【2016.9.4】
インディカー・シリーズ第15戦 ザ・グレンGP
このブログの過去記事を読んでもらえればわかるとおり、といったところで読まれるはずがないことは重々承知しているのだが、ともあれ以前のわたしはインディカー・シリーズに対してある種の原理主義、あるいは国粋主義的な感覚を持っていたものである。米国の中心にあるのはインディアナポリス500マイルを象徴としたオーバルレースで、ロード/ストリートコースでのレースはあくまでその周りに配置される装飾にすぎない。かつて「インディカー」であったCARTがどういう末路を辿ったかを見ればわかることだ、毎年のようにオーバルを取りやめ、ロード/ストリートに偏重していった結果として全戦オーバル開催を掲げるIRLという反乱分子を生み、やがて取って代わられたではないか。IRLのCARTに対する勝利はまぎれもないオーバルの勝利、21世紀を迎えるにあたって米国はオーバルを選んだのだ。それが正しい道だ。そう信じていたし、信じたかった。だからCARTを退潮に追い込んで名実ともに唯一の「インディカー」となったIRL=今のインディカー・シリーズが、やがてこともあろうに当のCARTと同様の軌跡を辿ってロード/ストリートを増やしはじめたことに危機感を覚え、観客動員数で明らかにオーバルが下回るようになったころにはこんなはずではなかったと嘆息をつき、インディアナポリス・モーター・スピードウェイのインフィールド区間を使用したロードレースを開催すると聞いたときには失望もしたのである。オーバルを守れ。IRLの志を忘れるな。もちろん、冷静に受け止めればインディカーはインディカーで時代への適応に必死なのだ。米国のオープン・ホイール・カー・レースが時代に合わせてその姿を変えていった過程は李狼氏のブログ『Downsizing Mind』の記事「インディカーのオーバルはなぜ減ったか」に詳しいが、生きていくために変容を善しとするのが正しいならば、取り残されているのは時代の一点に置かれたオーバルという装置に拘泥し不可侵の聖域として扱うわたしなのであって、どれもこれも自分勝手な感傷でしかない。ただ、変化が地滑り的に抵抗する間もなく訪れたことで、わたしは変わる前の姿に憧憬と懐古を強くして反発を抱くことしかできなかったということである。サム・ホーニッシュJr.やダン・ウェルドン、ダリオ・フランキッティといったいかにも米国のレース(これも「ある時期の」というべきだろう)の担い手らしいドライバーたちが覇を競った時代はそう昔ではなく、せいぜいここ十余年に収まる話である。それが一夜にして――あくまで印象だ――一度は捨て去ったF1のようなインディカーへと変わってしまった。だからつい考えたくなるのだ。オーバルを守れ。IRLを忘れるな。インディカー右翼とでもいうべきか、苦笑が漏れるほど原理的だろう。発生の正しさは必ずしも現在の正しさに接続されるわけではないというのに。
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