だれも優勝へ導かれたりはしない

【2022.6.12】
インディカー・シリーズ第8戦 ソンシオGP・アット・ロード・アメリカ
(ロード・アメリカ)

いつごろからなのか定かでないが、GAORAのインディカー中継でアレキサンダー・ロッシが画面に映し出されると、実況の村田晴郎が「ロッシはもう長いあいだ勝利から遠ざかっています」と伝えるのが恒例になったかと思う。その「長いあいだ」の期間もどんどん延びていて、1年半が2年になり、2年半になり、いよいよ3年に手が届く比おいに来てしまった。2016年のインディアナポリス500で奇跡的な初優勝を上げ、またたく間にキャリアの階段を駆け登っていったはずだったのに、「最近の優勝」はいつまでも2019年ロード・アメリカで更新されず、「7」に張りついたままの通算勝利数はすっかり固着して剥がすのに難儀しそうだ。当時は主役だった選手権争いからもすっかり後退して、今となっては10位前後をうろうろしている。

 何かが悪かったのだろうか。惜しいレースはいくつもあった。それこそ先のデトロイトでは主流でない作戦を成功させた唯一のドライバーとしてごく僅差の2位に入り、見劣りしない速さを示したばかりだ。最後に優勝して以来、3年間で表彰台は10度。多いとまでは言えないが、あとひとつが届いてもおかしくはなかった。ただ、そう言ってみたところで刻まれる履歴は順位の数字なのだという冷淡な事実はある。それに、時が経てば周囲の環境だって変わる。気づけばアンドレッティ・オートスポートにはコルトン・ハータなる若い才能が頭角を現し、浮き沈みを経ながらも徐々にエースの座を確立していった。ロッシが勝てなくなった2019年に実質的なデビューを果たしたハータは今に至るまで7勝を積み上げている。2人の優勝回数がぴったり同じなのは単なる偶然とはいえ、どことなく皮肉めいた入れ替わりを感じないでもない。そう、入れ替わってゆくものだ。ロッシはアンドレッティとの契約を更新せず、来季アロー・マクラーレンSPに移籍するとすでに発表されている。思えば、ロッシ以前に長くチームに在籍したライアン・ハンター=レイも3年間勝利から遠のいた末に引退した。いまのところアンドレッティ最後のシリーズ・チャンピオンである功労者にしてもそうだったわけである。事情も年齢もなにもかもが違うし、契約の主導権がチームとドライバーのどちらにあったのかもわからない(報道によれば、昨年夏の時点でロッシの心は移籍に傾いていたという)。ともあれ3年というのは熟慮し、決断し、そして公にするまでに十分な時間であるのだろう。

 このロード・アメリカで、ロッシは3年ぶりに――前回は最後の優勝よりさらに少し遡った2019年のデトロイトだった――ポール・ポジションを獲得した。これをもって、移籍発表直後のデトロイト2位に次ぐ目覚ましい活躍は現状からの脱却を決めた心境の透明さを表している、と考えるのは浅はかだろう。勝利から遠ざかっているとはいえ、もともと表彰台にも予選上位にも当たり前のように顔を出すドライバーであるのもたしかなのだ。契約状況と成績を関連づけるのは、無関係であるはずの出来事を勝手につなぎあわせて語りたがる観客の都合のいい解釈でしかない。ただ事実として、開幕から歯車の噛み合わないレースが続いていたロッシはインディアナポリス500マイルの5位から調子を取り戻しつつあり、ロード・アメリカで3年ぶりの優勝を期するに至っている、たぶんそれだけのことだ。そしてそれだけのこととして考えても、実際に勝機は十分だった。第1スティントで頻発した事故によって導入された数度のフルコース・コーションは、長いフロントストレッチで2番手のジョセフ・ニューガーデンに攻撃を仕掛ける好機を与えたが、ロッシはグリーン・フラッグが振られるたびにそれを退け、先頭を堅実に守ってみせた。たとえば4周目には巧みにリスタートのタイミングを外して相手との距離を取り、安全にターン1を抑えている。逆に7周目には目に見えて近づかれたものの、まるでインディ500かのような、数えて6度の進路変更でドラフティングに入ろうとする相手を振り払い、インに飛び込ませる隙を作らなかった。内と外を大胆に使い切る守備は、ともすれば攻撃的にすぎると称されるロッシの、危ういながらしかし彼らしい運動であっただろう。最大の抜きどころであろうターン5の手前では、奥深いブレーキングで車体を揺らしながらも頂点を外さずに駆け抜けていく様子が認められる。あるいは11周目のグリーン・フラッグはふたたび、先んじた加速で丁寧にターン1を守っている。硬軟織り交ぜたそのような隊列のコントロールを見れば、素直にこれはロッシの日になるだろうと思われてならなかった。ロード・アメリカは例年、力強く走る者に正当な結果を保証してくれる。まさに、3年前のロッシが2周目以降すべての周回をリードして圧勝したようにだ。あのときとおなじコースで、ポール・ポジションから最多ラップリードを刻んでの逃げ切り。以来遠くへ去ってしまった優勝をふたたび手元に引き寄せるのに、これ以上の冴えた脚本はないようだった。少しばかり劇的に作りすぎのきらいもあるが、得てしてそういうものだと思う。(↓)

 ニューガーデンとのせめぎあいは続いている。リスタートでこそ凌いだものの、ロッシが最後の勝利を上げた年にシリーズ・チャンピオンとなったこの強敵は、つねに0.7秒差前後で背中を追いかけてきてはいるのだった。とはいえその1秒弱は、一見すると小さいようでいながら実際の攻略には困難な、硬さを備えた差のようにも感じられた。11周目以降、当然2人は何度となくターン1や3、5といったパッシング・ポイントを通過したが、そこで何かが起こるような気配はまるでなかったのだ。もちろん、速さが必要な場面を的確に捉えるのが得意なニューガーデンのこと、いたずらに仕掛けず機を窺っている状況だったのかもしれないが、一方でロッシが順位の入れ替わりうる要衝を鞏固に抑えている構図でもあるようだった。ロード・アメリカは抜けないコースではないものの、しかし起伏が大きく微妙に湾曲しているコーナーへの進入点がためにパッシングに際しての危険性も高い。序盤に導入されたコーションのうち2つは、ターン5での事故が原因だった。ロッシ自身もかつて、ここで危うい接触を経験したことがある。ブレーキングに注意を払い、タイヤを的確に使い切れば、僅差を維持されても守り切ることはできるだろう。ずっと似たような隊列を率い続けて、五十数周を渡りきるのだ、たぶん。

 このレースに唯一分かれがあったとしたら、15周目から16周目にかけてのことである。相変わらず0.7秒程度の小さな、しかし十分なリードを保ったロッシが給油とタイヤ交換のためにピットへと進路を向けると、ニューガーデンも追従した。グリーン状況で僅差の最上位2台が同時にピット作業を行う珍しい場面が訪れる。結果を見れば、この経緯によってロッシの手から3年ぶりの優勝が零れ落ちた、ということになろう。ピットレーンに進入したとき、ロッシとニューガーデンの間にはざっと2車身の距離があった。ところが2人が出ていくときには、同じくらいの距離感で、しかし順番だけが綺麗に入れ替わってしまっていたのである。アンドレッティ・オートスポートのクルーは手早く作業を完了してロッシを送り出したように見えたが、ペンスキーはそれに輪をかけて速かった。それがもう10年タイトルから遠ざかっているチームとチャンピオンとの違いだ、と結論することもできるだろう。だがそれにしたって、あまりに鮮やかすぎる手際を見せつけられて狐につままれたような気分にはなる。ピット出口を正面から捉えた映像では、ニューガーデンが壁の死角から突然飛び出して前に出たように映ったからなおさらだ。こうしてある意味では理不尽に、リードチェンジがコースの外で起こる。そしてロード・アメリカの常として最後までその順序が元に戻ることはなかった。ロッシがそれまでそうだったように、ニューガーデンはチェッカー・フラッグまで首位を維持することになる。

 同時にピットへ入った展開が、ロッシには望ましくなかっただろうか。ニューガーデンは先に飛び込んだロッシを目標にして速度制限区間へ向け減速できたようにも見えて、ピットレーンを進む2台の差は想像以上に小さかった。もしストップのタイミングがずれていたら、こうはならなかったかもしれない。あるいはそれだけでなく、たとえペンスキーの手際が現実どおりアンドレッティより優れていたとしても、たとえばロッシが1周遅く入って、コースの合流時点で少しでも前に出ていれば――交換直後の冷たいタイヤではペースを上げられないのだから――、プッシュ・トゥ・パスとブロックラインを駆使して抑え込める可能性もあったかもしれない。ピットレーンは走る速度で差をつけられない一方で、作業さえ先んじてしまえばどこよりも「追い抜き」が容易な区間だ。そこでペンスキーと真っ向から勝負せざるをえなくなった結果として、ロッシは敗れてしまった。そういうことだったのだろうか。

 もちろん燃料残量に左右されるピットストップの時期を臨機応変にできるわけはない。後ろにいるニューガーデンの動きを見ながら戦い方を変えることだって不可能だし、またペンスキーの側にとっても同時になったのはきっとたんなる偶然で、逆転を狙った作戦を成功させたわけではないだろう。だからこれは結果論にさえなっていない暴論であって、ただただ実際に起こってしまった展開を惜しんでいるだけである。3年ものあいだ勝てずにチームを去ることを決めたかつてのエースドライバーが最後の優勝を上げた場所で調子を取り戻し、惜別のチェッカーを受ける。できすぎな、気取った脚本であったとしても、そうした麗しい筋書きが見えているとどこかでその実現を願い肩入れする気分が芽生えてもくる。ロッシの優勝が叶ったとしたら、それはいかにも喜ばしい大団円ではあった。ただ、速度がすべてを決定するレースは、どんな期待も物理的な現実をもって裏切りうるのだろう。成り行きを左右した最初のピットストップ以降、ニューガーデンはじわじわとロッシを引き離し、遠ざかったままの優勝はさらに遠のいていった。一時は7秒まで開いた差を終盤に3秒弱まで詰めてきたのはデトロイトを髣髴させる速さだったが、あるいはそれも先頭ですべてをコントロールしたまま終えようとしていたニューガーデンの思惑の内にすぎなかったのかもしれない。順調に流れていたレースは最後の最後に2回のコーションを呼び寄せたがロッシにとって恵みにはならず、それどころか最後のリスタートでマーカス・エリクソンに捉えられて、3位でフィニッシュを迎えることになるのだった。

 あらゆる要素がひとつの結果を導くかのように整えられていると思っても、もちろんそれはただの錯覚だ。どんなあらましも、伏線も、切なる願いも、エンジンの出力やタイヤのグリップを向上させることはない。ポール・ポジションを獲得したロッシにとって、このロード・アメリカはたしかに勝利のためにすべてが揃えられたかのようで、しかし単純に速さと強さで上回る相手がいた。たぶんそれだけのことだった。ロッシの連敗は続いている。次のレースでもまた、村田晴郎が「ロッシはもう長いあいだ勝利から遠ざかっています」と言うことになるだろうか。■

Photos by Penske Entertainment :
Joe Skibinski (1)
James Black (2)
Chris Owens (3)

予選16位からの逃げ切り

【2022.6.5】
インディカー・シリーズ第7戦 シボレー・デトロイトGP

(ベル・アイル市街地コース)

インディアナポリス500マイルでいいところのなかったジョセフ・ニューガーデンと佐藤琢磨――後者については決勝にかんして、という留保がつこうが――が、ほんの1週間後のデトロイトのスタートでは1列目に並んでいるのだから、つくづくインディカーというのは難しいものだ。世界最高のレースを制したドライバーとなってNASDAQ証券取引所でオープニング・ベルを鳴らしたりヤンキー・スタジアムで始球式を行ったり(野球に縁がなさそうなスウェーデン人らしく、山なりの投球は惜しくも捕手まで届かなかった)、もちろん優勝スピーチを行ったりと多忙なウィークデイを過ごした直後のマーカス・エリクソンは予選のファスト6に届かず8番手に留まり、といってもこれはインディ500の勝者が次のデトロイトで得た予選順位としてはことさら悪くもない。目立つところはなかったものの、決勝の7位だって上々の出来だ。デトロイトGPがインディ500の翌週に置かれるようになってからおおよそ10年、来季からはダウンタウンへと場所を移すためにベル・アイル市街地コースで開催されるのは今回かぎりとなるが、両方を同時に優勝したドライバーはとうとう現れなかった。デトロイトのほうは土日で2レースを走った年も多かったにもかかわらずだ。それどころかたいていの場合、最高の栄冠を頂いた500マイルの勝者は次の週にあっさり2桁順位に沈んできた、と表したほうが実態に近い。ようするに、もとよりスーパー・スピードウェイと凹凸だらけの市街地コースに一貫性があるはずもないのである。フロント・ロウの顔ぶれはそのことをよく示しているだろう。

 一方で、最後のベル・アイル自体は非常に一貫したレースとなったように見える。なんといっても、この狭くバンピーなコースにして、スタートからチェッカー・フラッグが振られるまで一度もフルコース・コーションとならなかった(唯一のコーションは、先頭がフィニッシュしたあとに発生した事故によって導入された)のだ。ただ、その一貫性が、しかし過剰なまでに一貫していたがゆえに成り行きを少しばかり捻ってしまった面もあったように思えるレースでもあっただろう。全70周、燃料を満載して走れる距離が25周前後。70÷25が塩梅よく3を少し切る計算だから、おかしなタイミングでコーションが入ったりしなければ例年3スティント=2回ピットストップ作戦が主流で、事実ずっとグリーン状況が続いた今回も上位10台のうち8台を2ストップ勢が占めた。なるほど順調な進行であった以上、セオリーに沿った結論が出るのは当然だっただろうか? レースを見ていた人ならわかるとおり、もちろんまったくそうではなかったのである。実際のところ、めでたく今季初優勝を遂げたウィル・パワー、2位のアレキサンダー・ロッシ、3位のスコット・ディクソンの予選順位はそれぞれ16位、11位、9位と、常識的にはコーションなしで表彰台に登るなど考えにくい顔ぶれだった。ニューガーデンはどうにか4位に滑り込んだがそれも青息吐息のゴールで、ディクソンから13.5秒も離された完敗を喫している。

 それは順調に進んだレースが、おそらく順調にレーシングスピードで過ぎ行きたためにタイヤという一点の要素に集約された結果だった。そう、タイヤがすべてだったのだ。車両と路面の唯一の接点であるタイヤはレースカーにとって何より重要な部品であって、タイヤが機能しなければエンジンがどれだけ仕事をしようと車は前に進まないし、高性能のブレーキを装着しても制動距離は際限なく伸びていく。摩擦力の上限は旋回速度の上限にほかならない。タイヤの限界こそが車の限界を規定する。タイヤにはそのような唯一の機能がある。そしてまたタイヤは、レースカーの中でやはり唯一、レースの途中で消尽されること、破棄され新品へ交換されることが最初から予定されている特異な部分でもある。戦いの最中にこれほど極端に劣化し、しかし蘇りもする部品など他にはない。車の限界を定める要でありながら、その性能は生き物のように刻一刻と正負の極限まで変化して捉えきれない――だからこそタイヤの状態は競技者の思惑を飛び越えてレースを決めうる。他の要素とはまったく無関係に、ただそれだけでレースの有り様を撹乱し、変えてしまうときがある。レース中に硬さの異なる2種類のタイヤを履くよう義務づけるインディカーの規則には、その変容をなかば人為的に引き起こす意図が含まれてもいるだろう。デトロイトの一貫した進行と裏腹に結果が掻き乱されたのは、まさにこのタイヤの生態によるものだった。振り返ってみれば、上位の4人の選択はちょうど四様にわかれていたのである。

 ポール・ポジションのニューガーデンは、スタートで柔らかいオルタネート・タイヤを選択している。サイドウォールが赤く塗られた、いわゆる「レッド・タイヤ」だ。ピークのグリップが高い代わりに寿命が短いこのタイヤは、特に荒れた舗装のベル・アイルで毎年のように各チームを悩ませてきた。2ストップを狙うなら短いスティントでも20周近くを走らなければならないが、オルタネートはせいぜい10周強しか持たずにタイムを急落させてしまうからだ。それでも2ストップが機能するのは、ペースが低下してもなお1回多いピットで失う時間に対して十分に引き合うからで、死にゆくタイヤをうまく延命させればさせるほど、その優位は確たるものになっていく。オルタネートと向き合いコントロールすることに、ベル・アイルの鍵はある。

 実際、ニューガーデンはきわめて慎重にレースに入った。1周目から刻んだ79.78秒、79.47秒、79.02秒というラップタイムは、予選最速を記録したリーダーによるものとしては異様なほど遅い。中盤以降のレースが78秒を切り、ときには76秒台のペースで流れていたといえば、いかにタイヤに負担をかけずに1周でも長く走るかに心を砕いていたかが想像されるだろう。問題があったとすれば、にもかかわらず、例年にもましてベル・アイルの路面がタイヤに対して攻撃的だと思われたことだった。細心の注意もむなしく、ニューガーデンのタイムは周を重ねるごとに悪化していき、早くも8周目には80秒台に転落してしまう。後方に目をやれば、3ストップ作戦を採って3周でオルタネートを捨てたロッシが76秒から78秒で走っているころだ。1周あたり2秒から3秒を失いながらそれでも作戦の変更はもはや利かず、80秒を切れないまま14周目にはプライマリー――オルタネートとは反対に寿命の長い、サイドウォールが塗られていない「ブラック・タイヤ」――でのスタートを選択していたパワー、ディクソン、アレックス・パロウの3人から立て続けに攻略される。どのコーナーもブレーキングの位置が見るからに違っていて、まるで話にならない勝負だった。

 苦悩はそれに留まらなかった。さらに悪いことに、そのわずか2周後の16周目には、プライマリーに履き替えてから目覚ましいスピードを保ち続けていたロッシに追いつかれ、簡単に抜かれてしまったのだ。ロッシがタイヤを交換してから、まだ10周強しか経っていない。たったそれだけの距離を走るあいだに、ニューガーデンはピット1回分の大きなリードを食いつぶしたということだった。言うまでもなく2人はともにフィニッシュまで2回のピットストップを残している状態であり、そしてその2回ともプライマリーを履くだろう。すでに条件は等しく、見た目の位置関係がそのまま最終順位にも反映される。これでニューガーデンの敗北はもう確定したと言ってよかった。オルタネート・タイヤの失敗は、レースわずか20%のうちに、ポール・シッターから無情にも勝機を奪っていく。(↓)

 

予選最速だったニューガーデンの勝機は、序盤にあっさり潰えた

 

 ディクソンとパロウの2人は、ニューガーデンを抜いてから26周目までコースに留まり、そこでプライマリーからオルタネートに変更した。直感的には、これがもっとも賢い作戦のように思えた。性能に不安が残るオルタネートを、融通を利かせられない最終スティントに履くのはいかにも危険が大きそうだったからだ。最終盤にタイヤが終わり、後続から追い立てられたとしても、フィニッシュまでできることは我慢以外になくなってしまう。ましてフルコース・コーションが導入されて、リードを帳消しにされでもしたら? 実際、昨年のデトロイト・レース2で、スタートから67周にわたって先頭を走ったニューガーデンは最後のオルタネートが祟り、あと少しのところで優勝を明け渡した。不安な要素は先に片付けておくに如くはない。

 先に失敗したニューガーデンよりも、ディクソンははるかにうまくやった。レースがある程度距離を重ねて溶けたタイヤのゴムが路面に付着し、オルタネートへの攻撃性が和らいだこともあっただろう。極端にタイムを落とすことなく機械のように78秒台に張り付いて18周を乗りこなし、ゴールまでぎりぎり走りきれる26周を残してピットへと戻る。同じ作戦で走るチームメイトのパロウを5秒ほど引き離したのだから、見事なコントロールだった。ただそのディクソンにしても、ロッシを抑えきることはできずに終わった。ロッシはこの間76秒から77秒台で走り続けてディクソンがピットに戻る直前の43周目に背中を捉え、ターン3で遠距離から一撃のブレーキングをもってインに飛び込み、あっさりと攻略する。先のニューガーデンのときと同様、ディクソンはこれでロッシに対するピット1回分のリードを使い切り、優勝の可能性が消えた。(↓)

 

 

 パワーは最終スティントまでオルタネートを履かなかった。危うい賭けを含む作戦と言えた。昨年のチームメイトの失敗が思い出されるのはもちろん、それ以外にもリスクはあった。短い距離で済ませたいオルタネートを最終スティントに履くというのは、最後のピットストップを可能なかぎり遅らせる必要があることも意味するからだ。周囲がピットへ入る中でひとりステイアウトを続ける間に、もしコーションが導入されるような事故が発生したとしたら? 優勝を守るどころか、即座にリードラップの最後尾へと転落するだろう。それが机上で計算しただけの危険性にとどまらないことは、過去に幾度もあった事例が証明している。パワーがピットに向かったのは50周目の終わりで、ディクソンより6周も後だった。その狭間に何かが起こることは十分に考えられた。

 パワーの作戦は、レースが順調に進むこと、最後までコーションが入らないことを前提に組み立てられている。インディカーにおいて、それはけっして当たり前ではないどころか、むしろ都合のいい条件設定だ。路面の荒れた市街地コースで二十数台が戦う以上、コーションは前提とされなければならない。いつ起こるかはわからないが、かならず起こると想定したうえで、起こった場合のダメージを最小限にするのが、第一にあるべき考え方だろう。タイヤ交換の前にコーションとなればすべてが台無しになり、交換のあとにコーションが入っても不利なタイヤでリスタートに臨まなければならない、いずれにせよそうなれば勝ち目はない。パワーはその危険に目をつぶった。レースが何事もなく進行する可能性に――平常であるようでいてむしろ異例な可能性に賭けたのだ。(↓)

 

 

 それは成功した。狭間の6周のあいだにはもちろん、フィニッシュまでにもコーションが出ることはついぞなかった。すると、レース中盤よりもさらにラバーがのった路面は、賭けに勝ったにふさわしい報酬を与えてくれた。オルタネートに交換してから10周にわたって、パワーは少し前のディクソンよりも1秒速い77秒台で走り、後続との差を押しとどめたのである。51周目に16秒だったロッシとの差は、61周目が終わってもまだ12秒にしか縮まっていない。おそらくはこの10周がレースを決定づけた。そこから少しずつタイヤの劣化が始まり、しかも周回遅れの集団が前を塞いだためにパワーのペースは大幅に下落する。たが、レースの流れをコントロールして61周目までに残した貯金が、最後の支払いに足りた。最後の3周、周回遅れを抜きあぐねるパワーはロッシから1周あたり2.5秒も速いペースで追い上げられたものの、70周目のチェッカー・フラッグを1秒差で踏みとどまったのである。

 もちろんそれぞれの車の素性が違う以上、単純に比較することは適切ではあるまい。だが、ここまでタイヤの順序と結果が相関したのを見てしまうと、どうしても意味づけをしたくなってしまうものだ。このデトロイトは、オルタネート・タイヤという異物の扱いを問うレースだった。ニューガーデンは先に使おうとして失敗し、賢く使ったディクソンはそれなりの順位を手にする。そしてリスクを負って効率よく使ったパワーが果実をもぎとった、というわけだ。そして異なる手法で明暗のわかれた三者のあいだを、ピットストップと引き換えに使わない選択をしたロッシが貫いていく。パワーとロッシの差は紙一重だったが、それでもオルタネートを使い切る選択が正しかったという結論は得られた。終わってみれば、厄介な異物をもっとも優しく、丁寧に、正しく扱った者が、正しく表彰台の頂点にたどり着いたということだ。予選16位からの優勝は、一見すると奇跡の大逆転に感じるが、実際の戦いはまるでポール・ポジションから効率よく逃げ切ったかのようだ。コーションのない一貫したレースが導いたのは、結局のところ一貫した結果にすぎなかったのかもしれない。■

ベル・アイルで行われるのは今年が最後。恒例だった噴水に飛び込むセレモニーも見納めとなる

Photos by Penske Entertainment :
Chris Owens (1, 2, 4)
James Black (3, 5)

The Josef Newgarden Move

【2022.5.1】
インディカー・シリーズ第4戦

ホンダ・インディGPオブ・アラバマ
(バーバー・モータースポーツ・パーク)

ごくごく私的な、だれにも共有されえない感情にすぎないこととして、昨年のアラバマをいまだに口惜しく思ったりもするのである。あのレースにジョセフ・ニューガーデンはいなかった。レース開始からほんの数十秒も経っていなかったころ、1周目のターン4を立ち上がった瞬間にバランスを崩してスピンを喫したのだ。スタート直後の混戦のさなか、コースを横断しながら回る車を後続が避けられるはずもなく、最初に追突したコルトン・ハータをはじめ数台を巻き込む多重事故の引き金となって、ニューガーデンのレースは終わった。ピンボールのように何度も弾き飛ばされて、進行方向とは逆向きに止まったとき、すでにフロントウイングが落ち、サスペンションアームは折れて右前輪がひしゃげてつぶれていただろうか。不規則に四方をぶつけられた証拠に対角の左後輪もパンクしていて、すでにレースカーとしての機能を喪失したコクピットの中で、カメラに捉えられた事故の主はヘルメットのバイザーを上げて自分の無事を知らせると、それからステアリングを2度か3度回した。もちろん車は息絶えていて、走り出すことはない。

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運動の断片を集めてレースに還元しない

【2022.4.8】
インディカー・シリーズ第3戦

アキュラGP・オブ・ロングビーチ(ロングビーチ市街地コース)

すばらしいレースだった、などと口にすればいかにも陳腐で、まったく何も語らないに等しいだろう。しかし事実、そうだったと思わずにいられないときはある。昨季の最終戦からまた春へと戻ってきたロングビーチは、美しい運動を詩的な断片としてそこかしこにちりばめ、儚い、感傷的ですらある印象とともにチェッカー・フラッグのときを告げた。日本では未明から、すっかり朝を迎えようとする時間に、そんなレースを見ていたのだ。断片。断片だったと書いてみて気づく。断片だけがあった。去年、チャンピオン決定という強固で具体的な物語の舞台となった場所で、そんな散文的な文脈から切り離された純粋な運動の一節だけがひとつひとつ漂っていたようだった。

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最後かもしれないテキサスに、スコット・マクロクリンが刻んだ履歴

【2022.3.20】
インディカー・シリーズ第2戦

XPEL 375(テキサス・モーター・スピードウェイ)

当然、レースが始まる前からとっくにわかりきった成り行きだったのである。スコット・マクロクリンは、先の開幕戦でインディカーにたしかな足跡を残したばかりだった。驚くべき予選アタックでポール・ポジションを獲得し、スタート直後から後続を突き放して、フルコース・コーションにも囚われることなく、最後には追いすがる昨季のチャンピオンを周到に振り払って逃げ切ってみせる。マクロクリンが過ごしたセント・ピーターズバーグの顛末に非の打ちどころがあるはずもなかった。感嘆に満ちた初優勝は、つい半年前まで抱いていた彼への凡庸な、いや凡庸と言うにさえ及ばない印象をたったひとつのレースであらためさせた。観客の立場で眺めていると、こんなふうにレーシングドライバーが一夜にしてそのありかたを激変させる瞬間があるように思える。それは当たり前かもしれない。われわれは彼らを2週間に1度だかの頻度でしか行われないレースで不連続に知る以外なく、レースにおいてさえほとんどの場面で彼らは視界の外にいる。萌芽を見る機会に恵まれたとしてもたいてい偶然で、多くの場合、花が開いてはじめてその存在に気付かされるのだ。唐突な邂逅に至るまでにあった成長の過程を観客は知る由もない。ただ、過程を知らないからこそなおさら、開花に立ち会ったときに経てきた時間を想像し、そこにはすでに才能が充溢していると信じるべきであるだろう。豹変を侮ってはならない。

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困惑のレースが困惑の選手権を導く

【2021.8.21】
インディカー・シリーズ第13戦

ボンマリート・オートモーティブ・グループ500
(ワールドワイド・テクノロジー・レースウェイ)

気がつけばいつの間にか、ジョセフ・ニューガーデンが先頭にいるのだった。いや、その言い方はまったく正しくない。先頭が入れ替わった瞬間は余すところなく伝えられていて、見逃していたわけではなかったのだ。57周目から58周目にかけて、この日3度目となったイエロー・コーション中の集団ピットストップで、3番手から飛び込んできたニューガーデンが5.9秒の手早い作業で発進し、チームメイトのウィル・パワーと、それまでリードを保ってきたコルトン・ハータに先んじてブレンド・ラインを通過した場面。チーム・ペンスキーが鮮やかな手際で自らに主導権を引き寄せたこのレースのハイライトのひとつを、テレビカメラはターン1の高所から捉えている。作戦を工夫してステイアウトした車がいたために数字上は2番手争いではあったものの、その実質はもちろんリードチェンジだ。曖昧なところはいっさいなく、逆転は明確に認められていたはずだった。

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マーカス・エリクソンの正しい敗戦に、インディカーの変化を知る

【2021.7.4】
インディカー・シリーズ第10戦 ホンダ・インディ200・アット・ミッドオハイオ

(ミッドオハイオ・スポーツカー・コース)

レースは80周目、すなわち最後の周回を迎えている。2番手を走るマーカス・エリクソンが、画面の端からひときわ勢いよく左の低速ターン6へと進んでいき、下りの旋回で一瞬後輪の荷重が抜けたのかゆらりと針路が乱れたのを認めたときには、瞬時のカウンターステアですぐに体勢を立て直し、さらに坂を下りきって切り返しのターン7へと駆けていくのだった。0.6秒強のすぐ先には、何度かの不運によって今季いまだ優勝のないジョセフ・ニューガーデンが逃げていて、エリクソンの意志に満ちた旋回と比べるとずいぶんに余裕を持って、それとも必要以上に緩慢にこの小さいS字コーナーを回っているように見える。カメラが横に流れ「HONDA」のロゴマークを掲げたゲートをくぐる2台を見送るとすぐ、今度はターン8を斜め前から見下ろす画面へと切り替わって、やはりのたりとした印象を伴いながら向きを変えるニューガーデンと対照に、エリクソンは明らかにブレーキングを遅らせて高い速度で進入し、内側の縁石に片輪を少しだけ深く載せたと思うと、後輪だけが外へ流れ出して進行方向が急激に変わるのである。なめらかな曲線が乱れ、フロントノーズを巻き込んであるいはスピンに至るかとさえ見えた次の瞬間、しかし再度のカウンターステアによってチップ・ガナッシ・レーシングの赤い車はコーナーの出口に向き直す。曲線はあるべき形を取り戻し、ターン9へと続いてゆく。

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受け入れがたい不運の連続がペンスキーの敗因を見えづらくしている

【2021.6.27】
インディカー・シリーズ第9戦 REVグループGP

(ロード・アメリカ)

今年に入って、チーム・ペンスキーがどことなく調子に乗り切れていないことには早いうちから気づいていた。開幕を迎えたアラバマの、あろうことか1周目でジョセフ・ニューガーデンが数台を巻き込むスピンを喫したミスがすべての始まりだった、と言ってしまうのはなんの因果もない勝手な物語の捏造だが、3人のチャンピオン経験者と1人の新人がその後どれだけのレースを走り、のべ何周を走っても、噛み合うべき歯車が欠けたまま上滑りしたような印象がずっと付き纏っていたのはたしかだ。事実、彼らは第8戦のデトロイトに至っても表彰台の頂点に顔を出せずにいたのである。GAORAで語られたところによると、ペンスキーが開幕から8連敗を喫したのは、第8戦で優勝した2013年を超える最悪の記録(歴史を遡ればもっと悪い年もあるので、これはおそらく2002年にCART/チャンプカーからIRL/インディカーへ移って以降で、という話であろう)のようだから、なるほどかつてない非常事態であるようにも見える。

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ポール・シッターが、ようやく正しいレースをした日

【2021.4.25】
インディカー・シリーズ第2戦

ファイアストンGPオブ・セント・ピーターズバーグ
(セント・ピーターズバーグ市街地コース)

たとえば、日本のF1中継で解説者を務める川井一仁が好んで口にするような言い方で、こんな「データ」を提示してみるのはどうだろう――過去10年、セント・ピーターズバーグでは予選1位のドライバーがただの一度も優勝できていないんです、最後のポール・トゥ・ウィンは2010年まで遡らなければなりません。“川井ちゃん”なら直後に自分自身で「まあただのデータですけど」ととぼけてみせる(数学的素養の高い彼のことだから、条件の違う10回程度のサンプルから得られた結果に統計的意味がないことなどわかっているのだ。ただそれでも言わずにいられないのがきっとデータ魔の面目躍如なのだろう)様子が目に浮かぶところだが、ともかくそんなふうに過去の傾向を聞かされると、飛行場の滑走路と公道を組み合わせたセント・ピーターズバーグ市街地コースには、逃げ切りを失敗させる素人にわからない深遠な要因が潜んでいると思えてはこないか。

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魔法使いのいないアラバマと、その物理的な帰結について

【2021.4.18】
インディカー・シリーズ第1戦

ホンダ・インディGPオブ・アラバマ
(バーバー・モータースポーツ・パーク)

よく知られているとおり、アラバマはジョセフ・ニューガーデンが、不運にも届いていなかった優勝にはじめて辿り着いたレースである。2015年だからもう6年前の出来事で、じゅうぶんに昔と言えるほどの時間が経ってしまったのに、当時のアラバマは忘却の彼方に置かれるのを拒み、いまだ印象深い光を放って脳裏に浮かび上がってくる。といってもそれは、その後のニューガーデンが積み重ねた偉大な事績を参照するから、つまりやがて2度のインディカー・シリーズ・チャンピオンを獲得する稀代の名ドライバーが初優勝を記録した重要な記念碑的レースだからではない。もちろんニューガーデンについて語ろうとするなら、「2015年のアラバマで初優勝を上げ」といった来歴はかならず挿し込まれるはずだろう。しかしあのレースは過去を振り返るそうした記述によって固着されて記憶されるのではなく、いつまでも、いま、この瞬間の運動として蘇り情動を揺さぶってやまないのだ。レースに付随する物語ではなく、ただレースそのものが美しい価値を褪せずに保ち続ける場合がある。2000年F1ベルギーGPでミカ・ハッキネンがミハエル・シューマッハを捉えたレ・コームがいまだその一瞬においてのみ語られるように、2011年イギリスGPでコプスへ進入するフェルナンド・アロンソのフェラーリF150°イタリアが赤い糸を引いて見えたように、2016年スーパーフォーミュラ菅生でセーフティカーの罠に嵌まった関口雄飛がレース再開後に優勝を取り戻していく過程に息を凝らすしかなかったように、昨年のインディアナポリス500マイルで佐藤琢磨がスコット・ディクソンを抜き去ったホームストレートの光景が、チェッカー・フラッグよりもはるかに強く優勝を確信させたように。年月が過ぎてもなお目にした瞬間の感情まで喚起されるレースは、けっして多くはない。

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