ジョセフ・ニューガーデンをめぐるアイオワのプライム

【2022.7.23-24】
インディカー・シリーズ

第11戦 HY-VEEDEALS.COM 250
第12戦 HY-VEE SALUTE TO FARMERS 300
(アイオワ・スピードウェイ)

A – レース1:今季唯一のダブルヘッダーとなるアイオワのオーバルレースで、7月24日土曜日に250周の決勝が行われるレース1(HY-VEEDEALS.COM 250)のポール・ポジションを獲得したのはウィル・パワーだった。おなじみの2周連続アタック形式を採用した予選である。レース1のスタート順を決める1周目に、パワーは直前にアタックを終えたチームメイトのジョセフ・ニューガーデンを上回る178.199mphの最速ラップを叩き出し、今季2度目、通算65度目のP1を手中に収めた。正直なところYouTubeの映像だけでその速さの詳細を窺い知ることはできないが、すでに現役最高水準のオーバル巧者としての地位を確立して久しい41歳にふさわしい結果だったと言えよう。

 A’ – レース2:今季唯一のダブルヘッダーとなるアイオワのオーバルレースで、7月25日日曜日に300周の決勝が行われるレース2(HY-VEE SALUTE TO FARMERS 300)のポール・ポジションを獲得したのはウィル・パワーだった。おなじみの2周連続アタック形式を採用した予選である。レース2のスタート順を決める2周目に、パワーは直前にアタックを終えたチームメイトのジョセフ・ニューガーデンを上回る178.013mphの最速ラップを叩き出し、2戦連続3度目、通算66度目のP1を手中に収めた。正直なところYouTubeの映像だけでその速さの詳細を窺い知ることはできないが、すでに現役最高水準のオーバル巧者としての地位を確立して久しい41歳にふさわしい結果だったと言えよう。

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だれも優勝へ導かれたりはしない

【2022.6.12】
インディカー・シリーズ第8戦 ソンシオGP・アット・ロード・アメリカ
(ロード・アメリカ)

いつごろからなのか定かでないが、GAORAのインディカー中継でアレキサンダー・ロッシが画面に映し出されると、実況の村田晴郎が「ロッシはもう長いあいだ勝利から遠ざかっています」と伝えるのが恒例になったかと思う。その「長いあいだ」の期間もどんどん延びていて、1年半が2年になり、2年半になり、いよいよ3年に手が届く比おいに来てしまった。2016年のインディアナポリス500で奇跡的な初優勝を上げ、またたく間にキャリアの階段を駆け登っていったはずだったのに、「最近の優勝」はいつまでも2019年ロード・アメリカで更新されず、「7」に張りついたままの通算勝利数はすっかり固着して剥がすのに難儀しそうだ。当時は主役だった選手権争いからもすっかり後退して、今となっては10位前後をうろうろしている。

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予選16位からの逃げ切り

【2022.6.5】
インディカー・シリーズ第7戦 シボレー・デトロイトGP

(ベル・アイル市街地コース)

インディアナポリス500マイルでいいところのなかったジョセフ・ニューガーデンと佐藤琢磨――後者については決勝にかんして、という留保がつこうが――が、ほんの1週間後のデトロイトのスタートでは1列目に並んでいるのだから、つくづくインディカーというのは難しいものだ。世界最高のレースを制したドライバーとなってNASDAQ証券取引所でオープニング・ベルを鳴らしたりヤンキー・スタジアムで始球式を行ったり(野球に縁がなさそうなスウェーデン人らしく、山なりの投球は惜しくも捕手まで届かなかった)、もちろん優勝スピーチを行ったりと多忙なウィークデイを過ごした直後のマーカス・エリクソンは予選のファスト6に届かず8番手に留まり、といってもこれはインディ500の勝者が次のデトロイトで得た予選順位としてはことさら悪くもない。目立つところはなかったものの、決勝の7位だって上々の出来だ。デトロイトGPがインディ500の翌週に置かれるようになってからおおよそ10年、来季からはダウンタウンへと場所を移すためにベル・アイル市街地コースで開催されるのは今回かぎりとなるが、両方を同時に優勝したドライバーはとうとう現れなかった。デトロイトのほうは土日で2レースを走った年も多かったにもかかわらずだ。それどころかたいていの場合、最高の栄冠を頂いた500マイルの勝者は次の週にあっさり2桁順位に沈んできた、と表したほうが実態に近い。ようするに、もとよりスーパー・スピードウェイと凹凸だらけの市街地コースに一貫性があるはずもないのである。フロント・ロウの顔ぶれはそのことをよく示しているだろう。

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The Josef Newgarden Move

【2022.5.1】
インディカー・シリーズ第4戦

ホンダ・インディGPオブ・アラバマ
(バーバー・モータースポーツ・パーク)

ごくごく私的な、だれにも共有されえない感情にすぎないこととして、昨年のアラバマをいまだに口惜しく思ったりもするのである。あのレースにジョセフ・ニューガーデンはいなかった。レース開始からほんの数十秒も経っていなかったころ、1周目のターン4を立ち上がった瞬間にバランスを崩してスピンを喫したのだ。スタート直後の混戦のさなか、コースを横断しながら回る車を後続が避けられるはずもなく、最初に追突したコルトン・ハータをはじめ数台を巻き込む多重事故の引き金となって、ニューガーデンのレースは終わった。ピンボールのように何度も弾き飛ばされて、進行方向とは逆向きに止まったとき、すでにフロントウイングが落ち、サスペンションアームは折れて右前輪がひしゃげてつぶれていただろうか。不規則に四方をぶつけられた証拠に対角の左後輪もパンクしていて、すでにレースカーとしての機能を喪失したコクピットの中で、カメラに捉えられた事故の主はヘルメットのバイザーを上げて自分の無事を知らせると、それからステアリングを2度か3度回した。もちろん車は息絶えていて、走り出すことはない。

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運動の断片を集めてレースに還元しない

【2022.4.8】
インディカー・シリーズ第3戦

アキュラGP・オブ・ロングビーチ(ロングビーチ市街地コース)

すばらしいレースだった、などと口にすればいかにも陳腐で、まったく何も語らないに等しいだろう。しかし事実、そうだったと思わずにいられないときはある。昨季の最終戦からまた春へと戻ってきたロングビーチは、美しい運動を詩的な断片としてそこかしこにちりばめ、儚い、感傷的ですらある印象とともにチェッカー・フラッグのときを告げた。日本では未明から、すっかり朝を迎えようとする時間に、そんなレースを見ていたのだ。断片。断片だったと書いてみて気づく。断片だけがあった。去年、チャンピオン決定という強固で具体的な物語の舞台となった場所で、そんな散文的な文脈から切り離された純粋な運動の一節だけがひとつひとつ漂っていたようだった。

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最後かもしれないテキサスに、スコット・マクロクリンが刻んだ履歴

【2022.3.20】
インディカー・シリーズ第2戦

XPEL 375(テキサス・モーター・スピードウェイ)

当然、レースが始まる前からとっくにわかりきった成り行きだったのである。スコット・マクロクリンは、先の開幕戦でインディカーにたしかな足跡を残したばかりだった。驚くべき予選アタックでポール・ポジションを獲得し、スタート直後から後続を突き放して、フルコース・コーションにも囚われることなく、最後には追いすがる昨季のチャンピオンを周到に振り払って逃げ切ってみせる。マクロクリンが過ごしたセント・ピーターズバーグの顛末に非の打ちどころがあるはずもなかった。感嘆に満ちた初優勝は、つい半年前まで抱いていた彼への凡庸な、いや凡庸と言うにさえ及ばない印象をたったひとつのレースであらためさせた。観客の立場で眺めていると、こんなふうにレーシングドライバーが一夜にしてそのありかたを激変させる瞬間があるように思える。それは当たり前かもしれない。われわれは彼らを2週間に1度だかの頻度でしか行われないレースで不連続に知る以外なく、レースにおいてさえほとんどの場面で彼らは視界の外にいる。萌芽を見る機会に恵まれたとしてもたいてい偶然で、多くの場合、花が開いてはじめてその存在に気付かされるのだ。唐突な邂逅に至るまでにあった成長の過程を観客は知る由もない。ただ、過程を知らないからこそなおさら、開花に立ち会ったときに経てきた時間を想像し、そこにはすでに才能が充溢していると信じるべきであるだろう。豹変を侮ってはならない。

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困惑のレースが困惑の選手権を導く

【2021.8.21】
インディカー・シリーズ第13戦

ボンマリート・オートモーティブ・グループ500
(ワールドワイド・テクノロジー・レースウェイ)

気がつけばいつの間にか、ジョセフ・ニューガーデンが先頭にいるのだった。いや、その言い方はまったく正しくない。先頭が入れ替わった瞬間は余すところなく伝えられていて、見逃していたわけではなかったのだ。57周目から58周目にかけて、この日3度目となったイエロー・コーション中の集団ピットストップで、3番手から飛び込んできたニューガーデンが5.9秒の手早い作業で発進し、チームメイトのウィル・パワーと、それまでリードを保ってきたコルトン・ハータに先んじてブレンド・ラインを通過した場面。チーム・ペンスキーが鮮やかな手際で自らに主導権を引き寄せたこのレースのハイライトのひとつを、テレビカメラはターン1の高所から捉えている。作戦を工夫してステイアウトした車がいたために数字上は2番手争いではあったものの、その実質はもちろんリードチェンジだ。曖昧なところはいっさいなく、逆転は明確に認められていたはずだった。

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マーカス・エリクソンの正しい敗戦に、インディカーの変化を知る

【2021.7.4】
インディカー・シリーズ第10戦 ホンダ・インディ200・アット・ミッドオハイオ

(ミッドオハイオ・スポーツカー・コース)

レースは80周目、すなわち最後の周回を迎えている。2番手を走るマーカス・エリクソンが、画面の端からひときわ勢いよく左の低速ターン6へと進んでいき、下りの旋回で一瞬後輪の荷重が抜けたのかゆらりと針路が乱れたのを認めたときには、瞬時のカウンターステアですぐに体勢を立て直し、さらに坂を下りきって切り返しのターン7へと駆けていくのだった。0.6秒強のすぐ先には、何度かの不運によって今季いまだ優勝のないジョセフ・ニューガーデンが逃げていて、エリクソンの意志に満ちた旋回と比べるとずいぶんに余裕を持って、それとも必要以上に緩慢にこの小さいS字コーナーを回っているように見える。カメラが横に流れ「HONDA」のロゴマークを掲げたゲートをくぐる2台を見送るとすぐ、今度はターン8を斜め前から見下ろす画面へと切り替わって、やはりのたりとした印象を伴いながら向きを変えるニューガーデンと対照に、エリクソンは明らかにブレーキングを遅らせて高い速度で進入し、内側の縁石に片輪を少しだけ深く載せたと思うと、後輪だけが外へ流れ出して進行方向が急激に変わるのである。なめらかな曲線が乱れ、フロントノーズを巻き込んであるいはスピンに至るかとさえ見えた次の瞬間、しかし再度のカウンターステアによってチップ・ガナッシ・レーシングの赤い車はコーナーの出口に向き直す。曲線はあるべき形を取り戻し、ターン9へと続いてゆく。

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受け入れがたい不運の連続がペンスキーの敗因を見えづらくしている

【2021.6.27】
インディカー・シリーズ第9戦 REVグループGP

(ロード・アメリカ)

今年に入って、チーム・ペンスキーがどことなく調子に乗り切れていないことには早いうちから気づいていた。開幕を迎えたアラバマの、あろうことか1周目でジョセフ・ニューガーデンが数台を巻き込むスピンを喫したミスがすべての始まりだった、と言ってしまうのはなんの因果もない勝手な物語の捏造だが、3人のチャンピオン経験者と1人の新人がその後どれだけのレースを走り、のべ何周を走っても、噛み合うべき歯車が欠けたまま上滑りしたような印象がずっと付き纏っていたのはたしかだ。事実、彼らは第8戦のデトロイトに至っても表彰台の頂点に顔を出せずにいたのである。GAORAで語られたところによると、ペンスキーが開幕から8連敗を喫したのは、第8戦で優勝した2013年を超える最悪の記録(歴史を遡ればもっと悪い年もあるので、これはおそらく2002年にCART/チャンプカーからIRL/インディカーへ移って以降で、という話であろう)のようだから、なるほどかつてない非常事態であるようにも見える。

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ポールシッターが、ようやく正しいレースをした日

【2021.4.25】
インディカー・シリーズ第2戦

ファイアストンGPオブ・セント・ピーターズバーグ
(セント・ピーターズバーグ市街地コース)

たとえば、日本のF1中継で解説者を務める川井一仁が好んで口にするような言い方で、こんな「データ」を提示してみるのはどうだろう――過去10年、セント・ピーターズバーグでは予選1位のドライバーがただの一度も優勝できていないんです、最後のポール・トゥ・ウィンは2010年まで遡らなければなりません。“川井ちゃん”なら直後に自分自身で「まあただのデータですけど」ととぼけてみせる(数学的素養の高い彼のことだから、条件の違う10回程度のサンプルから得られた結果に統計的意味がないことなどわかっているのだ。ただそれでも言わずにいられないのがきっとデータ魔の面目躍如なのだろう)様子が目に浮かぶところだが、ともかくそんなふうに過去の傾向を聞かされると、飛行場の滑走路と公道を組み合わせたセント・ピーターズバーグ市街地コースには、逃げ切りを失敗させる素人にわからない深遠な要因が潜んでいると思えてはこないか。

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