コルトン・ハータはまだ未来を見ている

【2021.9.19】
インディカー・シリーズ第15戦
ファイアストン・グランプリ・オブ・モントレー
(ウェザーテック・レースウェイ・ラグナ・セカ)

長くレースを見ていると、レーシングドライバーに対して抱いていた当初の印象を書き換えられる場面に出合うことがある。ドライバーの性質は一貫して同じなのではなく、ふとした瞬間に、まったく別の顔を見せて大きく飛躍していく。そうした変化の過程を見届けられるのは、観客として喜ばしいものだ。かつて事故の多さを批判されていた佐藤琢磨は、戦略的で冷静なレースぶりでインディアナポリス500を2度制し、最後尾から逆転優勝を挙げる離れ業も2回披露した。かつてオーバルコースが最大の弱点と言われていたウィル・パワーは、その評を覆すレースを少しずつ積み重ね、ついにはインディ500に辿り着いた。ドライバーの変貌は形となって現れる。誰某はつまらないミスをする。誰某は傍若無人で強引。誰某はリスクを嫌いすぎる、誰某は接触事故が多い、誰某はオーバルレースが苦手……そういった数々の思い込みを人々から引き剥がし、真実の姿を正しく浮かび上がらせるレースが、優れたドライバーの経歴には必ず潜んでいる。

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観客席からコルトン・ハータに届けられた拍手

【2021.8.8】
インディカー・シリーズ第11戦

ビッグ・マシン・ミュージック・シティGP
(ナッシュビル市街地コース)

たとえ先頭を走った周回が全体の半分弱に過ぎなかったとしても、そしてあのような形でひとり先んじて迎えてしまった結末を受けてもなお、初開催のミュージック・シティGPがコルトン・ハータのレースであったことは疑いようがなかった。その名が示すとおり音楽の都ナッシュビル市街地の外れを走るレースは、11万枚のチケットを販売したという。コースはNFLテネシー・タイタンズの本拠地ニッサン・スタジアム駐車場の周囲を四角く回り、カンバーランド川に架かる朝鮮戦争退役軍人記念橋を渡って南岸に広がるダウンタウンの入り口を挨拶するかのように掠めると、狭い路地へと逸れてすぐに反転し同じ橋を今度は南から北へと戻っていく。長方形の角から筒が長く飛び出した――橋の往復だけでコース全長の3分の2近くを占める――如雨露を連想する変則的レイアウトは大きな水域によって南北に分断されて不便さを思わせるが、そんなこととは無関係にどの観客席も鈴なりの人だかりだった。冠スポンサーは以前トニー・カナーンの支援をしていたこともある地元の独立系レコード会社のビッグ・マシン・レコード。レースに携わるのにこれ以上の名前があるだろうか。インディカーはこの名称が定着する以前、「ビッグカー」と呼ばれた時代もあった。不思議な符合を感じさせる。

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ポール・シッターが、ようやく正しいレースをした日

【2021.4.25】
インディカー・シリーズ第2戦

ファイアストンGPオブ・セント・ピーターズバーグ
(セント・ピーターズバーグ市街地コース)

たとえば、日本のF1中継で解説者を務める川井一仁が好んで口にするような言い方で、こんな「データ」を提示してみるのはどうだろう――過去10年、セント・ピーターズバーグでは予選1位のドライバーがただの一度も優勝できていないんです、最後のポール・トゥ・ウィンは2010年まで遡らなければなりません。“川井ちゃん”なら直後に自分自身で「まあただのデータですけど」ととぼけてみせる(数学的素養の高い彼のことだから、条件の違う10回程度のサンプルから得られた結果に統計的意味がないことなどわかっているのだ。ただそれでも言わずにいられないのがきっとデータ魔の面目躍如なのだろう)様子が目に浮かぶところだが、ともかくそんなふうに過去の傾向を聞かされると、飛行場の滑走路と公道を組み合わせたセント・ピーターズバーグ市街地コースには、逃げ切りを失敗させる素人にわからない深遠な要因が潜んでいると思えてはこないか。

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苦しみ敗れた2日間が、次代の王者を告げる

【2020.10.2-3】
インディカー・シリーズ第12−13戦

インディカー・ハーベストGP
(インディアナポリス・モーター・スピードウェイ・ロードコース)

昨季、デビューからほんの2戦目であっさりと成し遂げた初優勝がフルコース・コーションの賜物だったとして疑いの目を向けていた人がいたとしても、いまやコルトン・ハータが次代のチャンピオンにもっとも近い存在になっていることを認めないはずがないだろう。かつてCARTとIRLで4勝を上げたブライアンを父に持つこの2世は、サーキット・オブ・ジ・アメリカズでちょっとした幸運に与った史上最年少優勝を上げた後、ロード・アメリカで予選最速タイムを記録し、そのレースではたったひとつのコーナーまでしか先頭を走れない苦い経験を味わったものの、ポートランドで2度目のポール・ポジションと、最終戦のラグナ・セカで2勝目を記録する最高の結果で新人の年を終えた。

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アレックス・パロウはターン1の先に5年後のインディカーを見る

【2020.7.11-12】
インディカー・シリーズ第3−4戦

REVグループGP・アット・ロード・アメリカ
(ロード・アメリカ)

砂煙が舞った。本人にとって念願だったというインディカーのデビューからまだ3レース目のアレックス・パロウが、右の前後輪を芝生に落としながらも臆せずに前をゆく相手の懐へ飛び込んだところだった。ロード・アメリカの土曜日、レース1で2度目のフルコース・コーションが明けた44周目のことだ。スペインから日本を経て米国へとやってきた奇妙な経歴の新人はリスタートとともに鋭く加速し、コース外にまで押しやられるほどの幅寄せにも委細構わず、自ら巻き上げた砂を置き去りにしてものの数秒でライアン・ハンター=レイに並びかけターン1の優先権を奪い取る。表彰台最後の一席を巡る3位争いが行われていた。

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ラグナ・セカの対照が、次代を導いている

【2019.9.22】
インディカー・シリーズ第17戦 グランプリ・オブ・モントレー
(ウェザーテック・レースウェイ・ラグナ・セカ)

不明を恥じねばなるまい、と書き出せるのはなんと喜ばしいことか。前回のポートランドで、2度目のポール・ポジションを獲得しながらも決勝ではタイヤの使い方に難を抱え、少しずつ劣勢に追い込まれて4位に終わったコルトン・ハータについて、おなじく先頭からスタートし大敗したロード・アメリカからの成長を大いに認めつつ、こう書いたのだった。「次の最終戦で彼は「普通のレース」をするだろうし、来季もたぶんそうだろう。初優勝のような幸運に恵まれて実力を超えた望外の結果を手にする日や、反対に何もかもがうまくいかない日が訪れるかもしれないが、そんな「完璧ではない」日常はまだしばらく続くに違いない」――。速さはある。デビューからたった3戦目で、多少の幸運に与った結果として最年少優勝記録も更新した。19歳にして天性の才能を疑う者などすでにいない。ただ、だとしても、運の要素の介在しない展開を正しく戦い抜き、後続を封じきってみせるような完璧な日は、まだしばらくやって来ないと思っていた。今季を振り返ってみればハータ自身の浮き沈みは激しく、所属チームの規模もけっして大きくはない。そういう若手の常で、きっと何度も想定外の出来事に翻弄され、持っていたはずの速さがなぜか消え去る失望を繰り返し、しかしそのたびに前を見据えて、やがて本当の意味で資質を証明する優勝へと近づくキャリアを歩んでいくのだろう。経験が浅い一方で未来に多くの時間を宿す若者は、そんなふうにひとつずつ成長するしかないと信じていたのだ。

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コルトン・ハータは一段だけ進歩の階段を登った

【2019.9.1】
インディカー・シリーズ第16戦 グランプリ・オブ・ポートランド
(ポートランド・インターナショナル・レースウェイ)

インディカー・シリーズのカレンダーに復帰して2年目を迎えたポートランドは、波瀾を含んだ幕開けとなった。選手権を争うドライバーがことごとく予選の早いラウンドで敗退したのだ。ポイントリーダーにして2年ぶりのシリーズ・チャンピオンを見据えるジョセフ・ニューガーデンと2位のシモン・パジェノーは簡単に第1ラウンドで姿を消し、それぞれ13番と18番グリッドで確定した。上位の失策に乗じたかった3位のアレキサンダー・ロッシまでもが第2ラウンドで敗退し、計算上の可能性は残るが現実的に逆転は難しいと見られるウィル・パワーとスコット・ディクソンがなんとか2番手と3番手に収まるのみだったのである。シーズン残り2戦の大詰めになってさえ上位陣が突然の低調に見舞われるのは一貫性の乏しいインディカーの愛すべき一面――ポコノのスーパースピードウェイ、1.25マイルオーバルのゲートウェイを経て今回がまるで性質の違うロードコースだから、もちろん日程からして「一貫」などしていない――ではあるものの、この予選結果は、選手権の観点においては大きな動きのない週末となる展開を予想させるものだった。得点差を次の最終戦に繰り越すためのレース。いわば、数字の計算で構成される選手権という擬制のシステムをしばし忘れ、コース上で起こる出来事だけに目を向けるようしむけた予選といった趣だったろうか。(↓)

 

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コルトン・ハータはキャリアの要を手に入れた

【2019.6.23】
インディカー・シリーズ第10戦 REVグランプリ
(ロード・アメリカ)

ロード・アメリカの開幕を告げるグリーン・フラッグが振られるやいなや、アレキサンダー・ロッシがいちどコルトン・ハータの真後ろに潜り込み、須臾のドラフティングののちにふたたび打ち出されたように飛び出すと、ターン1の進入ではすでにフロントノーズの先端がわずかながら先んじているのだった。外から被せられたせいで立ち上がりのラインを封じられ十分な加速のための空間を失ったハータはロッシとの速度差に少しずつ後れを取る。その先に広がる長い直線と、コーナーとも言えない全開区間のターン2で、それでも内側のラインを維持してかすかに差を縮め、ターン3へのブレーキングに希望を託したものの、相手の深い飛び込みを前に為す術はもうなかった。立ち上がりのトラクションはロッシがはるかに優れ、2台は瞬く間に遠ざかっていく。ターン4に至って佐藤琢磨がウィル・パワーの懐に飛び込んで鮮やかなパッシングを完成させ、と同時に後方でスコット・ディクソンがまたもやスピンを喫した場面に注目が移ろったとき、すでに先頭の争いは決着し、2勝目を目論んだハータの野望は潰えていた。レースはロッシが支配する。サーキット・オブ・ジ・アメリカズでの最年少優勝に続き、最年少ポール・ポジション記録をも更新した19歳がレースをリードしたのはほんの30秒程度にも満たず、予選での歓喜に反して、とうとう一度も先頭でコントロール・ラインをまたぐ機会はなかったのである。

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あるいはF1であったなら

サーキット・オブ・ジ・アメリカズ

【2019.3.24】
インディカー・シリーズ第2戦 インディカー・クラシック
(サーキット・オブ・ジ・アメリカズ)

2019年のインディカー・シリーズのカレンダーにCOTAと略称されるサーキット・オブ・ジ・アメリカズが加わると報じられたとき、それがインディカーに似合いの舞台であるのかどうか、疑問に思わないではなかった。F1アメリカGPの開催地であるCOTAが、計画のはじまりからF1誘致を大前提として建設された、まさにF1のためのコースであることはよく知られていよう。いまや新規F1サーキット設計のほぼすべてを手がけるヘルマン・ティルケが描いたそのレイアウトは、シルバーストンのマゴッツ-べケッツ-チャペルコーナーと続く高速S字区間、ホッケンハイム後半のスタジアムセクション、イスタンブールのターン8といった世界に名だたるサーキットの名所がモチーフとしてちりばめられた屈指の難コースとして評価が高い。時代の最先端をゆくFIAのグレード1サーキットにふさわしく、広く舗装の施されたランオフエリアが用意されるなど高度な安全性が確保された光景が広がり、インディカーの日常、つまり壁に囲まれた市街地コースや、砂と芝生でコースから外れた車を捕まえる古典的なロードコース、そしてもちろんシンプルな楕円のオーバルコースとは趣を異にしている。米国に位置しながら、極度に欧州化された異質のサーキット。そこでのレースははたしてインディカーたりうるのだろうか。なにせガレージの仕様からして「欧州規格」であり、インディカーは「インディカー・クラシック」と名付けられたシリーズ第2戦の開催にあたって自分たちの用に適うピットとするために仮設の壁を設置する必要に迫られたほどだったのである。

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