予選16位からの逃げ切り

【2022.6.5】
インディカー・シリーズ第7戦 シボレー・デトロイトGP

(ベル・アイル市街地コース)

インディアナポリス500マイルでいいところのなかったジョセフ・ニューガーデンと佐藤琢磨――後者については決勝にかんして、という留保がつこうが――が、ほんの1週間後のデトロイトのスタートでは1列目に並んでいるのだから、つくづくインディカーというのは難しいものだ。世界最高のレースを制したドライバーとなってNASDAQ証券取引所でオープニング・ベルを鳴らしたりヤンキー・スタジアムで始球式を行ったり(野球に縁がなさそうなスウェーデン人らしく、山なりの投球は惜しくも捕手まで届かなかった)、もちろん優勝スピーチを行ったりと多忙なウィークデイを過ごした直後のマーカス・エリクソンは予選のファスト6に届かず8番手に留まり、といってもこれはインディ500の勝者が次のデトロイトで得た予選順位としてはことさら悪くもない。目立つところはなかったものの、決勝の7位だって上々の出来だ。デトロイトGPがインディ500の翌週に置かれるようになってからおおよそ10年、来季からはダウンタウンへと場所を移すためにベル・アイル市街地コースで開催されるのは今回かぎりとなるが、両方を同時に優勝したドライバーはとうとう現れなかった。デトロイトのほうは土日で2レースを走った年も多かったにもかかわらずだ。それどころかたいていの場合、最高の栄冠を頂いた500マイルの勝者は次の週にあっさり2桁順位に沈んできた、と表したほうが実態に近い。ようするに、もとよりスーパー・スピードウェイと凹凸だらけの市街地コースに一貫性があるはずもないのである。フロント・ロウの顔ぶれはそのことをよく示しているだろう。

 一方で、最後のベル・アイル自体は非常に一貫したレースとなったように見える。なんといっても、この狭くバンピーなコースにして、スタートからチェッカー・フラッグが振られるまで一度もフルコース・コーションとならなかった(唯一のコーションは、先頭がフィニッシュしたあとに発生した事故によって導入された)のだ。ただ、その一貫性が、しかし過剰なまでに一貫していたがゆえに成り行きを少しばかり捻ってしまった面もあったように思えるレースでもあっただろう。全70周、燃料を満載して走れる距離が25周前後。70÷25が塩梅よく3を少し切る計算だから、おかしなタイミングでコーションが入ったりしなければ例年3スティント=2回ピットストップ作戦が主流で、事実ずっとグリーン状況が続いた今回も上位10台のうち8台を2ストップ勢が占めた。なるほど順調な進行であった以上、セオリーに沿った結論が出るのは当然だっただろうか? レースを見ていた人ならわかるとおり、もちろんまったくそうではなかったのである。実際のところ、めでたく今季初優勝を遂げたウィル・パワー、2位のアレキサンダー・ロッシ、3位のスコット・ディクソンの予選順位はそれぞれ16位、11位、9位と、常識的にはコーションなしで表彰台に登るなど考えにくい顔ぶれだった。ニューガーデンはどうにか4位に滑り込んだがそれも青息吐息のゴールで、ディクソンから13.5秒も離された完敗を喫している。

 それは順調に進んだレースが、おそらく順調にレーシングスピードで過ぎ行きたためにタイヤという一点の要素に集約された結果だった。そう、タイヤがすべてだったのだ。車両と路面の唯一の接点であるタイヤはレースカーにとって何より重要な部品であって、タイヤが機能しなければエンジンがどれだけ仕事をしようと車は前に進まないし、高性能のブレーキを装着しても制動距離は際限なく伸びていく。摩擦力の上限は旋回速度の上限にほかならない。タイヤの限界こそが車の限界を規定する。タイヤにはそのような唯一の機能がある。そしてまたタイヤは、レースカーの中でやはり唯一、レースの途中で消尽されること、破棄され新品へ交換されることが最初から予定されている特異な部分でもある。戦いの最中にこれほど極端に劣化し、しかし蘇りもする部品など他にはない。車の限界を定める要でありながら、その性能は生き物のように刻一刻と正負の極限まで変化して捉えきれない――だからこそタイヤの状態は競技者の思惑を飛び越えてレースを決めうる。他の要素とはまったく無関係に、ただそれだけでレースの有り様を撹乱し、変えてしまうときがある。レース中に硬さの異なる2種類のタイヤを履くよう義務づけるインディカーの規則には、その変容をなかば人為的に引き起こす意図が含まれてもいるだろう。デトロイトの一貫した進行と裏腹に結果が掻き乱されたのは、まさにこのタイヤの生態によるものだった。振り返ってみれば、上位の4人の選択はちょうど四様にわかれていたのである。

 ポール・ポジションのニューガーデンは、スタートで柔らかいオルタネート・タイヤを選択している。サイドウォールが赤く塗られた、いわゆる「レッド・タイヤ」だ。ピークのグリップが高い代わりに寿命が短いこのタイヤは、特に荒れた舗装のベル・アイルで毎年のように各チームを悩ませてきた。2ストップを狙うなら短いスティントでも20周近くを走らなければならないが、オルタネートはせいぜい10周強しか持たずにタイムを急落させてしまうからだ。それでも2ストップが機能するのは、ペースが低下してもなお1回多いピットで失う時間に対して十分に引き合うからで、死にゆくタイヤをうまく延命させればさせるほど、その優位は確たるものになっていく。オルタネートと向き合いコントロールすることに、ベル・アイルの鍵はある。

 実際、ニューガーデンはきわめて慎重にレースに入った。1周目から刻んだ79.78秒、79.47秒、79.02秒というラップタイムは、予選最速を記録したリーダーによるものとしては異様なほど遅い。中盤以降のレースが78秒を切り、ときには76秒台のペースで流れていたといえば、いかにタイヤに負担をかけずに1周でも長く走るかに心を砕いていたかが想像されるだろう。問題があったとすれば、にもかかわらず、例年にもましてベル・アイルの路面がタイヤに対して攻撃的だと思われたことだった。細心の注意もむなしく、ニューガーデンのタイムは周を重ねるごとに悪化していき、早くも8周目には80秒台に転落してしまう。後方に目をやれば、3ストップ作戦を採って3周でオルタネートを捨てたロッシが76秒から78秒で走っているころだ。1周あたり2秒から3秒を失いながらそれでも作戦の変更はもはや利かず、80秒を切れないまま14周目にはプライマリー――オルタネートとは反対に寿命の長い、サイドウォールが塗られていない「ブラック・タイヤ」――でのスタートを選択していたパワー、ディクソン、アレックス・パロウの3人から立て続けに攻略される。どのコーナーもブレーキングの位置が見るからに違っていて、まるで話にならない勝負だった。

 苦悩はそれに留まらなかった。さらに悪いことに、そのわずか2周後の16周目には、プライマリーに履き替えてから目覚ましいスピードを保ち続けていたロッシに追いつかれ、簡単に抜かれてしまったのだ。ロッシがタイヤを交換してから、まだ10周強しか経っていない。たったそれだけの距離を走るあいだに、ニューガーデンはピット1回分の大きなリードを食いつぶしたということだった。言うまでもなく2人はともにフィニッシュまで2回のピットストップを残している状態であり、そしてその2回ともプライマリーを履くだろう。すでに条件は等しく、見た目の位置関係がそのまま最終順位にも反映される。これでニューガーデンの敗北はもう確定したと言ってよかった。オルタネート・タイヤの失敗は、レースわずか20%のうちに、ポール・シッターから無情にも勝機を奪っていく。(↓)

 

予選最速だったニューガーデンの勝機は、序盤にあっさり潰えた

 

 ディクソンとパロウの2人は、ニューガーデンを抜いてから26周目までコースに留まり、そこでプライマリーからオルタネートに変更した。直感的には、これがもっとも賢い作戦のように思えた。性能に不安が残るオルタネートを、融通を利かせられない最終スティントに履くのはいかにも危険が大きそうだったからだ。最終盤にタイヤが終わり、後続から追い立てられたとしても、フィニッシュまでできることは我慢以外になくなってしまう。ましてフルコース・コーションが導入されて、リードを帳消しにされでもしたら? 実際、昨年のデトロイト・レース2で、スタートから67周にわたって先頭を走ったニューガーデンは最後のオルタネートが祟り、あと少しのところで優勝を明け渡した。不安な要素は先に片付けておくに如くはない。

 先に失敗したニューガーデンよりも、ディクソンははるかにうまくやった。レースがある程度距離を重ねて溶けたタイヤのゴムが路面に付着し、オルタネートへの攻撃性が和らいだこともあっただろう。極端にタイムを落とすことなく機械のように78秒台に張り付いて18周を乗りこなし、ゴールまでぎりぎり走りきれる26周を残してピットへと戻る。同じ作戦で走るチームメイトのパロウを5秒ほど引き離したのだから、見事なコントロールだった。ただそのディクソンにしても、ロッシを抑えきることはできずに終わった。ロッシはこの間76秒から77秒台で走り続けてディクソンがピットに戻る直前の43周目に背中を捉え、ターン3で遠距離から一撃のブレーキングをもってインに飛び込み、あっさりと攻略する。先のニューガーデンのときと同様、ディクソンはこれでロッシに対するピット1回分のリードを使い切り、優勝の可能性が消えた。(↓)

 

 

 パワーは最終スティントまでオルタネートを履かなかった。危うい賭けを含む作戦と言えた。昨年のチームメイトの失敗が思い出されるのはもちろん、それ以外にもリスクはあった。短い距離で済ませたいオルタネートを最終スティントに履くというのは、最後のピットストップを可能なかぎり遅らせる必要があることも意味するからだ。周囲がピットへ入る中でひとりステイアウトを続ける間に、もしコーションが導入されるような事故が発生したとしたら? 優勝を守るどころか、即座にリードラップの最後尾へと転落するだろう。それが机上で計算しただけの危険性にとどまらないことは、過去に幾度もあった事例が証明している。パワーがピットに向かったのは50周目の終わりで、ディクソンより6周も後だった。その狭間に何かが起こることは十分に考えられた。

 パワーの作戦は、レースが順調に進むこと、最後までコーションが入らないことを前提に組み立てられている。インディカーにおいて、それはけっして当たり前ではないどころか、むしろ都合のいい条件設定だ。路面の荒れた市街地コースで二十数台が戦う以上、コーションは前提とされなければならない。いつ起こるかはわからないが、かならず起こると想定したうえで、起こった場合のダメージを最小限にするのが、第一にあるべき考え方だろう。タイヤ交換の前にコーションとなればすべてが台無しになり、交換のあとにコーションが入っても不利なタイヤでリスタートに臨まなければならない、いずれにせよそうなれば勝ち目はない。パワーはその危険に目をつぶった。レースが何事もなく進行する可能性に――平常であるようでいてむしろ異例な可能性に賭けたのだ。(↓)

 

 

 それは成功した。狭間の6周のあいだにはもちろん、フィニッシュまでにもコーションが出ることはついぞなかった。すると、レース中盤よりもさらにラバーがのった路面は、賭けに勝ったにふさわしい報酬を与えてくれた。オルタネートに交換してから10周にわたって、パワーは少し前のディクソンよりも1秒速い77秒台で走り、後続との差を押しとどめたのである。51周目に16秒だったロッシとの差は、61周目が終わってもまだ12秒にしか縮まっていない。おそらくはこの10周がレースを決定づけた。そこから少しずつタイヤの劣化が始まり、しかも周回遅れの集団が前を塞いだためにパワーのペースは大幅に下落する。たが、レースの流れをコントロールして61周目までに残した貯金が、最後の支払いに足りた。最後の3周、周回遅れを抜きあぐねるパワーはロッシから1周あたり2.5秒も速いペースで追い上げられたものの、70周目のチェッカー・フラッグを1秒差で踏みとどまったのである。

 もちろんそれぞれの車の素性が違う以上、単純に比較することは適切ではあるまい。だが、ここまでタイヤの順序と結果が相関したのを見てしまうと、どうしても意味づけをしたくなってしまうものだ。このデトロイトは、オルタネート・タイヤという異物の扱いを問うレースだった。ニューガーデンは先に使おうとして失敗し、賢く使ったディクソンはそれなりの順位を手にする。そしてリスクを負って効率よく使ったパワーが果実をもぎとった、というわけだ。そして異なる手法で明暗のわかれた三者のあいだを、ピットストップと引き換えに使わない選択をしたロッシが貫いていく。パワーとロッシの差は紙一重だったが、それでもオルタネートを使い切る選択が正しかったという結論は得られた。終わってみれば、厄介な異物をもっとも優しく、丁寧に、正しく扱った者が、正しく表彰台の頂点にたどり着いたということだ。予選16位からの優勝は、一見すると奇跡の大逆転に感じるが、実際の戦いはまるでポール・ポジションから効率よく逃げ切ったかのようだ。コーションのない一貫したレースが導いたのは、結局のところ一貫した結果にすぎなかったのかもしれない。■

ベル・アイルで行われるのは今年が最後。恒例だった噴水に飛び込むセレモニーも見納めとなる

Photos by Penske Entertainment :
Chris Owens (1, 2, 4)
James Black (3, 5)

ヴィクトリー・レーンへ招かれるために

【2022.5.29】
インディカー・シリーズ第6戦 第106回インディアナポリス500

(インディアナポリス・モーター・スピードウェイ)

インディアナポリス500マイル――インディ500。その名の響きすら耳から胸奥へと甘美に吸い込まれていく、世界でもっとも偉大なレースに優勝しようとすれば、いったい何を揃えなければならないというのだろう。周囲を圧する図抜けた資質、戦いに赴くための弛みない準備、周囲をも巻き込んで邁進する無限の情熱、恐れを振り払い右足のスロットルペダルを踏み抜く勇気と、しかしけっして死地へは飛び込まない冷静な判断力……もちろん重要だ。これらのうちどれが欠けても、きっと最初にチェッカー・フラッグを受けることは叶わない。だが、と同時に、年を重ねてインディ500を見るという経験がひとつずつ増えるたびにこうも思う。これらのすべてを、いやさらにもっと思いつくかぎりのあらゆる要素を並べてみたところで、結局このすばらしいレースを勝とうとするなどできるはずがないのだと。速さも、強さも、緻密さも、環境も、運さえも、尽くすことのできる人事は全部、33しかないスターティング・グリッドに着き、500マイルをよりよく走るためのたんなる条件にすぎない。その先、世界で唯一の牛乳瓶に手を触れるには、レースのほうが振り向いて手招きしてくれるのを待つ以外に仕方がない。

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スコット・ディクソンは失敗によって姿を現す

【2020.9.12-13】
インディカー・シリーズ第10−11戦

ホンダ・インディ200・アット・ミッドオハイオ
(ミッドオハイオ・スポーツカー・コース)

しょせん素人がテレビの前に座っているだけで抱いた直感などあてにならないものだ。ショートオーバルを舞台としたボンマリート500の週末を見ると、土曜日のレース1では直前のインディアナポリス500マイルを制した佐藤琢磨が知性と速さを両立させた最高の走りを見せてスコット・ディクソンを追い詰めた一方、路面状態が急変した翌日のレース2では2人とも後方へ退けられたのだった。それはまるで、オーバルという緩やかなコースの共通性によって連続していたはずの2つの週末が、路面の変化によって乱されて突然に断ち切られた結果のように思われた。例年ならインディ500の翌週に行われるのは市街地コースのデトロイトなのだ。最初から連続性は明らかに断ち切られており、だから500マイルの歓喜を味わった勝者はほとんどの場合、次の週末には大敗を喫する。偶然の日程変更に見舞われた今年、その断絶はすぐにはやってこなかった。佐藤もディクソンも一貫したオーバルの中にいちどは高度な運動を継続し、しかし固定的なコースレイアウトではなく予測不可能な小さな状況の変化によってようやく、少しだけ遅れて断ち切られたのがボンマリート500の顛末だったと見えたのである。  だが、いまこうやってミッドオハイオの週末まで終わってみれば、断絶されたように感じたボンマリート500のレース2も、しかしインディ500からの連なりの中にあったことに否応なく気付かされる。佐藤にしろディクソンにしろ、抜けないコース状況や行儀の悪いライバルの行為によって望んだ結果を得られなかったとはいえ、必ずしもレースにおいてもっとも重要な速さを欠いたわけではなかった。その顛末は自分の状態と結果が不運にも噛み合わなかっただけの、インディカーにおいてときどき起こるささやかな偶然にすぎなかった。本当の断絶はそうではなく、突如として自分の中にあった本質がすっと溶け出て失われてしまうかのように存在そのものが希薄になるものだ。だとすれば、インディ500の英雄たちが真に傷つけられたのはボンマリート500のレース2などではなく、ミッドオハイオの週末だったと考え直すべきだろう――まったく、前回の見立てはすっかり見当違いだった。

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断ち切られなかったショートオーバルに佐藤琢磨は500マイルの自分さえ超えていく、あるいは日曜日の蹉跌

【2020.8.29-30】
インディカー・シリーズ第8−9戦

ボンマリート・オートモーティヴ500
(ワールド・ワイド・テクノロジー・レースウェイ)

インディアナポリス500マイルが終わると、少し気の抜けたままに次の週末が訪れる。もっとも偉大な日曜日から間をおかず、翌週にダブルヘッダーのレースが開催される日程はすっかり定番となったが、最高の栄誉に浴したドライバーたちの1週間後はたいてい奮わないようだ。デトロイトで2レースイベントを行うようになった2013年から昨年までの7年間14レースのうち、直前のインディ500優勝者が表彰台に登ったのは2018年レース2のウィル・パワーたった1度きり。1桁順位でゴールしたのも3人で5回だけで、2017年の佐藤琢磨がレース1で8位、レース2で4位に入るまでじつに5年ものあいだ、ベル・アイル市街地コースはことごとく500の勝者を下位へと沈めてきた。

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不測のコーションが、またひとつ日常をもたらす

【2020.7.4】
インディカー・シリーズ第2戦 GMRGP
(インディアナポリス・モーター・スピードウェイ・ロードコース)

昨年の5月、フランス人として99年ぶりにインディアナポリス500マイルを優勝したシモン・パジェノーは、その2週間前に同じコースのインフィールド区間を使用して行われるインディカーGPを制している。その前の年、2018年のウィル・パワーもまた、同じくインディカーGPとインディ500をともに手にして、歓喜の5月に身を沈めた。まだ世界がこんなふうになるとは思いもしなかったころだ。パジェノーは最終周のバックストレートで走行ラインを4度も変える決死の防御を実らせた果てに、一方パワーはフルコース・コーションに賭けた伏兵が燃料切れになってピットへ退いた後に、チェッカー・フラッグのはためくフィニッシュラインを真っ先に通過していった。激動、あるいは静謐。対照的な幕切れは、しかしどちらも感動的で感傷に溢れた、見る者の涙を誘う初優勝だった。インディカーのあらゆる感情は、5月に溢れ出して引いていく。

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スコット・ディクソンの優勝にインディカーの日常は取り戻される

【2020.6.7】
インディカー・シリーズ開幕戦 ジェネシス300
(テキサス・モーター・スピードウェイ)

6月になった。もちろんこんな形での開幕を望んだわけではなかったし、その理由について触れなければならないことも厭いたくなる。レースはどんなときも自由で、社会のあらゆるしがらみから解放されてただそこにある、だから自分はサーキットに現れる一瞬だけを発見し、切り取り、言語化して書き付ければいいのだとずっと思ってきた。いまその気持ちに変化が生じたわけではないが、世界に新しく拡がった病がレースという営みそのものを想像もしなかった側面から襲い、壊したために、意図的に装っていた純粋さは脆くも崩れてしまった。レースは社会の情勢に左右される――社会はレースを行わない決定をしうる。コースに現れる運動だけがすべてではない。当たり前のことだが、考えたくなかった現実でもある。決定的な解決、とまではいかずとも緩和の手立てが見つかるまで、COVID-19は、ほかの何もかもに対してそうするようにレースをも脅かし続けるだろう。自分の愛する競技に、競技とは別の不純物が不可避に侵入してくる。セント・ピーターズバーグの中止(関係者の努力によって、これはシーズン最終戦への延期へと振り替えられた)が決まった3月12日を境に、すべてはそう変わった。たとえばこのテキサスについて書こうとするなら、枕詞のように「COVID-19の影響でシーズン開幕が延期された2020年インディカー・シリーズの第1戦」と註釈をつけないわけにはいくまい。たかがその程度の感傷が現実の命の危機に比べればとんでもなく軽々しいものだとわかっていても、そう書きつける瞬間に突きつけられるレース以外のなにかに純真を汚される気がして、やるせなくなる。

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裏表のスコット・ディクソンを、過去として見る日がいつか来る

【2019.6.1-2】
インディカー・シリーズ第7/8戦 デトロイト・グランプリ
(ベル・アイル・レースウェイ)

たぶん多くの観客の記憶にはさして残っておらず、またレース結果や形勢にたいした影響を及ぼすでもない、個人の抽斗にしまっておかれるような類の思い出があるとするなら、わたしにとってそのひとつは、以前にも書いたとおり2004年F1中国GPの十何周目かにミハエル・シューマッハがスピンした場面だったりする。当時のわたしはどうにか就職を決めた大学4年生で、いまは休刊になったとあるモータースポーツ雑誌の編集部にDTP制作のアルバイトとして潜り込んでおり、収入は乏しいながらも有料放送の生中継を見られる贅沢な立場なのだった。曇り空に覆われ、明るいとは言えない雰囲気が漂う上海インターナショナルで真っ赤なフェラーリがタイヤスモークを上げたかどうか、ともかくも横を向いたターン13が映し出されて、周囲の大人たちが苦笑いしたかと思う。

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2019年の開幕に現れたのは、2010年代に描かれたいくつかの物語だった

Photo by : Joe Skibinski

【2019.3.10】
インディカー・シリーズ開幕戦 セント・ピーターズバーグGP
(セント・ピーターズバーグ市街地コース)

連続する時間の流れをどこかで区切ろうとするのはけっして自然なものではなく、人間の勝手な都合による社会的行為というべきだろう。たとえば、まもなく変更される日本の元号と西暦の関係を考えれば明らかだ。日本人がこの30年間を「平成」という時代として捉えて終わりを惜しみ、なにか特有の世相があったはずだと回顧している一方で、和暦とまったく無縁な外国人にとってみれば2019年5月1日に前後を分ける境界線が見えるはずもないのだから。あるいは「’90年代」「’10年代」といった具合に、しばしば西暦の10の位をもってひとつの年代に纏めてしまう場合があるが、その10年間は「昭和50年代」「平成20年代」といった和暦の10年間とは一致しない。われわれはときに昭和40年代と50年代になにか必然的な差異があったかのように振る舞うにもかかわらず、両者を5年ずつ含んでいる1980年代と’90年代の違いにも意味があるようにてらいなく線を引く。結局、その区別は語り手の問題だ。われわれはその時々によってどうとでも設定しうる区切りを都合よく摘み上げ、採用しているにすぎない。時代とはつねに恣意的な物語、自然にある科学ではなくて創作なのである。

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スコット・ディクソンは自らの静謐さを選手権に押し拡げた

Scott Dixon hoists the Astor Cup on stage after winning the 2018 Verizon IndyCar Series championship at Sonoma Raceway -- Photo by: Joe Skibinski

Photo by: Joe Skibinski

【2018.9.16】
インディカー・シリーズ第17戦(最終戦) グランプリ・オブ・ソノマ

終わってみると、ずいぶんと穏やかに過ぎた半年間だったと思えてくる。選手権の逆転に希望を託してソノマに臨んだアレキサンダー・ロッシの冒険が1周目のターン1でほぼ終わり、シーズンを総括する試みが宙に浮かんで捉えられないまま最終戦の数十周が過ぎていったからでもあるだろう。ロッシが迂闊としか見えない加速であろうことか実質的なチームメイトのマルコ・アンドレッティに追突し、フロントウイングの破損とパンクに見舞われた瞬間に、ソノマ・レースウェイを覆っていた緊張感の大半が解けて霧散していった、事実上2人に絞られていたチャンピオン争いの行方は、最初のグリーン・フラッグが振られてものの数秒のうちに決定づけられてしまったのだ。以降チェッカー・フラッグにいたるまでの2時間足らずのあいだは、初夏のころからずっと選手権の首位を保っていたスコット・ディクソンが丁寧にこの年を閉じるのを見守るための日になりそうだった。
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スコット・ディクソンは形而上の中空を浮遊している

Scott Dixon streaks across the start-finish line during the DXC Technology 600 at Texas Motor Speedway

Photo by: Chris Owens

【2018.6.9】
インディカー・シリーズ第9戦 DXCテクノロジー600(テキサス)

現代のインディカー・シリーズにおいて、スコット・ディクソンこそがもっとも成功しているドライバーだと主張されて異論を差し挟む者はそういまい。今季デトロイト終了時点で通算42勝は歴代3位タイ、1位のA.J.フォイトと2位のマリオ・アンドレッティが活躍した時代は半世紀も遡り、ダートトラックでもレースが行われていたほど大昔だから、事情の大きく異なる現代で歴史を更新し続けているのは驚嘆すべきことだ。年間王者はじつに4度、史上最長となる14年連続で勝利を挙げ、言うまでもなくインディアナポリス500マイルも優勝している、などなど、実績をただ羅列するのはいかにも芸のない文章の書き出しだが、実際そうするほかないほど、彼の歩みは栄光に満ちている。強者に寄り添う観戦が好みなら、ひとまずディクソンを見つめておくがいい。レースの週末を過ぎたときにはおおむね満足感を抱いているはずだ。彼に大きく失望する場合などまず訪れるものではない。
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