰り返し、そしてこのアイオワの231周目にはマルコ・アンドレッティのホンダエンジンがテキサスに引き続き白煙を盛大に吐き出してフルコース・コーションを引き起こした。反復されるおなじアクシデントはしばしばレースの歯車を狂わせる要因になっていた(本来なら、パワーはもっと楽にポイントリーダーでいられた)が、マルコがまたしても見舞われた今回の不運に限っていえば、どちらかといえばレースを落ち着けるように思われたはずだ。つまりピットがオープンした234周目からゴールまでは66周で、満タンの燃料で73周走れることを考えると、全員がためらうことなく最後の給油へと向かえるタイミングであることを意味していたのである。先週に続いて中継の解説を担当した松浦孝亮が、このときリーダーだったカナーンについて「ピットアウトで先頭に戻れば勝機は大きい」といった趣旨のコメントを残したのも、ごく当然のことだ。ポコノでは劣勢だったピットクルーの作業もこの週末は完璧で、チップ・ガナッシはカナーンを首位のままコースに送り出したのみならず、4位を走っていたディクソンを2位にまで押し上げて最高の形で最後のスティントを迎えた。もはや最高の王者が帰ってきたと確信するのにためらう理由はなくなっていた。

 にもかかわらず、といっていいだろう。彼らは敗れてしまう。問題は燃料ではなく、ディクソンがずっとその徴候を示していたことに代表されるように曲がりっぱなしのショートオーバルによって大きな負荷がかかり、どの車のタイヤも30周程度しか走らないうちに性能低下を起こしていたことにあった。最終スティントも例外ではなく、260周あたりからすでに全体のペースが落ち込んでいる。それでもレースがグリーン・フラッグの状況下で行われているうちは(ピット作業の間に周回遅れになってしまうオーバルレース特有の事情で)だれもタイヤ交換できない我慢比べが続いたが、282周目にエド・カーペンターがファン=パブロ・モントーヤの進路をブロックしたことで発生した事故によって、展開に綾が生まれた。残り少ない周回数を考えてトラックポジションを優先しステイアウトした5番手までの車と、イエロー・フラッグを逆転する唯一の好機として新品タイヤに交換したライアン・ハンター=レイ以下数台の車へと、リードラップの隊列が2つに分かれたのである。

 グリップダウンは想像以上に激しかったようで、判断が正しかったのは結局後者だった。使いきったタイヤで前にとどまる集団に対し新品タイヤで後ろから追い上げる集団は圧倒的に速く、両者のレーシングラインは291周目のレース再開から間もないうちに何度も交錯する。そうしてついに299周目のことだ。明らかにハンドリングに苦しむディクソンをいとも簡単に料理した一昨年のチャンピオンが、グリップを失ってインサイドへ降りていくことのできないカナーンの左側をもやすやすと通り過ぎていく。最高の戦略を得たハンター=レイはこの周と300周目、たった2周だけリーダーとなって、そのままチェッカー・フラッグを頭上に戴いた。おなじくタイヤを交換したジョゼフ・ニューガーデンにも抜かれたターゲット・チップ・ガナッシ勢は、結局3位と4位でゴールし、またしても今季初勝利を逃した。そういうレースだった。

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 最後に笑った(つまりもっとも笑った)のはハンター=レイだったとはいえ、GAORAの中継ブースにいた3人全員がいつの間にかカナーンにシンパシーを抱いて肩入れしてしまっていたことに象徴されるように、アイオワの優れた主演がクライマックスだけを攫っていった黄色い車ではなく、つねにスポットライトを浴び続けた赤い車であったことはたしかだろう。カナーンは――もちろんそれはなにより辛いことではあるが――たんに1位になりそこねただけで、きっとその他のあらゆる面では勝者だった。たとえば実況した村田晴郎の振るったコメントがレースの性質をよく表している。「先週のカナーンは戦略に負け、今日のハンター=レイは戦略に勝った」。そのとおり、カナーンはポコノのように惨めに敗れたのではない。最後のコーションでステイアウトしたのは結果的に誤っていたが、レースのリーダーがポジションを最優先で確保するのは当然の戦い方で、当初から疑問だった分の悪い賭けに身を置いたのとは違う。もっといえば、チップ・ガナッシは2番手のディクソンを保険としてピットインさせる選択もありえたのに、結局そうせずにゴール2マイルのところまで1-2態勢を保ち続けた。彼らが繰り広げたのは、逃避にまみれたポコノの再現ではなく、まぎれもなく強者のレースだったのだ。

 そんな、普通に走っていれば勝てると言わんばかりの堂々とした振る舞いに観客の勝手な視線を向けてみると、チャンピオンチームでありレースのリーダーでもある自らの気位をこそ、彼らがこのレースで守るべきものとして戦っていたように見えてくる。村田のコメントには、「カナーンはけっして負けたのではない」という心情が、これ以上なく込められているようだ。ただ完璧なレースに生じた僅かな亀裂に、偶然の展開を味方につけて「戦略に勝った」ドライバーが割り込んだ、ライアン・ハンター=レイという(チップ・ガナッシとは)別のだれかが1位を得ただけのことだったのである。

 もちろんハンター=レイが最高の「ハント」を完遂した最後の10周は、日が暮れた後のレースでもっとも興奮を誘うもので、その走りを称えるにやぶさかでない。インディアナポリス500以降の不調で一度は選手権争いから脱落しかけた彼がふたたび戦線に戻ってきたという意味でも重要な結果だった。しかしそうだとしても、やはりこのアイオワは王者が精神を充足させながら結末だけが慰みにならなかったレースとして印象に残しておくべきだと思われる。一度はレースと正面から戦うことに怯えた王者をモータースポーツという営みの強度のためにこそ軽蔑すべきだと書いたのだから、1週間後のいま、まったくおなじ理由でその敗戦を称揚するのは当然のことだ。君子の豹変は歓迎されるものである。強かったチップ・ガナッシは偶然に翻弄されて哀しみに暮れた。しかしその過程で維持し続けた美しくも清冽な1-2の隊列は、もしかすると優勝者として名前を刻むよりもよほど重要な精神を示していたに違いなかった。

 歴史に残るのは1位だけで、敗者は記憶に残らない、だから勝負は勝たなければ意味がないと言われることがある。だが観客がモータースポーツに求めるのは事後の結果ではなく、いまこの瞬間に湧き上がる情動であるはずだ。われわれはレースをつぶさに見ることで、ニヒルに満ちたそんな文句を否定してしまおう。結果としての勝者とおなじくらい精神の勝者を称えようとするかぎり、2014年のアイオワをなによりもまずチップ・ガナッシのレースとして心に留めておくことは、きっと、さほど難しくない。

インディカーのために、われわれはチップ・ガナッシを軽蔑する必要がある

【2014.7.6】
インディカー・シリーズ第11戦 ポコノ・インディカー500
 
 
 500マイルの長い長いレースで、この日はじめてとなったフルコース・コーションが導入された161周目に、結果としてレースの最多ラップリーダーとなった、つまり多く最速であったターゲット・チップ・ガナッシのトニー・カナーンがピットへと向かった場面は、今シーズンに起きたインディカー・シリーズのどんな事件より不愉快を生じさせた瞬間として記憶されてもいいだろう。チームはそこでとりあえずカナーンのタイヤを新品に交換し給油を済ませると、さらにコーションが明ける直前の164周目にふたたび昨年のインディアナポリス500ウィナーを呼び戻し、わずかに減った燃料をもう一度注ぎ足してタンクの隙間を埋め、200周目まで走り切るように指示してコースへと送り出した。チェッカー・フラッグまでは36周を残している。トライオーバルと呼ばれる特徴的な三角形レイアウトをしたポコノ・レースウェイが、しかしどんな車にも32周のうちに燃料を使い切らせてしまうことは、レース4分の3が終わったこの時点で完全に証明されていたはずだった。チップ・ガナッシは、ゴールまでたった1スティントの間に通常の10%以上も燃料消費量を抑えて長い距離を走り切る賭けに打って出たのである。

 そこに無謀な、と修飾語をつけてもよい。実際オッズは9:2だった――つまりこの時点でリードラップに居残っていた11台のうち、カナーンとおなじ作戦を取ったのはわずかにジョゼフ・ニューガーデンだけだったのだ。最終的にチップ・ガナッシの勝負は失敗に塗れることになるが、結果論でなく当初から分の悪い賭けだったことはだれの目にも明らかだったわけである。もちろんストライク/サラ・フィッシャー・ハートマン・レーシングの選択に関してはわからなくもない。ニューガーデンはカナーンと違ってインディ500の優勝者ではなく、という以前にシリーズで一度も勝ったことのないまだ23歳のドライバーで、チームはお世辞にも強豪とはいえないし、なによりこの日も勝機を見出すことなどいっさいできないレースを戦っていた。もとよりリードラップの後方を走っていたのだから、失うものもない。彼らは自らの立ち位置を理解したうえで、ホンダエンジンが優位とされる(かどうかは正直怪しいところだが、そう信じられてはいるようである)燃費や、その後イエロー・フラッグが何度も振られる微かな可能性を頼んで少額のチップを積んだ。それは弱者が取れる数少ない、しかしゆえに尖った戦略として、むしろ賞賛さえされるべき決断といえよう。事実ニューガーデンはコーションでステイアウトした車が給油に向かった188周目から自らの燃料が尽きた194周目までをリードしたことでレースの行く末に波乱の疑念を抱かせるとともに、貴重な1ポイントをも上積みした。そのうえでウィル・パワーが(またしても)ドライブスルー・ペナルティを科された間隙などを突いて得た8位は、まちがいなく作戦が成功したことを証している。優勝とまではいかなくとも彼らにとって悪い賭けではなかったのだ。なすべきことを正しい瞬間になせばレースは報いてくれるとささやかな寓話にすることもできそうなくらい、彼らは能く戦った。

 だが8位を最高の果実としたニューガーデンとサラ・フィッシャーの作戦は、同時にそれがどこまでも弱者の戦略でしかなかったことを示してもいる。コーションが長引けば、再スタートの混乱でふたたび事故が起きてイエロー・フラッグになれば、周回遅れを利用して空気抵抗を減らし燃費を通常以上に向上させられれば。彼らが頼んだ展開は通常ではない事象をいくつも掛け算した結果の途方もなく低い確率でしか見つかりえなかったし、実際にそういう卑近な願いをあざ笑って、ごくごく普通の作戦をとったファン=パブロ・モントーヤが優勝したわけである。第9戦のカルロス・ウェルタスのように目をつぶりながら細いロープを落ちることなく渡り切ってしまうような偶然はめったにない。ニューガーデンは弱者の戦いをして、弱者らしく当たり前に敗れた。

 弱者がレースのほんのわずかな綻びにしがみついて優勝まで辿りつくには、あらゆる都合のいい仮定を砂上に積み重ねていかなければならない。ほとんどの場合、そんな幻想は強者が無造作にスロットルを開けるだけで霧散するし、また強者は自らの勝利のためにそうする権利が、あるいはモータースポーツという営みの強度を守るために、そうする義務がある(われわれはサイコロを振って出た目だけで決まる競走を見たいわけではない)。レースにおいて、弱者に地位に応じた戦いがあるように、強者にはふさわしいありかたが求められるものなのだ。カナーンへの、チップ・ガナッシへの不愉快とはそういう意味である。2014年は未勝利といっても昨季の、もっと言えばここ6年で5度の選手権を獲得したチームと、インディ500・シリーズチャンピオンの両方を経験しているドライバーのコンビが、多くのラップリードを築いていたにもかかわらず、なお強者としての振る舞いを捨てて矮小な賭けを指向した、それはレースに対する敬意を欠いた裏切りに他ならなかった。昨年このブログでたびたび使った言葉をふたたび持ちだしてもいい――チップ・ガナッシは頽廃的なレースに堕したのだと。

 中継の解説を担当した松浦孝亮の推測するところによれば、この日のチップ・ガナッシはライバルのチーム・ペンスキーに対し一貫してピット作業が遅く、最終スティントで先頭に立つことが困難と予想されたために、変則的な作戦を採用したのかもしれないということである。ターンの角度がきつくバンクも浅いポコノでは追い抜きがほぼ不可能で、実際レース中にもほとんど見られなかったから、ひとたび先行を許せば逆転の可能性にさほど希望を持てないことは明白だった。だからコース以外の場所でなんらかの工夫が必要とされたのだろうと、そういうわけだ。

 それを受けて実況の村田晴郎は、「勝つための作戦」だとカナーンの変則的なピットストップについて述べたのだが、その表現はおそらく半分正しく、しかし半分は間違っている。たしかにチップ・ガナッシは工夫を凝らし、足りない燃料をなんらかの偶然で埋めてペンスキーを出し抜く賭けに出た。それはたしかに勝利を願った作戦ではあろう。だが同時にそうすることで彼らは、強者としての振る舞いを、最大限の努力でピット作業を短縮し、最高の緊張とともにコース上のバトルを制して勝利しようとする意志を、自らのピットボックスに破り捨てもしたのだ。チップ・ガナッシは奇抜な作戦を選ぶことによって、直接の対決を避けてある意味では安直な勝利を求め、また負けたとき「賭けに失敗しただけだ」と自らを慰めるためのわかりやすい理由を手に入れたように見える。いやむしろ、彼らが選んだのは「勝つため」である以上に、敗因を隠蔽し、自分たちは最善の努力を払ったが報われなかったのだという偽装された満足感を得るための作戦ですらあったのではないか。

 ニューガーデンとサラ・フィッシャーの戦いから最善を尽くした麗しい物語を読み取れるとしても、まったくおなじ文章を紡ごうとしたカナーンとチップ・ガナッシに同種の意志を見てはならない。弱者が弱者としてレースに立ち向かうために狭い路地での戦いを求めるのと、強者がそこに逃げることはまったく違うのである。賭けの失敗を慰みにできる傷つかない走りを選び、自らにふさわしい戦いの場から姿を隠したチップ・ガナッシは、レースを形作る一員になる資格すら失った。結局、ポコノでカナーンが本当にペンスキーに勝てなかったのかどうかは永遠の謎となってしまったのだ。ライバルと、さらにはレースそのものと対峙することを忌避し、弱者の路地へと逃げこんだ彼らの振る舞いこそ、この好レースに投げかけられた唯一の失望に他ならなかった。

 チップ・ガナッシにいまだ優勝がなく、不調から抜けだせずにいることがしばしば話題になるが、ことここに至ってその理由は明らかになったというべきだろう。だれよりも強者であるべき彼らは、そう振る舞えるはずの場面ですら弱者であることを望んで自分自身をレースから放逐している(このチームがスコット・ディクソンのクラッシュ以外ほとんど目立つ場面がない、ということを連想してもよい)。そんなチームに幸運以外の勝利が訪れるはずもなく、そして弱者を勝たせるほどの幸運はそうそう転がり込んできたりしない、ただそれだけのことだ。しかしチップ・ガナッシは本来まぎれもなく強者であり、そしてまさにこのポコノがそうであったように、強者がレースを恐れる姿など観客にとっては不愉快でしかない。昨年はポイントリーダーの地位を守ろうとするエリオ・カストロネベスの恐れがシーズン中盤から後半を支配し、打ち破るには最終戦を待たなければならなかった。われわれがインディカーの強度を信じ、擁護しようと思うなら、ポコノのレース中盤を支配したことでいまだ強者としての可能性を残していることを示したチップ・ガナッシが、頽廃的な恐れを振り払う姿をこそ求めるべきである。それは車の性能やチーム力と違って、次のレースにでも改めることができる――昨季の最終戦が突如として豹変したようにだ。観客としてはその瞬間を待ちながら、せめてその臆病を冷笑し、軽蔑の眼差しを向けるくらいのことを、しておくべきにちがいない。

ウィル・パワーはその速さによって自分自身を救った

【2014.6.7】
インディカー・シリーズ第8戦 テキサス・ファイアストン600
 
 
 フォンタナのオーバルコースで行われた2013年インディカー・シリーズ最終戦は、選手権を争っていたスコット・ディクソンとエリオ・カストロネベスの動向を気にせずにはいられないレースだった。25点差を追って一途に集団を攻めていくカストロネベスが何度もバーチャルポイントで逆転し、それに呼応してディクソンが危険なバトルへと身を投じて順位を回復していくさまには、繰り返し映像を見ても興奮を抑えられそうにない。恍惚の戦いは終盤カストロネベスが軽い接触によってフロントウイングを傷めてしまったことで不意に終止符が打たれたが、断頭台の刃がレースへの意志の強靭さとはまるで関係なく、ただただ無機質に落とされたようなその残酷な終幕も含めて、この年最高のレースだったと断言できる。

 ただ当然のこと、この戦いが選手権という純粋なレース以外の要素によって彩られていたのもたしかではある。最終戦とはえてして、そんなふうに1つのレースではなく1年に対する結末が優先されることになるものだ。リードラップ最後尾の5位でチェッカー・フラッグを受けたディクソンと無念にも周回遅れとなって6位でゴールしたカストロネベスはたしかに最高のレースを演出したが、結果だけを見るならそれなりの順位で、シーズンにおける対照の2人としてスポットライトを浴びたにすぎない。普通ならインタビュアーが真っ先に5位、6位のドライバーのもとへ赴くなんてことはなく、10月20日という日程だけが特別にそういう光景を生んだのだ。だからもしフォンタナがたんに夏場の一レースであったなら、われわれは別のドライバーを真っ先に讃えていたにちがいない。選手権の強い光に目が眩んでつい見落としがちではあるものの、その陰でウィル・パワーは最終戦を先頭からスタートする資格を手に入れ、だれよりも多く103周をリードし、最終ラップのコントロールラインを最初に通過して、1レースで得られる限界の54点を獲得していたのである。昨季、この完全勝利を達成したドライバーは他に2人しかいなかった。

 ウィル・パワーがオーバルレースを苦手としていることは、いまさら声高に指摘するのも憚られるほどの常識だ。2005~2007年のチャンプカー参戦を経て2008年にインディカー・シリーズにデビューしたオーストラリア人は、以来このフォンタナまでに18勝を挙げているが、そのほとんどはロード/ストリートコースでのもので、オーバルではまともな結果を残していない。左ターンしかないコースでの優勝は2011年テキサス「ファイアストン・ツイン・275s」の1度きり、しかもそれは名称からわかるとおり本来550kmで行われるレースを距離もポイントも半分に分割したイベントのうちの片方でしかなく、彼が勝ったレース2はまばたきをしているあいだに終わるほど短かった。スタートからゴールまで50分もかかっていないのだ。0.5勝といってもよいくらいである。

 RACING-REFERENCE.INFOに掲載されている記録をもとに計算してみると、トップチームであるチーム・ペンスキーにはじめて乗ってから2013年の最終戦までの間、パワーはオーバルを27戦走って平均12.3位という結果を残している。全体の半分以上だから悪くない数字に見えるが、同時期のロード/ストリートで45レース平均5.8位を記録しているのと比較すればまったく優れているとは言いがたい。数字からも明らかなとおり、彼はロード/ストリートとオーバルの間で歓喜と失望を繰り返し往復するドライバーだった。得意とする深いブレーキングは全開の続くスピードウェイでは活かす場面がなく、200mphで動く集団の中で正しい進路を見失って戸惑う姿ばかりが目についたものだ。

 もちろん、経験少ないコースを苦手とするのはやむを得ないことではある。ましてオーバルは特殊なレースで、キャリアを重ねてからインディカーに転向したドライバーの多くが苦戦することもたしかだ。だが結局、この弱点が彼を頂点から遠ざけ続けたのもまたまぎれもない事実だった。2009年のスポット起用を経て、2010年にペンスキーからフル参戦するようになってからは、ロード/ストリートが集中するシーズン序盤に圧倒的な強さを見せながらオーバル中心の秋にポイントを伸長できず、最後に敗れる苦汁を3年連続で味わっている。2010年のホームステッドでは25位、2011年ケンタッキーは19位、2012年のフォンタナが24位で、いずれの年もポイントリーダーとして迎えながら最終戦のオーバルで逆転を喫して1年を終えた(2011年の実際の最終戦はラスベガスだったが、12周目に発生したダン・ウェルドンの死亡事故によって中止となっている)。

 いつまでも幼さが抜けないパワーの顔には、そんなふうに速さと脆さのふたつの表情が同居している。しかもただ得意と苦手がわかれているだけならまだしも、あまりに「高い」レベルで均衡しているせいでだれよりも惜しい場面が際立ってしまった。もしロード/ストリートでちょっと速い程度のドライバーだったなら、オーバルでの醜態もむしろ愛嬌として受け止められただろう。だが得意なコースだけで選手権を戦えてしまうほど突出したスピードがあるからこそ、だれも彼がインディカーの名脇役にとどまることを許さず、主役になれなかった男として扱おうとした。敗北とともに失意の表情を浮かべる光景がいつしか秋の風物詩になったのは、歪な才能ゆえだ。

 しかしそんな中で、彼はついに高速オーバルのフォンタナを圧勝してみせたのだ。2013年は失意の1年で、前半戦はシリーズ全体の波乱に巻き込まれるようにミスを繰り返して後方へと沈み、パフォーマンスを取り戻したころにはすでに手遅れでチームメイトの援護に回らざるを得なかった。それがかえってよかった、とは心境をおもんぱかれば言えないが、(実質的に)はじめて重圧のかからない最終戦を迎えたパワーは、焼けるような選手権争いが繰り広げられている遥か前方を、その熱量に浮かされることなくさらりと受け流して涼しい顔で逃げ切ったのである。気楽に走れたことが功を奏したのかもしれないとはいっても、やはり過去を置き去りにするかのような500マイルオーバルでの優勝は新しいシリーズ・チャンピオンに辿りつくために打たれた重要な布石に見えた。

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 2014年のシリーズ第8戦、ウィル・パワーがピットに進入する際の速度違反によってドライブスルーペナルティを科されたのは215周目のことで、その瞬間に勝負の行方は決まったも同然だった。夕刻から夜にかけて気温と路面温度が下がっていく難しいコンディションにあって、インディアナポリス500のポールシッターでもあるエド・カーペンターがリーダーの座を固めていく中、追随できるのはこのレースの序盤を席巻していたパワーだけだったのだ。従来の550kmから600kmへと距離を延長してレース戦略から燃費を排除しようとした運営の目論見が成功したのか、6月のテキサスはスピードを愛する者がもっとも報われる一戦となりつつあった。インディ500に続いてフルコース・コーションがほとんど導入されなかった――事故を原因とするコーションはたった1回だった――こととも相まって、1周25秒のハイバンクオーバルは遅い車を次々と篩いにかけて周回遅れへと引きずり下ろし、本当に戦う資格のあるドライバーだけをリードラップに残していたのである。
 その中でもカーペンターとパワーはより速く、2人以外に優勝が許されそうになかった。なにせ2人とも、2位に10秒というオーバルでは冗談みたいな差を築き上げるタイミングがあったほどだ。これでなにかの拍子に他の誰かを勝たせるとしたら、さすがにモータースポーツの神様も気まぐれが過ぎると呪いたくもなるスピードである。102周目までのほとんどと、126~170周目を取って最多ラップリードを確定させたパワーに対し、カーペンターは終盤にセッティングのポイントを定めたようにスピードを上げてきていた。2人のポジションは緩やかに交差し、残り50周を切ったころにはカーペンターのほうが逃げ込みを図るようになる。問題の違反が生じたのはそんなときだった。後から流されたリプレイには、ピットレーンの速度制限区間のはじまりを示すラインから数十mにわたって、明らかにブレーキングを失敗したパワーがタイヤをロックさせる場面が映っている。

 それからの手際はテレビの実況陣が笑ってしまうほど鮮やかで、ピットアウトするやいなやレースコントロールからカーナンバー12にドライブスルーペナルティが宣告され、パワーは満足に加速もしないうちにハンバーガーを買いに戻る羽目になった。「まただよ、本当に残念だった」とレース後に彼は言っている。いくら自分の責任ではあっても、前の日曜日にもペナルティを受けたばかりなのだから落胆するのも無理はない。

 ただデトロイトではそれでも2位だったし、今回もまた、その希望は残されていた。つまりふたたびコースに戻ってシボレーエンジンを限界まで回しはじめたとき、リーダーのカーペンターはかろうじてすぐ背後にいたのだ。周回遅れにならずに済んだのである。最後尾とはいえリードラップに踏みとどまったパワーはその後も勇気を持って苦手なはずの集団を突破し、遅い車の間を縫いながらオーバル・マスターから逃げおおせた。そういう苦闘はしばしば報われるものだ。二百数十周も全開で戦われていたレースは、残り6周、佐藤琢磨の車から突然火の手が上がったことでスローダウンされる。この日3基目となるホンダエンジンのブローによってイエロー・フラッグが振られた瞬間、ペンスキーのストラテジスト、ティム・シンドリックは彼のドライバーをピットに呼び戻す決断をしていた。

 最後のピットストップで新品タイヤを得たパワーは、レースが再開するが早いか、30周以上使い古したタイヤで苦しむライバルを苦もなく大外から飲み込んでいく。ゴールまでたった3周、時間にして1分強のあいだに、彼はカーペンターを除くすべてのドライバーを抜き去って、ペナルティを受ける前の2位へと舞い戻ったのだった。「(ペナルティは)本当に残念だった、でもチームがすばらしい(ピットインの)コールをしてくれたんだ」と彼は振り返る。最後のスプリントでグリップに明白な差が生じていたことを思えば、たしかに失った順位を取り戻すために必要な最後の鍵がタイヤだったのは間違いない。たとえリードラップの最後尾で作業をしても損にならないことが分かっていたのだとしても、あの瞬間、まったく迷うことなくドライバーを呼んだシンドリックの判断は称賛されるべきであり、その意味でパワーが述べるチームへの感謝は率直な心持ちだったことだろう。だがその言及はまた、レースのすべてを反映したものでもない。彼が2位を失わなかった最大の理由を挙げるとするなら、それはそうするために抜かなければならない車がたった4台しかいなかったことなのだ。7位以下がすべて周回遅れとなっていたことで、リードラップ最後尾に落とされたといってもパワーはまだ6位にいた。そしてそのような状況をつくりだしたのは他でもなく、序盤から中盤にかけてスピードによってレースを席巻し、遅い車を次々と断罪していくように周回遅れに追い込んだパワー自身の走りだった。最後に2位に上がったのがタイヤの差という局所的な状態の違いにあったとしても、それは248周のレースの中で一から作られた土台にの上に完成した結果だった。一度はつまずいたウィル・パワーを救ったのは、結局のところ自らのスピード以外になかったのである。

 いまインディカーに無条件で「速い」と言い切れるドライバーがいるとしたら、パワーを措いて他に――だれも、と付け加えてもいいかもしれない――ない。ロード/ストリートのみならずオーバルでも強い印象を残した彼が選手権の地位に汲々とすることなく、今後もレースを破壊せんばかりの無垢なスピードで走り続ける快楽を見失わずにいられるのであれば、昨年完全優勝を果たしたフォンタナの地で、自然ともうひとつの勝利を手に入れる機会に恵まれることだろう。あのときの布石は、今になってたしかに生かされつつある。

真の友人はスピードだけだ

【2014.5.31-6.1】
インディカー・シリーズ第6-7戦 デュアル・イン・デトロイト
 
 
 ターン6で起きたセバスチャン・サベードラの単独事故のため導入されたフルコース・コーションに呼応してリーダーの佐藤琢磨と次いでエリオ・カストロネベス、ライアン・ブリスコーがピットへと向かったとき、その動きに疑問を感じなかったわけではない。ベル・アイル・パーク市街地コースの荒れた路面は彼らがスタート時に履いていた柔らかい赤タイヤの表面を削るように傷めつけ、短い周回のうちにグリップを失わせることが去年以前からわかっていたし、前日にも同様の傾向が証明されたばかりだった。側面が赤く塗られた柔らかいオルタネートタイヤと硬い黒のプライマリータイヤの両方を装着しなければならないルールの下で、だから先頭を行く彼らは早めに赤タイヤの義務を終えてしまい、優位に戦える黒タイヤで長い距離をはしる戦略をとったのだろうとは、たぶんインディカーを見慣れている人ならだれでも即座に理解できたはずだ。だがそのときレースは全70周中のまだ11周目で、満タンの燃料で走れるのは概ね25周だから、タイヤを替えてからさらに2回の給油を要する、つまり3ストップ戦略で戦わなければならなくなることも明白だった。見ている側としては、事故の後片付けが終わってレースが再開してから5周ほど赤タイヤで我慢し20周まで走れば、ロスを最小限に抑えつつ2ストップで済むのではないかと直感したし、実際2位を走っていたジェームズ・ヒンチクリフ以下ほとんどのドライバーがそうしていた。デュアル・イン・デトロイトの日曜日、名称のとおりダブルヘッダーとして行われたうちレース2の序盤に生じた展開の分かれ目である。3ストップを選んだ3人が余分な給油のために失う時間を取り戻すための猶予はあまり与えられていなかった。

 最終的にこのレースを優勝することになるカストロネベスには、彼を取り巻く状況を良い方向に運ぶいくつかの小さな幸運が訪れている。たとえば、コーションでステイアウトを選択した集団が最初のピット作業を終えてしばらくすると、彼の後方にはストリートコースとしては信じがたいほど広大な空間ができあがっていた。唯一黒タイヤでスタートし、2ストップ組の先頭に立っていたマイク・コンウェイが24周目からの第2スティントで赤タイヤを履いたためにまったくペースを上げられず、後続を大渋滞に巻き込んだからだ。ロングビーチで優勝したストリート巧者のコンウェイでさえ赤タイヤには手の施しようがなく、カーナンバー20は長い直線から直角に曲がり込むターン3への進入でしばしば激しくブレーキをロックさせ、コースを白く覆うほどの煙を巻き起こしていたのである。どんなコーナーを見ても2人のスピード差は明らかで、ラップタイムは2秒、ときに3秒も違い、カストロネベスはまたたく間に余分な給油時間を補うだけのリードを作り上げた。34周目に2度目のピット作業を終えた彼は2位でコースに復帰し、おなじ戦略のジャック・ホークスワースが次周にピットインしたことで苦もなく先頭に戻っている。さながらF1王者のようなレースぶりではないか。コーションでレースがリセットされやすいインディカーでは珍しい光景だが、もうひとつの幸運であったことにこの間に黄色い旗が振られることはなかった。

 たった10周のうちに2ストップ勢を置き去りにしたこの時間でカストロネベスの勝利はほぼ決まっていた。そのうえ35周目には、最初のスティントでリーダーだった佐藤がブリスコーの素人のような追突によってスピンを喫して勝負する権利を失ってもいる。予選で自分が記録したコースレコードをさらに上回り、スタートしてからも着実にリードを築くなど唯一の危険な敵でありえた佐藤が消えたことでカストロネベスを脅かす相手はいなくなった。その周からゴールまで、彼は一度たりともラップリードを譲っていない。

 そういう展開だったために、3ストップが本当に正しかったかどうかはレースの後になっても不明瞭のままだ。事故に巻き込まれた佐藤はもちろん、近いレベルの速さを見せつつあったホークスワークもペナルティを受けて後退したせいで戦略の効率性を推し量れなくなったし、さりとて「2」と「3」を直接比較しようにもコンウェイがレースを乱してわからなくしてしまった。ただ、いくら後続のペースが上がらなかったといっても、ピットストップ1回分のリードを1スティントの間に築きあげる作業が容易でないことはたしかである。そうしてみると、この日のカストロネベスにとって戦略などレースの要素ではなかったと結論してしまっていいかもしれない。彼はひたすらプッシュを続けるだけで、工夫も衒いも必要としないまま優勝することができた。59周目のコーションまでつねに10秒のリードを保ってレースを自在に操っていたことからも想像できる。どんな可能性の糸を辿っていこうとも、きっとデトロイトの2日目でエリオ・カストロネベスの通算29勝目を見る以外の未来は存在しなかったのだ。

 彼の勝利が純粋なスピードに裏打ちされたものだったことは、チーム・ペンスキーの同僚であるウィル・パワーも証明している。パワーは土日を通じて暴力的な走行によって都合4台の車に大きな傷を負わせ、うち2台を直接のリタイヤに追い込むなど周囲にさんざん迷惑をかけていたが、にもかかわらず自分だけは抜け目なく生き残ってレース1で予選16番手から優勝し、レース2はドライブスルー・ペナルティを受けながらも2位に戻ってきた。たしかに、事故以外の面では彼にもいくつか展開が味方してはいる。だがレース前に得点ランキングの首位に立っていたライアン・ハンター=レイを簡単に引きずり下ろすことができた主因は、やはり絶対的なスピードだったと言うほかない。結局ペンスキーは、ただ速さだけを頼りにデトロイトの2日間を持ち去っていった。

 スピードによる勝利はレースでもっとも正しく、もっとも確実で、もっともライバルに諦めを抱かせる。それはレースにおけるわかりやすい強さの現れであり、1年にわたる選手権を勝ち抜くためにただひとつ欠かせない重要な足場でもある。他の何を備えていたところで、スピードを欠く者に本当の勝機は訪れない。レースで真の友人はスピードだけだ。2013年に安定的なレースに徹しすぎてスコット・ディクソンを突き放す機会を逸し、結局最後に逆転されて3度目のランキング2位でシーズンを終えたカストロネベスは身をもって知っているのだろう。日曜日のチェッカー・フラッグを受けた彼はおもむろにウイニングランを味わって帰ってくると、初優勝から15年にわたってそうしているように金網をよじ登って拳を突き上げたが、その姿にはいつも以上に感情の爆発が見て取れた。もちろん今季の初勝利だとか、エンジンを供給するシボレーの地元で勝てたのだとか、特別に喜ぶべき理由を挙げることはできる。けれども昨年から彼を支援している日立への感謝を律儀に述べつつも興奮を抑えきれず早口でまくし立てるインタビューの様子からは、この優勝が1回きりの偶発的な事件ではなく、シーズンの全体像を見通すスピードに対する確信が窺えた。彼は得難い友人を得たのである。
 
 
 開幕からの4戦は戦略と燃費によって勝敗の針が振れる傾向が強かったが、インディアナポリス500を境に単層的で水平に拡がるスピードが支配するレースが3つ続いた。このわずか8日の間に勝利した3人のドライバーがそのまま得点ランキングの3位までを占めたことで、2014年のインディカーはシーズンの輪郭を鮮明にしはじめたと言ってもよいだろう。カストロネベスとパワーはもちろんのこと、デトロイトでありとあらゆる不運に見舞われたハンター=レイも、インディ500で見せた力とスピードが正しいコンテンダーであることを予感させている。

 インディカーがしばしば運に勝敗を左右されるカテゴリーだとはいっても、少しくらい運を味方につけたところでこの3人にシーズン単位で太刀打ちできそうなドライバーは探し当てられそうにない。強いてあげるなら昨季の王者で、ディクソンが去年のこの時期とおなじように「死んだふり」をしているのだとすれば今後も目を配る必要があるかもしれないが、なにしろ8月に終わるシーズンだから起き上がろうとしたときには何もかも手遅れになっていそうだ。まして、すでにリーダーから142点という大きすぎる差が開いている。インディ500ではらしくないクラッシュで自らレースを失った。死んだふりのつもりで埋葬されるのでは世話はない。シモン・パジェノーはいつかシリーズを制するべきドライバーだが、彼にチップを積むのは少し早いようだ。
 だからおそらく、選手権争いは多少揺らぐことはあっても3人を中心に回っていくだろう。そしてそうなった場合、現時点でのポイントからしても走りの迫力からしても、ペンスキーの2人のほうがやや優位に戦えるように思える。ハンター=レイはたしかに速いが、相変わらずミスも多い(彼のデトロイトの悪夢は、結局予選でのクラッシュから始まっている)し、カストロネベスが昨季を反省できるならもはや守り一辺倒の運転で行き止まりの撤退戦を選ぶような愚は犯すまい。あるいはロード/ストリート6レースに対してオーバルが5という残りの日程はパワーにとって歓迎こそできないものの、かといって昨年のフォンタナを制した彼がすでにオーバルを走れるドライバーであることも明らかだ。そもそも人数からして2対1で、いざとなったらどちらかを犠牲にしてエースの援護に回らせることだってできる(カストロネベスがそれを受け入れるかどうかについては、判断を保留したいけれど)。ハンター=レイが2人を同時に打ち負かすためには、最低限図抜けたスピードかよほどの幸運のどちらかが必要だろう。だがペンスキーは十分に速いし、2012年のような展開を期待するのは楽観的すぎる。

 ペンスキーは毎年のように選手権争いに絡んでいるが、気づけば2006年を最後にチャンピオンには届いていない。カストロネベスとパワーを揃えた2010年以降は4年連続で最終戦まで可能性を残しながらすべて2位に終わった。しかし最近のレースぶりを見るかぎり、どうやら条件は揃いつつあるようだ。すっかり勝負弱いという烙印を押されたこの名門も、今季になってようやくどちらかのドライバーをはじめての王座へと送りこむときが訪れたのかもしれない。できれば最終戦を2人で争えたら最高だろう。もし本当にそんな未来が3ヵ月後にやってくるなら、そのときはデトロイトこそ結末を予感させた週末として、だれにとっても思い出されることになるはずだ。

インディカーに残る平面を浅いバンクのブリックヤードに見た日

【2014.5.25】
インディカー・シリーズ第5戦 第98回インディアナポリス500マイル
 
 
 先ごろ引退したダリオ・フランキッティはもちろんのこと、エリオ・カストロネベス、スコット・ディクソンやサム・ホーニッシュJr.、そして今は亡きダン・ウェルドンに昨年新しく加わったトニー・カナーンと、近年のインディアナポリス500優勝者の名前を眺めているとあたかもレース自体が自律的な意思を持ってビクトリー・レーンに足を踏み入れるべきドライバーを選びとっているような錯覚に襲われる。歓喜の輪の中で牛乳を口にする資格を、ドライバーが勝ち取るのではなくレースのほうが与えているように思えてならないということである。ただ伝統があるからというだけにとどまらず、その結末がどことなく予定的であり諦念に近い感情を生み出しながらもなにがしかの納得感と満足が広がってしまう、そんなふうに受け止められるレースはなかなか得難い。

 それにしても錚々たる面々というほかない。上に挙げたドライバーはカストロネベス以外みなインディカー・シリーズのチャンピオン経験者で、その選手権獲得数を合計すると12にものぼる。ようするに2012年を除く21世紀のインディカー・チャンピオンのすべてだ。カストロネベスにしてもCART時代から通算して28勝、3回の年間2位を記録しており、シリーズ屈指のドライバーであることは論を俟たない。彼らにかんする記憶は、ほとんどそのままインディカー・シリーズの記憶に通ずるだろう。

 牽強付会な記録の切り取り方ではあるものの、チャンピオン経験のある5人がみな選手権獲得後にインディ500を優勝したか、少なくともインディ500を優勝した年に選手権を制しているということは少しばかり興味深い。インディ500を勝つことが王者の器を証明するのではなく、王者であればこそインディ500を勝つ資格があると思わせんばかりの倒錯にこそこのレースの重さがあるといえばさすがに大仰かもしれないが、ブリックヤードの女神を口説き落とすために必要なステータスが生半可なものでないことはたしかなようである。たいていの神話の女神がそうであるように、彼女もわがままで夫にうるさいのだ。

 女神の好みのタイプがはっきりしていることは、インディ500で敗れ去った、とくに最終ラップで運命を暗転させられたドライバーの数々が逆説的に証明していよう。2006年のマルコ・アンドレッティはインディ500に恵まれない一族の枷に縛られたように父マイケルともどもホーニッシュJr.の強襲に膝を屈し、2010年のマイク・コンウェイは(優勝争いをしていたわけではないが)ライアン・ハンター=レイのリアに乗り上げて宙を舞い、2011年のJ.R.ヒルデブランドは残りわずか500mまで先頭を走っていながら、あろうことか最後のターン4でセイファー・ウォールに吸い寄せられていった。ターン1でフランキッティのインを突いて一度はリーダーになりかけた佐藤琢磨が次の瞬間スピンしたのは2012年のことだ。

 日本人にとっては残念なことに、フランキッティやディクソンとマルコや佐藤を比べれば、どちらがより「インディカーのドライバー」らしいかはおよそ尋ねるまでもないほど簡単に答えの出る、ほとんど愚問のような問いなのだろう。フランキッティたちが数々の栄光を戴いたチャンピオンだからというのではなく、彼らはある時期から自分自身の積み重ねた歴史によって、米国の郷愁という眼差しを受け止めるだけの振る舞いを手に入れたということだ。それは、前回書いたようにオーバルレースが少数派になってからF1を経てやってきた佐藤にとってすぐさま身につくものではない。佐藤が「らしく」あるには、才能よりも蓄積されたインディの密度が圧倒的に足りないのだ。あるいは偉大な祖父と父の血を継ぐマルコはこれ以上なく「らしい」のかもしれないが、しかしどうにも彼自身が自らの格を上げることができないでいる。ヒルデブランドは言うまでもない。あの瞬間、あの場所に周回遅れのチャーリー・キンボールさえいなければ彼は歴史のリストに名を連ねることができたはずなのに、インディアナポリスはそれを許さなかった。インディ500は格調高い「インディカーのドライバー」が大好きで、少しでも違うタイプにはそっぽを向いてしまう。それも、さんざん色目を使ったあげくのはてに、残酷なまでの失望を叩きつけて。
 
 
 ロードコースを開放したことで「二重化」されたブリックヤードでエド・カーペンターがポール・ポジションを決めたとき、それはあまりに象徴的でできすぎた脚本に見えた。もちろん予感がなかったわけではない。単純に彼は昨年のポールシッターで、今年からはオーバルのスペシャリストとして参戦を継続するためにシーズンの3分の2を占めるロード/ストリートへの出走を諦めて、インディ500を含め年間たった6回のレースに賭ける覚悟を決めたドライバーである。自ら所有する20号車のシートをオーバルから引退したコンウェイと分け合い、今季初めてコクピットに収まった彼の意欲が並々ならぬものだったろうことを思えば、現象としての予選最速スピードはなんら不思議なことではないはずだった。

 しかし、オーバルとロード/ストリートでシートを分けるというその参戦形態は、まさにその2種類のコースでレースを行うようになったインディアナポリス・モーター・スピードウェイやひいてはインディカーそのものの二重性をなぞるように表象してしまっているようでもある。コンウェイとカーペンター――イギリス人とアメリカ人、GP2を生き抜き、ル・マンでも活躍するドライバーとオーバルでしか生きられない男、そんなふうに正反対の要素を挙げることはできるが、ほとんど不倶戴天でさえありそうな彼らがおなじカーナンバー(なんとも悪い冗談のように、それは日本語で「にじゅう」と発音する)に同居できるほど二重化しながら精神の拠り所を見えにくくしているのが、いまのインディカーということなのだ。オーバルを走らないコンウェイにきっと米国の眼差しが向けられることはなく、カーペンターがシリーズを手に入れることもけっしてない。まして、ロードコースで行われたインディアナポリスGPでシモン・パジェノーがヨーロッパ的な才能を見せつけて優勝した2週間後のインディ500である。インディカーの精神からブリックヤードが剥離していくかのような状況、20年前とよく似た状況でカーペンターが手に入れたポール・ポジションは、もしかすると、今年のインディ500に調和的な勝者は現れないのではないかという予感を抱かせもした。

 実際、149周目まではそうだったかもしれない。すべてのチームが必要なダウンフォースのレベルを読み違え、過剰なグリップで車を振り回すことができたことで、レースはまったくフルコース・コーションが出ないまま、しかし同時に周回遅れによって勝負権を失う車もないほどスピード差も現れずに進んでいた。インディ500にかぎらずオーバルレースが終盤の入り口までは遅い車や不運に見舞われたドライバーを篩いにかけて選り分けるための実質的な予選だとするなら、レース4分の3になってはじめてイエロー・フラッグが振られたとき、「決勝」には大量の車が残っていた。もしこのあたりで女神がちょっとした気まぐれを起こしていたら、思いもよらぬ勝者が現れた可能性はたしかにあった。クラッシュで飛び散ったターゲット・チップ・ガナッシの破片が不運にもフロアーに刺さらなかったら佐藤にチャンスがあったかもしれないし、ひとり異質の戦略で不気味な存在感を放っていたファン=パブロ・モントーヤがいつの間にか先頭に立つような展開もあったかもしれない。昨年ルーキーとして活躍したカルロス・ムニョスには今年も上位を窺えるだけのスピードがあり、マルコはさらに一回り速かった。

 だが結局、レースはあるべき者のもとへ手繰り寄せられていくのだろう。167周目にスコット・ディクソンが単独スピンでセイファー・ウォールの餌食となり、そのコーションが明けた175周目に今度はジェームズ・ヒンチクリフとカーペンターがクラッシュしたことで、インディ500は燃費や効率や戦略を打ち捨てた、ただ純粋にゴールまで全開の速さを競う勝負となった。二重のカーナンバー20が消えたことで生まれた25周のスプリントは、というのは皮肉がすぎるものの、レースからは重層性が奪われ、水平の戦いへと押し拡げられていく。そして、そういうレースを戦うにふさわしいドライバーとして、ライアン・ハンター=レイとエリオ・カストロネベスだけに首位攻防が与えられ、われわれを誘っていったのだった。

 決着はたぶん、ちょっとしたことである。速さだけ見ればわずかにハンター=レイが上回ったが、それでもお互い相手を突き放すだけのスピードは持てなかった。多すぎたダウンフォースは最後まで削りとれず、直線で逃げることが不可能ななか、ターン1ではそうなることが当たり前のようにオーバーテイクが繰り返されていた。だから、タイミングだけが明暗を分けたということにしてもいいだろう。カストロネベスは199周目のターン4を先頭で立ち上がったが、それはやはり早すぎた。後方から勢い良く迫るハンター=レイは200周目に入る手前でカストロネベスを抜き去り、ターン1を制する。その先を逃げ切ることはさほど困難ではなかったはずだ。それぞれに性質の違うインディアナポリス・モーター・スピードウェイのコーナーは、残り3つの間に次の機会を用意してはくれなかった。
 
 
 インディ500の優勝者の名前を見ていると、レース自体が優勝すべきドライバーを選びとっているように錯覚してしまう。来年のインディ500の記事も、今日とおなじような書き出しで始められることだろう。少し粗雑で頼りなく感じるときもあった2012年のシリーズ・チャンピオンは0.06秒差でライバルを振り切った。ハンター=レイは自らの価値を証明し、21世紀のチャンピオンはこれでまた全員がインディ500優勝者のリストに名を連ねることになる。これこそインディカーらしい結末だったに違いない。二重の衣を剥ぎとってみることができるのであれば、ブリックヤードの女神は最後にやっぱりそういう男を祝福してしまうのだ。