予選16位からの逃げ切り

【2022.6.5】
インディカー・シリーズ第7戦 シボレー・デトロイトGP

(ベル・アイル市街地コース)

インディアナポリス500マイルでいいところのなかったジョセフ・ニューガーデンと佐藤琢磨――後者については決勝にかんして、という留保がつこうが――が、ほんの1週間後のデトロイトのスタートでは1列目に並んでいるのだから、つくづくインディカーというのは難しいものだ。世界最高のレースを制したドライバーとなってNASDAQ証券取引所でオープニング・ベルを鳴らしたりヤンキー・スタジアムで始球式を行ったり(野球に縁がなさそうなスウェーデン人らしく、山なりの投球は惜しくも捕手まで届かなかった)、もちろん優勝スピーチを行ったりと多忙なウィークデイを過ごした直後のマーカス・エリクソンは予選のファスト6に届かず8番手に留まり、といってもこれはインディ500の勝者が次のデトロイトで得た予選順位としてはことさら悪くもない。目立つところはなかったものの、決勝の7位だって上々の出来だ。デトロイトGPがインディ500の翌週に置かれるようになってからおおよそ10年、来季からはダウンタウンへと場所を移すためにベル・アイル市街地コースで開催されるのは今回かぎりとなるが、両方を同時に優勝したドライバーはとうとう現れなかった。デトロイトのほうは土日で2レースを走った年も多かったにもかかわらずだ。それどころかたいていの場合、最高の栄冠を頂いた500マイルの勝者は次の週にあっさり2桁順位に沈んできた、と表したほうが実態に近い。ようするに、もとよりスーパー・スピードウェイと凹凸だらけの市街地コースに一貫性があるはずもないのである。フロント・ロウの顔ぶれはそのことをよく示しているだろう。

 一方で、最後のベル・アイル自体は非常に一貫したレースとなったように見える。なんといっても、この狭くバンピーなコースにして、スタートからチェッカー・フラッグが振られるまで一度もフルコース・コーションとならなかった(唯一のコーションは、先頭がフィニッシュしたあとに発生した事故によって導入された)のだ。ただ、その一貫性が、しかし過剰なまでに一貫していたがゆえに成り行きを少しばかり捻ってしまった面もあったように思えるレースでもあっただろう。全70周、燃料を満載して走れる距離が25周前後。70÷25が塩梅よく3を少し切る計算だから、おかしなタイミングでコーションが入ったりしなければ例年3スティント=2回ピットストップ作戦が主流で、事実ずっとグリーン状況が続いた今回も上位10台のうち8台を2ストップ勢が占めた。なるほど順調な進行であった以上、セオリーに沿った結論が出るのは当然だっただろうか? レースを見ていた人ならわかるとおり、もちろんまったくそうではなかったのである。実際のところ、めでたく今季初優勝を遂げたウィル・パワー、2位のアレキサンダー・ロッシ、3位のスコット・ディクソンの予選順位はそれぞれ16位、11位、9位と、常識的にはコーションなしで表彰台に登るなど考えにくい顔ぶれだった。ニューガーデンはどうにか4位に滑り込んだがそれも青息吐息のゴールで、ディクソンから13.5秒も離された完敗を喫している。

 それは順調に進んだレースが、おそらく順調にレーシングスピードで過ぎ行きたためにタイヤという一点の要素に集約された結果だった。そう、タイヤがすべてだったのだ。車両と路面の唯一の接点であるタイヤはレースカーにとって何より重要な部品であって、タイヤが機能しなければエンジンがどれだけ仕事をしようと車は前に進まないし、高性能のブレーキを装着しても制動距離は際限なく伸びていく。摩擦力の上限は旋回速度の上限にほかならない。タイヤの限界こそが車の限界を規定する。タイヤにはそのような唯一の機能がある。そしてまたタイヤは、レースカーの中でやはり唯一、レースの途中で消尽されること、破棄され新品へ交換されることが最初から予定されている特異な部分でもある。戦いの最中にこれほど極端に劣化し、しかし蘇りもする部品など他にはない。車の限界を定める要でありながら、その性能は生き物のように刻一刻と正負の極限まで変化して捉えきれない――だからこそタイヤの状態は競技者の思惑を飛び越えてレースを決めうる。他の要素とはまったく無関係に、ただそれだけでレースの有り様を撹乱し、変えてしまうときがある。レース中に硬さの異なる2種類のタイヤを履くよう義務づけるインディカーの規則には、その変容をなかば人為的に引き起こす意図が含まれてもいるだろう。デトロイトの一貫した進行と裏腹に結果が掻き乱されたのは、まさにこのタイヤの生態によるものだった。振り返ってみれば、上位の4人の選択はちょうど四様にわかれていたのである。

 ポール・ポジションのニューガーデンは、スタートで柔らかいオルタネート・タイヤを選択している。サイドウォールが赤く塗られた、いわゆる「レッド・タイヤ」だ。ピークのグリップが高い代わりに寿命が短いこのタイヤは、特に荒れた舗装のベル・アイルで毎年のように各チームを悩ませてきた。2ストップを狙うなら短いスティントでも20周近くを走らなければならないが、オルタネートはせいぜい10周強しか持たずにタイムを急落させてしまうからだ。それでも2ストップが機能するのは、ペースが低下してもなお1回多いピットで失う時間に対して十分に引き合うからで、死にゆくタイヤをうまく延命させればさせるほど、その優位は確たるものになっていく。オルタネートと向き合いコントロールすることに、ベル・アイルの鍵はある。

 実際、ニューガーデンはきわめて慎重にレースに入った。1周目から刻んだ79.78秒、79.47秒、79.02秒というラップタイムは、予選最速を記録したリーダーによるものとしては異様なほど遅い。中盤以降のレースが78秒を切り、ときには76秒台のペースで流れていたといえば、いかにタイヤに負担をかけずに1周でも長く走るかに心を砕いていたかが想像されるだろう。問題があったとすれば、にもかかわらず、例年にもましてベル・アイルの路面がタイヤに対して攻撃的だと思われたことだった。細心の注意もむなしく、ニューガーデンのタイムは周を重ねるごとに悪化していき、早くも8周目には80秒台に転落してしまう。後方に目をやれば、3ストップ作戦を採って3周でオルタネートを捨てたロッシが76秒から78秒で走っているころだ。1周あたり2秒から3秒を失いながらそれでも作戦の変更はもはや利かず、80秒を切れないまま14周目にはプライマリー――オルタネートとは反対に寿命の長い、サイドウォールが塗られていない「ブラック・タイヤ」――でのスタートを選択していたパワー、ディクソン、アレックス・パロウの3人から立て続けに攻略される。どのコーナーもブレーキングの位置が見るからに違っていて、まるで話にならない勝負だった。

 苦悩はそれに留まらなかった。さらに悪いことに、そのわずか2周後の16周目には、プライマリーに履き替えてから目覚ましいスピードを保ち続けていたロッシに追いつかれ、簡単に抜かれてしまったのだ。ロッシがタイヤを交換してから、まだ10周強しか経っていない。たったそれだけの距離を走るあいだに、ニューガーデンはピット1回分の大きなリードを食いつぶしたということだった。言うまでもなく2人はともにフィニッシュまで2回のピットストップを残している状態であり、そしてその2回ともプライマリーを履くだろう。すでに条件は等しく、見た目の位置関係がそのまま最終順位にも反映される。これでニューガーデンの敗北はもう確定したと言ってよかった。オルタネート・タイヤの失敗は、レースわずか20%のうちに、ポール・シッターから無情にも勝機を奪っていく。(↓)

 

予選最速だったニューガーデンの勝機は、序盤にあっさり潰えた

 

 ディクソンとパロウの2人は、ニューガーデンを抜いてから26周目までコースに留まり、そこでプライマリーからオルタネートに変更した。直感的には、これがもっとも賢い作戦のように思えた。性能に不安が残るオルタネートを、融通を利かせられない最終スティントに履くのはいかにも危険が大きそうだったからだ。最終盤にタイヤが終わり、後続から追い立てられたとしても、フィニッシュまでできることは我慢以外になくなってしまう。ましてフルコース・コーションが導入されて、リードを帳消しにされでもしたら? 実際、昨年のデトロイト・レース2で、スタートから67周にわたって先頭を走ったニューガーデンは最後のオルタネートが祟り、あと少しのところで優勝を明け渡した。不安な要素は先に片付けておくに如くはない。

 先に失敗したニューガーデンよりも、ディクソンははるかにうまくやった。レースがある程度距離を重ねて溶けたタイヤのゴムが路面に付着し、オルタネートへの攻撃性が和らいだこともあっただろう。極端にタイムを落とすことなく機械のように78秒台に張り付いて18周を乗りこなし、ゴールまでぎりぎり走りきれる26周を残してピットへと戻る。同じ作戦で走るチームメイトのパロウを5秒ほど引き離したのだから、見事なコントロールだった。ただそのディクソンにしても、ロッシを抑えきることはできずに終わった。ロッシはこの間76秒から77秒台で走り続けてディクソンがピットに戻る直前の43周目に背中を捉え、ターン3で遠距離から一撃のブレーキングをもってインに飛び込み、あっさりと攻略する。先のニューガーデンのときと同様、ディクソンはこれでロッシに対するピット1回分のリードを使い切り、優勝の可能性が消えた。(↓)

 

 

 パワーは最終スティントまでオルタネートを履かなかった。危うい賭けを含む作戦と言えた。昨年のチームメイトの失敗が思い出されるのはもちろん、それ以外にもリスクはあった。短い距離で済ませたいオルタネートを最終スティントに履くというのは、最後のピットストップを可能なかぎり遅らせる必要があることも意味するからだ。周囲がピットへ入る中でひとりステイアウトを続ける間に、もしコーションが導入されるような事故が発生したとしたら? 優勝を守るどころか、即座にリードラップの最後尾へと転落するだろう。それが机上で計算しただけの危険性にとどまらないことは、過去に幾度もあった事例が証明している。パワーがピットに向かったのは50周目の終わりで、ディクソンより6周も後だった。その狭間に何かが起こることは十分に考えられた。

 パワーの作戦は、レースが順調に進むこと、最後までコーションが入らないことを前提に組み立てられている。インディカーにおいて、それはけっして当たり前ではないどころか、むしろ都合のいい条件設定だ。路面の荒れた市街地コースで二十数台が戦う以上、コーションは前提とされなければならない。いつ起こるかはわからないが、かならず起こると想定したうえで、起こった場合のダメージを最小限にするのが、第一にあるべき考え方だろう。タイヤ交換の前にコーションとなればすべてが台無しになり、交換のあとにコーションが入っても不利なタイヤでリスタートに臨まなければならない、いずれにせよそうなれば勝ち目はない。パワーはその危険に目をつぶった。レースが何事もなく進行する可能性に――平常であるようでいてむしろ異例な可能性に賭けたのだ。(↓)

 

 

 それは成功した。狭間の6周のあいだにはもちろん、フィニッシュまでにもコーションが出ることはついぞなかった。すると、レース中盤よりもさらにラバーがのった路面は、賭けに勝ったにふさわしい報酬を与えてくれた。オルタネートに交換してから10周にわたって、パワーは少し前のディクソンよりも1秒速い77秒台で走り、後続との差を押しとどめたのである。51周目に16秒だったロッシとの差は、61周目が終わってもまだ12秒にしか縮まっていない。おそらくはこの10周がレースを決定づけた。そこから少しずつタイヤの劣化が始まり、しかも周回遅れの集団が前を塞いだためにパワーのペースは大幅に下落する。たが、レースの流れをコントロールして61周目までに残した貯金が、最後の支払いに足りた。最後の3周、周回遅れを抜きあぐねるパワーはロッシから1周あたり2.5秒も速いペースで追い上げられたものの、70周目のチェッカー・フラッグを1秒差で踏みとどまったのである。

 もちろんそれぞれの車の素性が違う以上、単純に比較することは適切ではあるまい。だが、ここまでタイヤの順序と結果が相関したのを見てしまうと、どうしても意味づけをしたくなってしまうものだ。このデトロイトは、オルタネート・タイヤという異物の扱いを問うレースだった。ニューガーデンは先に使おうとして失敗し、賢く使ったディクソンはそれなりの順位を手にする。そしてリスクを負って効率よく使ったパワーが果実をもぎとった、というわけだ。そして異なる手法で明暗のわかれた三者のあいだを、ピットストップと引き換えに使わない選択をしたロッシが貫いていく。パワーとロッシの差は紙一重だったが、それでもオルタネートを使い切る選択が正しかったという結論は得られた。終わってみれば、厄介な異物をもっとも優しく、丁寧に、正しく扱った者が、正しく表彰台の頂点にたどり着いたということだ。予選16位からの優勝は、一見すると奇跡の大逆転に感じるが、実際の戦いはまるでポール・ポジションから効率よく逃げ切ったかのようだ。コーションのない一貫したレースが導いたのは、結局のところ一貫した結果にすぎなかったのかもしれない。■

ベル・アイルで行われるのは今年が最後。恒例だった噴水に飛び込むセレモニーも見納めとなる

Photos by Penske Entertainment :
Chris Owens (1, 2, 4)
James Black (3, 5)

ウィル・パワーの表裏

【2021.8.14】
インディカー・シリーズ第12戦

ビッグ・マシン・スパイクド・コーラーGP
(インディアナポリス・モーター・スピードウェイ・ロードコース)

夏になって、ふたたびインディアナポリスのロードコースに戻ってきたインディカーは、淡々と周回を過ごしていった。今季3度目となるポール・ポジションを獲得したパト・オワードはすでにインディカーで最上位の速さを持っていることを完全に証明してみせたのだが、レースをスタートするタイヤの選択が明暗を分けることになった。薄い雲が広がる夏らしくない空の下、グリップに優れる柔らかいオルタネートタイヤでスタートしたオワードは、プライマリータイヤを選んだウィル・パワーに対して15分のうちに9秒の差を築いたのだったが、最初のピットストップで規則が要請する義務に基づいてそれぞれが異なるタイヤに換えただけのことで立場はたやすく反転し、2人の差は見る間に縮まっていったかと思うと、18周目のターン12、つまりインフィールド区間からオーバル区間へと戻ったあと、また一時的にインフィールドへと入っていくための直角コーナーで、すでにグリップが怪しく見えて走行ラインを収められないオワードのインへとパワーが躊躇なく飛び込んで、抵抗の機会も与えずに斬り伏せたのだった。切り返しのターン13を過ぎて、ふたたびオーバル路へと入っていくターン14でもトラクションの差は酷なほど歴然としており、フロントストレートでドラフティングにつくことも能わずオワードの車載カメラが捉えるパワーの姿はどんどん小さくなって、ターン1の先へ去っていく。この50秒ほどのうちに2人の関係は決着し、そしてレースの行方も決まった。それだけのレースと言ってもよかった。少し前のころには、ターン1でマックス・チルトンから強引な仕掛けを敢行されたジョセフ・ニューガーデンが、機転を利かせて自らコース外へと回避し、最悪の事態を免れている。インを差したチルトン自身までが芝生に飛び出しながら相手を追い抜いたのだからいくらなんでもむちゃくちゃに見えたが、レース・コントロールは特になにも言わなかった。時おりこういった事態がさざ波にレースを揺らし、しかしそれもまたすぐに凪いで、ふたたびインディアナポリスのロードコースに戻ってきたインディカーは淡々と周回を過ごしていった。

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ポール・シッターが、ようやく正しいレースをした日

【2021.4.25】
インディカー・シリーズ第2戦

ファイアストンGPオブ・セント・ピーターズバーグ
(セント・ピーターズバーグ市街地コース)

たとえば、日本のF1中継で解説者を務める川井一仁が好んで口にするような言い方で、こんな「データ」を提示してみるのはどうだろう――過去10年、セント・ピーターズバーグでは予選1位のドライバーがただの一度も優勝できていないんです、最後のポール・トゥ・ウィンは2010年まで遡らなければなりません。“川井ちゃん”なら直後に自分自身で「まあただのデータですけど」ととぼけてみせる(数学的素養の高い彼のことだから、条件の違う10回程度のサンプルから得られた結果に統計的意味がないことなどわかっているのだ。ただそれでも言わずにいられないのがきっとデータ魔の面目躍如なのだろう)様子が目に浮かぶところだが、ともかくそんなふうに過去の傾向を聞かされると、飛行場の滑走路と公道を組み合わせたセント・ピーターズバーグ市街地コースには、逃げ切りを失敗させる素人にわからない深遠な要因が潜んでいると思えてはこないか。

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不測のコーションが、またひとつ日常をもたらす

【2020.7.4】
インディカー・シリーズ第2戦 GMRGP
(インディアナポリス・モーター・スピードウェイ・ロードコース)

昨年の5月、フランス人として99年ぶりにインディアナポリス500マイルを優勝したシモン・パジェノーは、その2週間前に同じコースのインフィールド区間を使用して行われるインディカーGPを制している。その前の年、2018年のウィル・パワーもまた、同じくインディカーGPとインディ500をともに手にして、歓喜の5月に身を沈めた。まだ世界がこんなふうになるとは思いもしなかったころだ。パジェノーは最終周のバックストレートで走行ラインを4度も変える決死の防御を実らせた果てに、一方パワーはフルコース・コーションに賭けた伏兵が燃料切れになってピットへ退いた後に、チェッカー・フラッグのはためくフィニッシュラインを真っ先に通過していった。激動、あるいは静謐。対照的な幕切れは、しかしどちらも感動的で感傷に溢れた、見る者の涙を誘う初優勝だった。インディカーのあらゆる感情は、5月に溢れ出して引いていく。

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ウィル・パワーの復活は2年前の自分に随伴していた

【2019.8.18】
インディカー・シリーズ第14戦 ABCサプライ500
(ポコノ・レースウェイ)

最近、どうも昔話を書きすぎていると思う。ただしかたあるまい、インディカーを走るドライバーたちの振る舞いが、否応なくまるで過去から照射された光線によって投げかけられた影であるかのように見えるのだから。ミッドオハイオのジョセフ・ニューガーデン、インディアナポリス500マイルにおけるシモン・パジェノー、ウィル・パワーが演ずるトロント。ロングビーチに見たアレキサンダー・ロッシの柔らかい挙動もあるいはそうだった。モータースポーツとはそういうものだろう。おなじ場所を、毎年飽きもせず、何十周、何百周とただ回り続ける競技。なじみのない人々にとって奇異な行為にさえ映るらしい単調な繰り返しは、しかしむしろおなじ動作を高度に繰り返す、反復しているからこそ、その場所に重層的な歴史を形成し、記憶の索引としての機能を獲得する。「いま、このレース」を見つめるたびに、「あのときの、あのレース」の瞬間が鮮明に蘇って美しい重なりを生む。おなじコーナーにおなじ運動が再起し、おなじ場面を浮かび上がらせてまた消える。そんなふうに、彼らドライバーは、またわたしたち観客自身が、レースという営為の中に過去と現在とが対応する写像を作るのだ。そこに流れる時間を、物語を味わう愉悦が、きっとこの競技にはある。だから、今回もまず2017年のトライオーバルについて思い出さねばならない。ウィル・パワー、すなわちオーバルで勝つべきドライバーが、紆余曲折を経て正しい結果を得た500マイルの長いレース。やがてインディ500を優勝する未来をはっきりと確信させ、9ヵ月後に本当に実現させる契機となりえた、ポコノ・レースウェイでの戦慄すべき速さについて。

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ウィル・パワーは速さの内にある精神を暴かれた

【2019.7.20】
インディカー・シリーズ第12戦 アイオワ300
(アイオワ・スピードウェイ)

先週のトロントでウィル・パワーが犯した2度のミスについて考えると、批判的に溜息をつくよりまず悲痛の念が先に立つ。傍目にはとうてい無理なパッシングに臨んで周囲を巻き込みながら事故に至った暴発的な運動も、ブレーキをロックさせてタイヤバリアへほとんど垂直に突き刺さる単純な失策も、彼がいま直面している状況と、困難をなんとしてでも打破したいと切に願う気持ちを思えばありうべきことだと同情的に受け止めたくなる。まして、フロントノーズがバリアに深く食い込むに至りながらもなお諦めきれずに脱出を試み、一帯に白煙が立ち込めるほどタイヤを激しくホイルスピンさせつつ後退しようとして果たせなかったその姿を見れば、彼を支配する感情が、周囲に悪意をばらまく苛立ちではなく、ただ自身の内側に向いたやるせない寂寥感なのではないかと想像して、観客側でしかない人間でさえ心を痛めてしまうのだ。今日もまた、これまでとおなじように、なにも成すことができなかったという失望。もはや笑うしかない諦め。そうした哀愁が、不調に陥ったときのパワーからはよく見える。見えすぎると言ってもいいだろう。そのありかたはシリーズ・チャンピオンとインディアナポリス500マイルの両方を手中に収めた稀代のドライバーをことさら人間的な魅力で彩るが、同時に才能の鋭さとは裏腹の弱点でもある。

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ウィル・パワーの心はターン8の白煙とともに立ち上る

【2019.7.14】
インディカー・シリーズ第11戦 ホンダ・インディ・トロント
(トロント市街地コース)

2013年の夏を思い出す。トロントを舞台とした市街地レースはこの一時期だけ、デトロイトと同様に週末2度の決勝を行っていた。からりとした――というのは映像からの想像だが――快晴であったことが妙に記憶に残る土曜日のレース1が最終周回の85周目にいたったターン3の入り口で、彼は3位を争う眼前の相手が閉ざしている狭い空間に向かって無謀としか見えないブレーキングを敢行し、予感のとおりに姿勢を乱した。バックストレート終端手前の、わずかに折れ曲がっている形状を利用して防御を図った相手の居場所を文字どおりこじ開けながら飛びこんだすえに、遅すぎるブレーキの初期制動でぐらついて相手の右リアホイールに自分の左フロントホイールを接触させ、そのままふらふらと焦点の定まらない挙動で直角コーナーを曲がろうとして果たせず、虚しくもタイヤバリアへと突き刺さったのだ。当てられた側のダリオ・フランキッティは制御を失った相手を一瞥して走り去り、後続も何事もなく傍らを抜けていった。すべての車が過ぎゆきて、彼はターン3にただひとり取り残される。最終周だからもうここを通るものはなく、レースは事故を無視するかのようにフルコース・コーションを出さないままチェッカー・フラッグを迎え入れた。すでに選手権の可能性がはるか遠のき、目標を見失っていただろうウィル・パワーが、精神の遣り場をなくして破滅的な機動に身を投じた、そう解釈したくなる一幕だった。

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あるいはF1であったなら

サーキット・オブ・ジ・アメリカズ

【2019.3.24】
インディカー・シリーズ第2戦 インディカー・クラシック
(サーキット・オブ・ジ・アメリカズ)

2019年のインディカー・シリーズのカレンダーにCOTAと略称されるサーキット・オブ・ジ・アメリカズが加わると報じられたとき、それがインディカーに似合いの舞台であるのかどうか、疑問に思わないではなかった。F1アメリカGPの開催地であるCOTAが、計画のはじまりからF1誘致を大前提として建設された、まさにF1のためのコースであることはよく知られていよう。いまや新規F1サーキット設計のほぼすべてを手がけるヘルマン・ティルケが描いたそのレイアウトは、シルバーストンのマゴッツ-べケッツ-チャペルコーナーと続く高速S字区間、ホッケンハイム後半のスタジアムセクション、イスタンブールのターン8といった世界に名だたるサーキットの名所がモチーフとしてちりばめられた屈指の難コースとして評価が高い。時代の最先端をゆくFIAのグレード1サーキットにふさわしく、広く舗装の施されたランオフエリアが用意されるなど高度な安全性が確保された光景が広がり、インディカーの日常、つまり壁に囲まれた市街地コースや、砂と芝生でコースから外れた車を捕まえる古典的なロードコース、そしてもちろんシンプルな楕円のオーバルコースとは趣を異にしている。米国に位置しながら、極度に欧州化された異質のサーキット。そこでのレースははたしてインディカーたりうるのだろうか。なにせガレージの仕様からして「欧州規格」であり、インディカーは「インディカー・クラシック」と名付けられたシリーズ第2戦の開催にあたって自分たちの用に適うピットとするために仮設の壁を設置する必要に迫られたほどだったのである。

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2019年の開幕に現れたのは、2010年代に描かれたいくつかの物語だった

Photo by : Joe Skibinski

【2019.3.10】
インディカー・シリーズ開幕戦 セント・ピーターズバーグGP
(セント・ピーターズバーグ市街地コース)

連続する時間の流れをどこかで区切ろうとするのはけっして自然なものではなく、人間の勝手な都合による社会的行為というべきだろう。たとえば、まもなく変更される日本の元号と西暦の関係を考えれば明らかだ。日本人がこの30年間を「平成」という時代として捉えて終わりを惜しみ、なにか特有の世相があったはずだと回顧している一方で、和暦とまったく無縁な外国人にとってみれば2019年5月1日に前後を分ける境界線が見えるはずもないのだから。あるいは「’90年代」「’10年代」といった具合に、しばしば西暦の10の位をもってひとつの年代に纏めてしまう場合があるが、その10年間は「昭和50年代」「平成20年代」といった和暦の10年間とは一致しない。われわれはときに昭和40年代と50年代になにか必然的な差異があったかのように振る舞うにもかかわらず、両者を5年ずつ含んでいる1980年代と’90年代の違いにも意味があるようにてらいなく線を引く。結局、その区別は語り手の問題だ。われわれはその時々によってどうとでも設定しうる区切りを都合よく摘み上げ、採用しているにすぎない。時代とはつねに恣意的な物語、自然にある科学ではなくて創作なのである。

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ウィル・パワーのオーバルは正しさに満ちている

Will Power begins the celebration on pit lane after winning the Bommarito Automotive Group 500 at Gateway Motorsports Park -- Photo by: Chris Owens

Photo by: Chris Owens

【2018.8.27】
インディカー・シリーズ第15戦 ボンマリート・オートモーティヴ・グループ500(ゲートウェイ)

118周目にピットへと戻ったシモン・パジェノーは給油を受けながら4輪の交換を終えた、左フロントタイヤ担当のメカニックがフロントウイング脇のノブをつかんで回すのが見える。時計回りに半回転、つまりウイングを立てて前輪のグリップを増やそうと試みている。続けて回そうとしているようにも思えたが、その先はわからない。画面が突如としてホームストレートに切り替わり、ウィル・パワーが気づけばスコット・ディクソンのすぐ背後についているのだ。それは瞬間的に見れば少しばかり奇妙な映像で、前後の2台が観客席側のレコードラインを当然のこととして走っているのに、この2人はそこから大きく外れ、コースとピットロードを隔てるコンクリート壁のすぐ脇で戦っている、ディクソンが内側を差されないためにラインを変え、パワーが追随した結果だろう。通常だれも通ることのないその場所はレースの半分近くを消化したいま細かい埃がすっかり積もっており、タイヤの回転によって灰色の塵がぱっと高く舞い上がる。観客席の上から投げかけられる照明が進行方向の左側、画面向かって右に黒い影を落とし、またピットレーンに並べられた低い位置の照明によって反対方向には薄く長い影が伸びている。ターン1が迫り、パワーは一瞬早くディクソンの背後から抜け出すとほんの1秒のうちにコースの大外までラインを戻す、ディクソンも動きを合わせるが、対応が遅れて外から並びかけられる。すぐ後ろではずっとレコードラインを走っていたアレキサンダー・ロッシが危険な動きを避けるように進路をやや外に向けている。先にディクソンの長く薄い影がパワーにかぶさり、すぐさまパワーの短く濃い影が接近して2つの影が重なったかと思うとターン1へと進入していった。オーバルコースにしては珍しく赤と白に塗り分けられたゲートウェイ・モーター・スポーツパークの縁石すぐそばをかすめるディクソンにパワーが覆いかぶさろうとするとき、今度は守るディクソンの車載映像へと画面が変わる。2台が並べていたのはわずかな時間のことだ。最適なラインを無視して速度だけで相手を抑え込もうとしたパワーだったが、遠心力に負けて徐々にコーナーの内側から軌道が剥離していき、グリップの限界を越えたとたんにすべての勢いをなくして失速するさまがはっきりと映し出されたかと思うと、須臾のうちにその姿ははるか後方へと消え去ってしまうのだった。
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