ターン1の破局が選手権をもねじる

【2021.9.12】
インディカー・シリーズ第14戦

グランプリ・オブ・ポートランド
(ポートランド・インターナショナル・レースウェイ)

スタート直後、右、左と曲がる狭いシケインのターン1に向かって二十数台が殺到するなか、3番手スタートのスコット・ディクソンが1台を交わし、続けてアレックス・パロウのインを覗いた。ポール・ポジションからスタートしていたパロウは、ややリスクを冒すような動きを見せるチームメイトに対して空間を譲らず車を寄せて相手を右に追いやっていく。その帰結としてコースとピットレーン出口を区切る白線を跨いだディクソンは行き場を失ってわずかに後退し、すると後ろからはよく似た彩色のフェリックス・ローゼンクヴィストが勢いよく迫ってきているところで、目の前の減速に反応が遅れ、慌てたようなブレーキングとともに左へ避けた。あるいは軽く追突したのかディクソンの後輪から妙な白煙が一瞬だけ上がったものの、大事には至らずやり過ごす。そうして逃げたローゼンクヴィストはパロウもすんでのところで回避して、そのままコーナーへ進入することなく退避地帯へ進んでいった。

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困惑のレースが困惑の選手権を導く

【2021.8.21】
インディカー・シリーズ第13戦

ボンマリート・オートモーティブ・グループ500
(ワールドワイド・テクノロジー・レースウェイ)

気がつけばいつの間にか、ジョセフ・ニューガーデンが先頭にいるのだった。いや、その言い方はまったく正しくない。先頭が入れ替わった瞬間は余すところなく伝えられていて、見逃していたわけではなかったのだ。57周目から58周目にかけて、この日3度目となったイエロー・コーション中の集団ピットストップで、3番手から飛び込んできたニューガーデンが5.9秒の手早い作業で発進し、チームメイトのウィル・パワーと、それまでリードを保ってきたコルトン・ハータに先んじてブレンド・ラインを通過した場面。チーム・ペンスキーが鮮やかな手際で自らに主導権を引き寄せたこのレースのハイライトのひとつを、テレビカメラはターン1の高所から捉えている。作戦を工夫してステイアウトした車がいたために数字上は2番手争いではあったものの、その実質はもちろんリードチェンジだ。曖昧なところはいっさいなく、逆転は明確に認められていたはずだった。

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ウィル・パワーの表裏

【2021.8.14】
インディカー・シリーズ第12戦

ビッグ・マシン・スパイクド・コーラーGP
(インディアナポリス・モーター・スピードウェイ・ロードコース)

夏になって、ふたたびインディアナポリスのロードコースに戻ってきたインディカーは、淡々と周回を過ごしていった。今季3度目となるポール・ポジションを獲得したパト・オワードはすでにインディカーで最上位の速さを持っていることを完全に証明してみせたのだが、レースをスタートするタイヤの選択が明暗を分けることになった。薄い雲が広がる夏らしくない空の下、グリップに優れる柔らかいオルタネートタイヤでスタートしたオワードは、プライマリータイヤを選んだウィル・パワーに対して15分のうちに9秒の差を築いたのだったが、最初のピットストップで規則が要請する義務に基づいてそれぞれが異なるタイヤに換えただけのことで立場はたやすく反転し、2人の差は見る間に縮まっていったかと思うと、18周目のターン12、つまりインフィールド区間からオーバル区間へと戻ったあと、また一時的にインフィールドへと入っていくための直角コーナーで、すでにグリップが怪しく見えて走行ラインを収められないオワードのインへとパワーが躊躇なく飛び込んで、抵抗の機会も与えずに斬り伏せたのだった。切り返しのターン13を過ぎて、ふたたびオーバル路へと入っていくターン14でもトラクションの差は酷なほど歴然としており、フロントストレートでドラフティングにつくことも能わずオワードの車載カメラが捉えるパワーの姿はどんどん小さくなって、ターン1の先へ去っていく。この50秒ほどのうちに2人の関係は決着し、そしてレースの行方も決まった。それだけのレースと言ってもよかった。少し前のころには、ターン1でマックス・チルトンから強引な仕掛けを敢行されたジョセフ・ニューガーデンが、機転を利かせて自らコース外へと回避し、最悪の事態を免れている。インを差したチルトン自身までが芝生に飛び出しながら相手を追い抜いたのだからいくらなんでもむちゃくちゃに見えたが、レース・コントロールは特になにも言わなかった。時おりこういった事態がさざ波にレースを揺らし、しかしそれもまたすぐに凪いで、ふたたびインディアナポリスのロードコースに戻ってきたインディカーは淡々と周回を過ごしていった。

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観客席からコルトン・ハータに届けられた拍手

【2021.8.8】
インディカー・シリーズ第11戦

ビッグ・マシン・ミュージック・シティGP
(ナッシュビル市街地コース)

たとえ先頭を走った周回が全体の半分弱に過ぎなかったとしても、そしてあのような形でひとり先んじて迎えてしまった結末を受けてもなお、初開催のミュージック・シティGPがコルトン・ハータのレースであったことは疑いようがなかった。その名が示すとおり音楽の都ナッシュビル市街地の外れを走るレースは、11万枚のチケットを販売したという。コースはNFLテネシー・タイタンズの本拠地ニッサン・スタジアム駐車場の周囲を四角く回り、カンバーランド川に架かる朝鮮戦争退役軍人記念橋を渡って南岸に広がるダウンタウンの入り口を挨拶するかのように掠めると、狭い路地へと逸れてすぐに反転し同じ橋を今度は南から北へと戻っていく。長方形の角から筒が長く飛び出した――橋の往復だけでコース全長の3分の2近くを占める――如雨露を連想する変則的レイアウトは大きな水域によって南北に分断されて不便さを思わせるが、そんなこととは無関係にどの観客席も鈴なりの人だかりだった。冠スポンサーは以前トニー・カナーンの支援をしていたこともある地元の独立系レコード会社のビッグ・マシン・レコード。レースに携わるのにこれ以上の名前があるだろうか。インディカーはこの名称が定着する以前、「ビッグカー」と呼ばれた時代もあった。不思議な符合を感じさせる。

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マーカス・エリクソンの正しい敗戦に、インディカーの変化を知る

【2021.7.4】
インディカー・シリーズ第10戦 ホンダ・インディ200・アット・ミッドオハイオ

(ミッドオハイオ・スポーツカー・コース)

レースは80周目、すなわち最後の周回を迎えている。2番手を走るマーカス・エリクソンが、画面の端からひときわ勢いよく左の低速ターン6へと進んでいき、下りの旋回で一瞬後輪の荷重が抜けたのかゆらりと針路が乱れたのを認めたときには、瞬時のカウンターステアですぐに体勢を立て直し、さらに坂を下りきって切り返しのターン7へと駆けていくのだった。0.6秒強のすぐ先には、何度かの不運によって今季いまだ優勝のないジョセフ・ニューガーデンが逃げていて、エリクソンの意志に満ちた旋回と比べるとずいぶんに余裕を持って、それとも必要以上に緩慢にこの小さいS字コーナーを回っているように見える。カメラが横に流れ「HONDA」のロゴマークを掲げたゲートをくぐる2台を見送るとすぐ、今度はターン8を斜め前から見下ろす画面へと切り替わって、やはりのたりとした印象を伴いながら向きを変えるニューガーデンと対照に、エリクソンは明らかにブレーキングを遅らせて高い速度で進入し、内側の縁石に片輪を少しだけ深く載せたと思うと、後輪だけが外へ流れ出して進行方向が急激に変わるのである。なめらかな曲線が乱れ、フロントノーズを巻き込んであるいはスピンに至るかとさえ見えた次の瞬間、しかし再度のカウンターステアによってチップ・ガナッシ・レーシングの赤い車はコーナーの出口に向き直す。曲線はあるべき形を取り戻し、ターン9へと続いてゆく。

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受け入れがたい不運の連続がペンスキーの敗因を見えづらくしている

【2021.6.27】
インディカー・シリーズ第9戦 REVグループGP

(ロード・アメリカ)

今年に入って、チーム・ペンスキーがどことなく調子に乗り切れていないことには早いうちから気づいていた。開幕を迎えたアラバマの、あろうことか1周目でジョセフ・ニューガーデンが数台を巻き込むスピンを喫したミスがすべての始まりだった、と言ってしまうのはなんの因果もない勝手な物語の捏造だが、3人のチャンピオン経験者と1人の新人がその後どれだけのレースを走り、のべ何周を走っても、噛み合うべき歯車が欠けたまま上滑りしたような印象がずっと付き纏っていたのはたしかだ。事実、彼らは第8戦のデトロイトに至っても表彰台の頂点に顔を出せずにいたのである。GAORAで語られたところによると、ペンスキーが開幕から8連敗を喫したのは、第8戦で優勝した2013年を超える最悪の記録(歴史を遡ればもっと悪い年もあるので、これはおそらく2002年にCART/チャンプカーからIRL/インディカーへ移って以降で、という話であろう)のようだから、なるほどかつてない非常事態であるようにも見える。

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パト・オワードがだれも見たことのないインディカー・シリーズをもたらす

【2021.6.12-13】
インディカー・シリーズ第7-8戦 シボレー・デトロイトGP

(デトロイト・ベル・アイル)

インディアナポリス500の余韻が去り、スーパー・スピードウェイから市街地コースへ戻ってきたデトロイトGPレース1の経緯を見るかぎり、冷えたプライマリータイヤにおける佐藤琢磨のスピードは芳しいとは言えなかった。車の性質なのかセッティングの方向性だったのか知る由もないが、スティント後半になっても衰えないペースと引き換えに、タイヤに熱が入るまでのグリップを犠牲にしているかのようだったのである。弱みも強みも明快だった。フェリックス・ローゼンクヴィストの大事故によって90分の長きにわたった中断後にはリナス・ヴィーケイに交わされ、あるいは最後のタイヤ交換直後にはこの日のポールシッターだったパト・オワードから大きく引き離されながら、どちらも十数周のうちにふたたび迫り、状態に自信がなければ踏み込めないであろう深いブレーキングで順位を取り戻したのだ。64周目には、一時4秒の差をつけられたヴィーケイにまた追いつき、本来ならパッシングポイントではない狭いターン5でインを奪い取って3位にまでなった。16番手スタートと予選で苦しんだ佐藤がレース終盤に表彰台の一角を占めたのは、タイヤをめぐる浮沈を行き来した結果によるものだった。

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帰ってきた5月のインディアナに愛されて

【2021.5.30】
インディカー・シリーズ第6戦 第105回インディアナポリス500

(インディアナポリス・モーター・スピードウェイ)

インディアナポリス500が速さを頼む最後の25周に差し掛かったとき、最終周を告げるホワイトフラッグは悪魔の誘いになるのではないかと予感したのである。コース上が、燃費を絞ってゴールまで辿り着く可能性に一縷の望みを賭けた見かけ上の上位集団と、序盤からずっと先頭付近で戦うスピードに優れた集団の2群に分かれているころ、前者は徐々に分が悪くなって勝算を失い、優勝争いが事実上後者に絞られつつある時間帯のことだ。2年目にしてチップ・ガナッシ・レーシングのシートを射止めシリーズ初優勝も果たした24歳のアレックス・パロウと、すでにレギュラードライバーの座からは退き、13年をともにしたチーム・ペンスキーとも別れてメイヤー・シャンク・レーシングからスポット参戦している46歳のエリオ・カストロネベスが、緊迫した隊列を組んでいるのだった。

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リナス・ヴィーケイはインディカー・シリーズに義務を負わせた

【2021.5.15】
インディカー・シリーズ第5戦 GMR GP

(インディアナポリス・モーター・スピードウェイ・ロードコース)

書くべきドライバーのリストとでもいうようなものを、心の内に備えてある。厳密に順位づけして並べているわけではなく漠然とした印象程度のものだが、レースや選手権の結果とはまた別に、たった一度だけ目を瞠る運動を表現したり、きらめく速さを発揮しながら武運つたなく敗れてしまったり、たとえその瞬間には儚く消えたとしても、いつか言葉を費やさねばならぬのだろうと確信される才能の一片を見つけたとき――あるいは見つけたと思い込んだとき、そのリストに名前を載せる。どういう形で記事にするかは決めない。しばらく温めておいて、いざ大きな結果を得たときに書くこともあれば、敗北に感ずるものを得て一気呵成に書いてしまうこともある。数年前なら、リストの筆頭に上がるのはシモン・パジェノーであり、ジョセフ・ニューガーデンであった。彼らの運動は次代の主役が誰であるかを明らかに物語っており(後出しの理屈でないことは、当時の記事を参照すればわかるだろう)、事実、後にインディカー・シリーズの年間王者へと上り詰めるに至った。あるいは去年であればアレックス・パロウで、スペイン人でありながらインディカー参戦を熱望して日本から米国に渡った複雑な経歴を持つ彼は、デビューから3レース目ですでに書かなければいられないドライバーの一人となったし、実際にわずか1年でチップ・ガナッシ・レーシングへ移籍を果たして今年の開幕戦で初優勝を遂げた。もちろんコルトン・ハータもそうだ(もっとも彼の場合は、才能が現れる前にあっさり優勝し、後になって本当の速さを見せるようになったから順序が逆ではある)。いまならたとえばF1からやって来たばかりのロマン・グロージャンだったりするだろうか。インディカー参戦からたった3度目の予選を走ったこのGMR GPでポールシッターとなったのだから、魅力は十分だ。あるいは、予選でいつも上位に顔を出し、レース序盤に目立つ場所を走っていながら、自らのミスやチームの不手際が多いせいでいまだ3位表彰台1回にとどまるジャック・ハーヴィーも、書かれるときを待っているかもしれない。今回のレースでも、3番手スタートからグロージャンのドラフティングを利用し、ターン1へのブレーキングでニューガーデンを抜き去ってみせた。

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Ambitious “Car” Magic

【2021.5.1-2】
インディカー・シリーズ第3戦 ジェネシス300(レース1)

インディカー・シリーズ第4戦 XPEL375(レース2)
(テキサス・モーター・スピードウェイ)

目の前の手品師がテーブルに敷いたベロア生地の敷布の上に箱から出したばかりの52枚のトランプを鮮やかな手つきで均等に広げ、上品ながら余裕綽々といった風情の笑みを浮かべ、どうぞ、お好きなカードを1枚選んでくださいと言うのだった。あなたはわずか逡巡したのち、何を選んでも大差ないだろうと考えて、規則正しく表向きに並んだカードの列から、ほとんど無作為に、真ん中少し右に位置するスペードの3に指を置いた。手品師は頷いて51枚を左手に束ね、選ばれたカードだけをテーブルに残す。スペードの3です、まちがいないですね? あなたが頷きを返すと、手品師は、たしかにあなたが選んだものだとわかるようになにか書いてもらいましょうか、と懐から文房具店でよく見かけるサインペンを取り出す。手渡された黒いペンをつい疑り深く検めてみたりもするがどうやらただの市販品で、キャップを外して余白に名前を書き入れることにする。あなたのお名前ですか? いやまあ適当な人名です。短いやり取りののち、手品師はまた首を縦に振ってスペードの3をあなたや周りで見守る観客に向け、穏やかな笑みを崩さずに、どなたかの名前が入った世界で唯一のカードがここにありますと告げ、デックの中央あたりに差し込んでぴたりと揃えた。52枚の束の一辺をぱらぱらと軽く弾き、手品師は言う。さて、あなたが選んだカードは非常に「アンビシャス」ですから、わたしが合図を出せば他のカードを押しのけて自分で上にのぼってきます。このとおり。指が打ち鳴らされる音が響き、次に一番上のカードが表に返される――スペードの3、サイン。

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