アイオワのダブルヘッダーに3人のペンスキーを見る

【2024.7.13-14】
インディカー・シリーズ第10-11戦
ハイビー・ホームフロント250/ハイビー・ワン・ステップ250
(アイオワ・スピードウェイ)

土曜日のナイトレースからたった半日後には昼のショートオーバルを走る。せわしなく進んだアイオワのダブルヘッダーで、チーム・ペンスキーの3人はそれぞれ明暗がわかれたようだった。たとえばジョセフ・ニューガーデンである。5月に唯一無二のインディアナポリス500マイルで2連覇を達成した彼は、しかし歓喜と引き換えに浮上が困難なほどの不調に陥ってしまったように見える。開幕戦のセント・ピーターズバーグを快勝したにもかかわらず、チームによるプッシュ・トゥ・パスの不正使用スキャンダルで優勝を剥奪されて以降、インディ500を除けば歯車が狂ったままだ。と、そこまで言うのは酷かもしれない。ロード・アメリカでは2位に入り、このアイオワでもレース1で3位表彰台を獲得した。一定の結果は出ているのだから。失望する日はいくつかあったとはいえ、失敗はレースの常、ましてインディカーならなおさらだと、そう慰めてもいいだろう。だが結果とは別に、PTPスキャンダル以降にニューガーデンを襲った失望が深すぎたのもまたたしかだ。初優勝の地であるアラバマではまったくペースを欠き、荒れたデトロイトでは数多く発生した事故のうちのひとつを自ら引き起こしている。あるいはラグナ・セカでも、最後のタイヤ交換を遅らせる作戦とフルコース・コーションがきれいに噛み合って2位に上がったにもかかわらず、再開後は上位で戦うスピードがなくあっという間に後退し、フィニッシュ間際には何もないところで不可解なスピンを喫して最後方に沈んだ。しかして、このアイオワである。他のドライバーならいざ知らず、ニューガーデンが、あのジョセフ・ニューガーデンがショートオーバルの連戦の片方で3位に入ったからといって何を喜べばいいのだろう? 昨年、先頭での圧倒的な速さと混戦の巧みさを両立させて完全制覇し、一昨年もレース2でサスペンションが折れなければ間違いなくふたつとも勝っていたであろうアイオワで。

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いつかのウィル・パワー

【2024.6.9】
インディカー・シリーズ第7戦 XPEL GP アット・ロード・アメリカ
(ロード・アメリカ)

一昨年のウィル・パワーは、じつに「安定」した戦いぶりで年間王者を獲得した。全17戦のうち優勝はわずか1レースだけ、2位も2回にとどまったものの、6度の3位表彰台と3度の4位によってうまく得点を稼いでするすると頂上へ登ったのである。本当に「するする」とした戴冠だった。インディアナポリス500マイルの優勝で躍進した――この年まで、インディ500の得点は他のレースの2倍に設定されていた――マーカス・エリクソンがシーズンの深まりとともに失速し、代わって印象的な速さを持って追い上げてきたチームメイトのジョセフ・ニューガーデンやスコット・マクロクリン、あるいはスコット・ディクソンといった面々は、なぜかそれぞれ大小の問題に見舞われた。彼らが優勝と失速を交互に繰り返すような戦いをしているうちに、2位と3位ばかりを積み重ねたパワーは気づけばポイントリーダーになり、そしてその座をぼんやりと守り続けた。象徴的なのはアイオワのダブルヘッダーだろう。あの週末のレース1でマクロクリンのホイールが緩むトラブルが起こらなければ、さらにはレース1に優勝しレース2でも独走状態にあったニューガーデンのサスペンションが突然折れたりしなければ、選手権の行方はまったく違ったはずだ。このふたつのレースでパワーは3位と2位を記録している。

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最高の500マイル、堂々たる2.5マイル、美しい恩返し

【2024.5.26】
インディカー・シリーズ第5戦 第108回インディアナポリス500マイル
(インディアナポリス・モーター・スピードウェイ)

昨年のインディアナポリス500マイルは不思議な引力をもったレースだった(「凡庸な500マイル、不公平な2.5マイル、はるかな数万マイル」当ブログ2023年6月5日付)。後ろ向きな捉え方をすれば、どこか煮えきらないレースと言ってもいい。ジョセフ・ニューガーデンがインディカーに歩いてきた道程を思うと、その初優勝はまったく正当な感慨深い大団円だったが、一方でレース単体を概観するかぎり、彼が結果に値するスピードを持っていたわけではなかった。全200周のうち、グリーンラップを先頭で完了したのはわずか2周。ひとつは燃費の兼ね合いで全体の速度がいったん落ち着いた157周目で、このリードは次のターン1までしか保たなかった。もうひとつが最後の200周目。決着の周回であり、つまりスタート/フィニッシュラインまで凌げばよかった周回でもある。それ以外はずっと誰かの背中を見つめていた。17位に終わった予選を受けて集団で走る状況を意識したセッティングにしたのか、5位あたりにまで上がってくるのは比較的容易なように見えたが、その先に突き抜けるのは困難だった。周囲の車に掻き乱される気流の中で安定を得ることと、230mphの空気の壁に自分自身の力で対抗することはわけが違う。前者は勝利を狙える位置から脱落しないために必要であり、しかし本当に勝利するためには相反する要素である後者を備えなければならない。ラップリードをまったく記録できなかったあの日のニューガーデンには後者が明らかに欠けていた。

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スキャンダルのあとさき

【2024.4.28】
インディカー・シリーズ第3戦

チルドレンズ・オブ・アラバマ・インディGP
(バーバー・モータースポーツ・パーク)

今季開幕戦のセント・ピーターズバーグを振り返って、わたしは「再スタート直後の攻防がすべてだった」と書いた。31周目のそれが優勝争いを決定づける一幕だったからだ。その日、ポールシッターとして支配的にレースを進めていたジョセフ・ニューガーデンは、フルコース・コーション中に行われたピットストップの不手際で3位に順位を落とし、一転窮地に陥る。だが、再スタートを迎えるとすぐ眼の前のコルトン・ハータに追いつくとターン4ですぐさま2位に上がり、ほどなく首位を取り返す印象深い戦いで優勝を飾ったのだった。逆転に至るその力強い過程にはニューガーデンの、とりわけ20代のころのエネルギーに満ちた彼を思い起こさせる運動が横溢しており、結果は残しつつもどこか煮えきらなさが残ったここ数年の停滞を打破する充実を感じさせた。まさかその陰に前代未聞の不正が蠢いていたなど、考えもしなかったのである。

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奇跡のスコット・ディクソン

【2024.4.21】
インディカー・シリーズ第2戦 アキュラGP・オブ・ロングビーチ
(ロングビーチ市街地コース)

ジョセフ・ニューガーデンが2度目のピットストップをつつがなくこなしたのを見届けて、2年ぶりのロングビーチGP優勝にして、開幕戦に続く選手権2連勝は堅いと思われた(と、記事を書いている最中にまさかの事態が起こった。なんと開幕戦においてチーム・ペンスキーが本来プッシュ・トゥ・パス(PTP)が認められないスタートおよびリスタート直後にも使用できるように設定していた事実が判明し、これによって利益を得たとされたニューガーデンはチームメイトのスコット・マクロクリンともども失格に処せられたのである)。なんとなれば、ひとり勝手に楽勝のごとき雰囲気を抱きすらしたものだ。それほどに楽観視してよいはずの展開だった。だというのに、まさかあのような結末になろうとは、中盤に悠々とラップリードを重ねていた彼のレースにどんな見込み違いがあったのだろう。たしかにひとつだけトラブルには遭遇した。想定外の負け方をした直接の原因を挙げるとすれば、2位走行中の77周目に最終ターンでコルトン・ハータから追突され――追突した側の言い分は異なっていて、ハータの主張によれば「旋回中にニューガーデンがいきなり失速したせいでぶつかった」――、一時的に駆動力をなくしたせいだ。フロントストレッチへの立ち上がりに向けてまったく加速できなくなった時間はほんの数秒に過ぎなかったが、その間にハータとアレックス・パロウの先行を許し、中途に築いた4秒のリードから一転、4位にまで順位を下げてゴールを迎えたのだった。

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ジョセフ・ニューガーデンらしい/らしくない逆転のポール・トゥ・ウィンは2024年のインディカー・シリーズを占うか

【2024.3.10】
インディカー・シリーズ第1戦 ファイアストンGP・オブ・セント・ピーターズバーグ
(セント・ピーターズバーグ市街地コース)

2024年の劈頭にジョセフ・ニューガーデンがポール・ポジションを獲得したのを認めたとき、思わずわが目を疑ったのだった。チーム・ペンスキーのエースたる彼を軽く見るはずはないし、もとよりわたしにとってもっとも愛してやまないドライバーなのだから、侮るなど微塵も考えられないことだった。にもかかわらず、いやむしろ愛し、よく見つめ、知っているつもりだからこそ、最速タイムを記録した予選に驚かざるをえなかったのである。ニューガーデンがポール? セント・ピーターズバーグで? そんなことが本当に起こるものか?

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成し遂げられなかった全勝にジョセフ・ニューガーデンの偉大さを思う

【2023.8.27】
インディカー・シリーズ第15戦 ボンマリート・オートモーティヴ・グループ500
(ワールド・ワイド・テクノロジー・レースウェイ)

レースぶりはけっして優れていたとは言えず、むしろ終始劣勢だった中で幸運に見出された勝機を手繰り寄せた薄氷の優勝だったが、とはいえ今年5月、ジョセフ・ニューガーデンは世界最高のレースであるインディアナポリス500のヴィクトリー・レーンに足を踏み入れ、自らのキャリアにほとんど唯一残っていた空白を埋めた。通算29勝、インディ500優勝、2度のシリーズ・チャンピオン。あらゆるタイトルを手中に収め、そして記録上の数字だけでは見えてこない美しい運動の数々をフィールドに刻んできたニューガーデンが、インディカー史を語るうえで欠くべからざる偉大なドライバーであるのは疑いようがない。だが、現に偉大であることを承知のうえでなお、彼がもう少し早く生まれていたとしたら、と仮定を弄してみてはどうだろうか。するとわれわれは、いまよりもっと偉大な歴史を目の当たりにしていたかもしれない。つまりニューガーデンが米国のオープンホイールレースが統合された現代ではなく、おおよそ20年を遡ったころに走っていれば、もしかしたら伝説的な時代の支配者になっていたのではないかと想像するのである。

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アイオワのショートオーバルにジョセフ・ニューガーデンが舞う

【2023.7.22-23】
インディカー・シリーズ第11戦 ハイビー・ホームフロント250

インディカー・シリーズ第12戦 ハイビー・ワン・ステップ250
(アイオワ・スピードウェイ)

去年のアイオワのVTRだと言われても信じたかもしれない。単独走行に強いウィル・パワーが土日のダブルヘッダーのポール・ポジションを独占し、決勝ではクリーンエアを生かしてリードを確保しようと試みる出だしだったのである。ところがしばらくするとチームメイトのジョセフ・ニューガーデンが追随してきて、単純なスピードの差で、あるいは周回遅れを交わそうとするときにほんのわずか躊躇したその失速の隙を突いて、あっという間に隣に並んだかと思うと次の瞬間には完全に位置関係が入れ替わっているのだった。タイヤを使い古してもニューガーデンの速度は衰えを見せず、どんな手品を使っているのか、つねに内へ外へとラインを自在に変えながら、1周20秒しかないショートオーバルに次々と押し寄せる壁をすり抜けていく。優雅に舞い踊るかのような美しい動きは見惚れるほどで、パワーは時間を追うごとに引き剥がされるばかりだった。本当に、何も変化のない光景が繰り返されていた。この2年で違っていたのは、せいぜい先頭が入れ替わるまでにかかった時間の長さと、日曜日のレース2で234周目になってもニューガーデンの車が壊れずに走り続けたことだけだ。去年も本当ならニューガーデンが土日を連勝するはずだったし、今年は実際にそうなった。いや、去年だけの話ではない。2年間のカレンダー落ちを挟む前の2019年もほとんどおなじ構図で、49周目にパワーを交わしてリードを奪ったニューガーデンがそのまま圧勝した。だれもニューガーデンに追随できないアイオワで、パワーはまるで引き立て役のようである。損な役回りだが、なまじ同じ車に乗って、なまじ単独では速いだけに、タイヤの使い方と集団の処理の差が際立って見えてしまう。

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凡庸な500マイル、不公平な2.5マイル、はるかな数万マイル

【2023.5.28】
インディカー・シリーズ第6戦
第107回インディアナポリス500マイル
(インディアナポリス・モーター・スピードウェイ)

ジョセフ・ニューガーデンについてはじめて書いたのは2014年8月のことだ。インディカー・シリーズで走るようになって3年目、規模の小さなサラ・フィッシャー・ハートマン・レーシングに所属する23歳の若者で、表彰台の経験はあれど優勝には手が届いていないドライバーだった。当時といまのインディカーではずいぶん環境が異なっていて、20代前半でレギュラー参戦しているだけで珍しかったから、もちろん将来を嘱望される存在ではあった。実際デビュー直後のロングビーチでフロント・ロウを獲得したり、別の年のやはりロングビーチでは最終スティントを先頭でピットアウトしたり――どちらも、結局は事故でレースを終えることにはなってしまったが――など、目を見張る場面はいくつも現れていたものだ。2013年のサンパウロで、初優勝を上げたばかりの佐藤琢磨に厳しい防御を強いてペナルティの議論を呼んだ相手がニューガーデンだったのを覚えている人も多いだろう。そうやって才能の片鱗をしばしば見せながら、しかしまだ大勢のうちのひとりという立場であるのもたしかで、どんな経歴を歩んでゆくのか確信は持てていないころだった。予選終了後にサーキットの一般エリアへ飛び出し「ジョセフ・ニューガーデンっていう活きのいい新人がいるんだけど、知ってる?」と自ら観客に聞きまわるテレビ企画に参加したころでもある。だれにも気づいてもらえず、目の前に本人がいるのに「明日は応援してる」と適当きわまりない答えを返されたり、逆に相手のほうから「マルコ・アンドレッティを見なかった?」と訊かれて「さっきあっちのほうで見たよ」と返事をしたりしていた。種明かしで顔写真の入ったポップを見せられてもまだピンときていなかった人もいたほどだ。当時だから成立したが、いまとなっては収拾がつかないだろう。

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We’ve come back to Texas

【2023.4.2】
インディカー・シリーズ第2戦
PPG375
(テキサス・モーター・スピードウェイ)

昨年のテキサスで、力強くレースをリードし続けたスコット・マクロクリンと、そのチームメイトをフィニッシュまで数秒の瀬戸際で抜き去り優勝したジョセフ・ニューガーデンが抱擁を交わして互いの健闘を称える美しい光景を見ながら、もうこのレースに触れる機会はないのだろうと、寂しさを禁じえなかったのを覚えている。インディカーとテキサス・モーター・スピードウェイの開催契約は2022年で終わり、更新される見込みは薄そうだとそのころ報じられていたのだ。モータースポーツの世界を眺めていると、契約にまつわるこの手の憶測は楽観的なものほど裏切られ、「次はない」という悲観的な予想はたいていの場合現実になるとわかっていたりする。ニューガーデンは優勝インタビューで、仲のよい年下の僚友(本当に仲がよいことにニューガーデンのYouTubeチャンネルでは彼らふたりのシリーズがあり、ブランドまで展開している)がチェッカー・フラッグ直前に周回遅れの隊列に捕まった隙を突く形で優勝を攫った申し訳なさを口にした後、こう述べた。最後の周、最後のコーナー……これがテキサスでのすべてなんだ、ここに戻ってきたい、戻ってこよう。その言葉は力強く、愛に溢れ、しかしまたこの独特なハイバンク・オーバルがすでに麗しい望郷の対象になってしまった後であると感じさせる色を帯びてもいた。だってそうだろう、予定があれば願う必要などない。戻るのを望むのは、つまり戻れないからだ。

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