スキャンダルのあとさき

【2024.4.28】
インディカー・シリーズ第3戦

チルドレンズ・オブ・アラバマ・インディGP
(バーバー・モータースポーツ・パーク)

今季開幕戦のセント・ピーターズバーグを振り返って、わたしは「再スタート直後の攻防がすべてだった」と書いた。31周目のそれが優勝争いを決定づける一幕だったからだ。その日、ポールシッターとして支配的にレースを進めていたジョセフ・ニューガーデンは、フルコース・コーション中に行われたピットストップの不手際で3位に順位を落とし、一転窮地に陥る。だが、再スタートを迎えるとすぐ眼の前のコルトン・ハータに追いつくとターン4ですぐさま2位に上がり、ほどなく首位を取り返す印象深い戦いで優勝を飾ったのだった。逆転に至るその力強い過程にはニューガーデンの、とりわけ20代のころのエネルギーに満ちた彼を思い起こさせる運動が横溢しており、結果は残しつつもどこか煮えきらなさが残ったここ数年の停滞を打破する充実を感じさせた。まさかその陰に前代未聞の不正が蠢いていたなど、考えもしなかったのである。

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奇跡のスコット・ディクソン

【2024.4.21】
インディカー・シリーズ第2戦 アキュラGP・オブ・ロングビーチ
(ロングビーチ市街地コース)

ジョセフ・ニューガーデンが2度目のピットストップをつつがなくこなしたのを見届けて、2年ぶりのロングビーチGP優勝にして、開幕戦に続く選手権2連勝は堅いと思われた(と、記事を書いている最中にまさかの事態が起こった。なんと開幕戦においてチーム・ペンスキーが本来プッシュ・トゥ・パス(PTP)が認められないスタートおよびリスタート直後にも使用できるように設定していた事実が判明し、これによって利益を得たとされたニューガーデンはチームメイトのスコット・マクロクリンともども失格に処せられたのである)。なんとなれば、ひとり勝手に楽勝のごとき雰囲気を抱きすらしたものだ。それほどに楽観視してよいはずの展開だった。だというのに、まさかあのような結末になろうとは、中盤に悠々とラップリードを重ねていた彼のレースにどんな見込み違いがあったのだろう。たしかにひとつだけトラブルには遭遇した。想定外の負け方をした直接の原因を挙げるとすれば、2位走行中の77周目に最終ターンでコルトン・ハータから追突され――追突した側の言い分は異なっていて、ハータの主張によれば「旋回中にニューガーデンがいきなり失速したせいでぶつかった」――、一時的に駆動力をなくしたせいだ。フロントストレッチへの立ち上がりに向けてまったく加速できなくなった時間はほんの数秒に過ぎなかったが、その間にハータとアレックス・パロウの先行を許し、中途に築いた4秒のリードから一転、4位にまで順位を下げてゴールを迎えたのだった。

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コルトン・ハータの成功とレースの失敗

【2024.3.10】
インディカー・シリーズ(非選手権) 100万ドルチャレンジ
(ザ・サーマル・クラブ)

ローリングスタートの直後からスピードがなく、見る間に集団から離れていくコルトン・ハータの姿を認めて、当然、なにか不運なトラブルに見舞われたのだと思った。インディカー・シリーズの一戦ではなく、総額100万ドルの賞金を懸けたエキシビションレースとして行われた「100万ドルチャレンジ」の「オールスターレース」前半――耳になじまない言い方だが、用語に忠実になろうとするとこう書くほかないのである――開始直後のことだ。10代のうちに初優勝を果たして将来を嘱望されたハータも、ここ2~3年はすっかり精細を欠いて、シリーズの主役から遠ざかっている。一時はF1さえ囁かれたにもかかわらず、現状はいささか寂しい。非選手権の花レースといっても、1周目からの唐突な失速は現状をよく表しているのかもしれないと感じたのである。

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ジョセフ・ニューガーデンらしい/らしくない逆転のポール・トゥ・ウィンは2024年のインディカー・シリーズを占うか

【2024.3.10】
インディカー・シリーズ第1戦 ファイアストンGP・オブ・セント・ピーターズバーグ
(セント・ピーターズバーグ市街地コース)

2024年の劈頭にジョセフ・ニューガーデンがポール・ポジションを獲得したのを認めたとき、思わずわが目を疑ったのだった。チーム・ペンスキーのエースたる彼を軽く見るはずはないし、もとよりわたしにとってもっとも愛してやまないドライバーなのだから、侮るなど微塵も考えられないことだった。にもかかわらず、いやむしろ愛し、よく見つめ、知っているつもりだからこそ、最速タイムを記録した予選に驚かざるをえなかったのである。ニューガーデンがポール? セント・ピーターズバーグで? そんなことが本当に起こるものか?

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選手権後のレースで、選手権にふさわしいアレックス・パロウを知る

【2023.9.10】
インディカー・シリーズ第17戦 ファイアストンGP・オブ・モントレー
(ウェザーテック・レースウェイ・ラグナ・セカ)

消化試合である。2023年のインディカーは、最終戦のラグナ・セカを待たずして選手権の行方が決定した。先の記事でも書いたとおり、2007年にチャンプカーでセバスチャン・ブルデーが達成して以来の、またインディカーの枠組みにかぎれば2005年のダン・ウェルドン以来の出来事ということだった。このブログもそれなりに長く続けてきたつもりだが、それでも最初の記事から数年遡らなければならない。異例といってよいだろう。ワンメイクのシャシー、チーム・ペンスキーとチップ・ガナッシ・レーシングの二大巨頭がずっと絶妙に均衡してきたこと、波瀾のレース展開をある程度許容する競技ルール、そしてもっとも大きな影響を及ぼすポイントシステム――4年前までそうだったように最終戦の得点が2倍に設定されていれば、ほとんど計算上の形式にすぎないとはいえ今季のチャンピオン決定も最後に持ち越されていた――。そうしたもろもろの要素が選手権を巧みにかき混ぜ、最終戦まで続く戦いを演出してきたのがインディカーだった。

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Hello, Palou !

【2023.9.3】
インディカー・シリーズ第16戦 ビットナイル.com GP・オブ・ポートランド
(ポートランド・インターナショナル・レースウェイ)

正直に言うと、退屈なレースになるのではないかと思っていた。というのも、選手権の得点がレースに対して妥協を正当化する状況だったからだ。このポートランドが始まる前、2度目のチャンピオンに王手をかけるアレックス・パロウは565点、追いかけるスコット・ディクソンは491点を獲得しており、予選1位の1点はどちらにも入らなかった。74点差。1レースで獲得できるのは最大54点で、レースが終わったときにこの点差以上になっていれば最終戦を待たずしてパロウのチャンピオンが決定する(順位の兼ね合いで、同点の場合パロウがディクソンを上回ることはすでに確定していた)。リタイアという不測の事態ですべてを失う可能性がつきまとうのがモータースポーツのつねであるとはいえ、圧倒的に優位な立場のパロウが難しいレースに挑む必要はないだろうと思われた。ここで表彰台に上ればディクソンが最多ラップリードとともに優勝しようともチャンピオンが決まるわけだし、よしんば最悪0周リタイアに終わったとしても首位は揺るぎない。要は、最終戦と合わせて2レースでたかだか34点取ればいいだけの話なのだ。そのたやすさは、レースにとってもっとも情動を揺さぶられる瞬間、たとえば神経を研ぎ澄ますスパートや接触寸前の攻防を避けて積極的に引き下がってもよい理由となるはずだった。選手権はレースがあってはじめてその存在に意味を見出せるシステムだが、それはレースをおもしろくする薬にもなれば魅力的な瞬間を覆い隠す毒にもなりうる。

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成し遂げられなかった全勝にジョセフ・ニューガーデンの偉大さを思う

【2023.8.27】
インディカー・シリーズ第15戦 ボンマリート・オートモーティヴ・グループ500
(ワールド・ワイド・テクノロジー・レースウェイ)

レースぶりはけっして優れていたとは言えず、むしろ終始劣勢だった中で幸運に見出された勝機を手繰り寄せた薄氷の優勝だったが、とはいえ今年5月、ジョセフ・ニューガーデンは世界最高のレースであるインディアナポリス500のヴィクトリー・レーンに足を踏み入れ、自らのキャリアにほとんど唯一残っていた空白を埋めた。通算29勝、インディ500優勝、2度のシリーズ・チャンピオン。あらゆるタイトルを手中に収め、そして記録上の数字だけでは見えてこない美しい運動の数々をフィールドに刻んできたニューガーデンが、インディカー史を語るうえで欠くべからざる偉大なドライバーであるのは疑いようがない。だが、現に偉大であることを承知のうえでなお、彼がもう少し早く生まれていたとしたら、と仮定を弄してみてはどうだろうか。するとわれわれは、いまよりもっと偉大な歴史を目の当たりにしていたかもしれない。つまりニューガーデンが米国のオープンホイールレースが統合された現代ではなく、おおよそ20年を遡ったころに走っていれば、もしかしたら伝説的な時代の支配者になっていたのではないかと想像するのである。

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インディカー・シリーズはいつでも反転の可能性を秘めている

【2023.8.12】
インディカー・シリーズ第14戦 ギャラガーGP
(インディアナポリス・モーター・スピードウェイ・ロードコース)

つくづく、インディカー・シリーズとは不思議なカテゴリーだと思う。中堅チームとして存在感を示すレイホール・レターマン・ラニガン・レーシングの春先は、けっして芳しいものとは言えなかった。とくにグレアム・レイホールの状態は深刻に見えて、予選結果を並べると24位だの27位だの20位だの見るに忍びない数字が連なり、せいぜい5月の第5戦、今回とおなじインディアナポリス・モーター・スピードウェイのロードコースにおいて行われたGMR GPでの8位が慰めになる程度のものでしかなかった。34台がエントリーしたインディアナポリス500マイルではたった1台バンプアウトされる憂き目にあって、このたびの中継でも当時の悲痛な表情を捉えた映像がさんざん再生されていた。その後、ジャスティン・ウィルソンの負傷欠場によって本人自身は代役でスターティング・グリッドに並んだものの、RLLRの車で走ることは叶わなかったのだ。

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整然としたナッシュヴィル、整然としたカイル・カークウッド

【2023.8.6】
インディカー・シリーズ第13戦 ビッグ・マシン・ミュージック・シティGP
(ナッシュヴィル市街地コース)

レースに先立って、ミュージック・シティGPの今後が発表された。2024年からは現在のコースを変更し(中心として使用しているニッサン・スタジアムが改修に入るという事情もあるようだ)、シーズン最終戦として開催されることになる。今年でまだ開催3回目の「新参」が、フィナーレの舞台に選ばれたわけだ。GAORAの中継では、当初は懐疑的な声もあったナッシュヴィルの街にこの新しいイベントが認められ、歓迎されている証だといった話題で盛り上がっており、現に今年も25万人以上の観客を集める大成功を収めた。発表に際してペンスキー・エンターテインメント・コーポレーションのCEOであるマーク・マイルズが「ビッグマシン・ミュージック・シティ・グランプリはわたしが夢にも思わなかったようなレベルにまで成長している」とご満悦なコメントを残しているように、音楽の街の真ん中を走り抜けるレースは望外とさえ言える想像以上の人気を博している。現在の最終戦を行うラグナ・セカは名コースではあるものの砂漠に位置するサーキットで集客面ではどうしても不利だったから、特に熱量という点においてナッシュヴィルはシーズンの掉尾を飾ってくれるだろう。

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アイオワのショートオーバルにジョセフ・ニューガーデンが舞う

【2023.7.22-23】
インディカー・シリーズ第11戦 ハイビー・ホームフロント250

インディカー・シリーズ第12戦 ハイビー・ワン・ステップ250
(アイオワ・スピードウェイ)

去年のアイオワのVTRだと言われても信じたかもしれない。単独走行に強いウィル・パワーが土日のダブルヘッダーのポール・ポジションを独占し、決勝ではクリーンエアを生かしてリードを確保しようと試みる出だしだったのである。ところがしばらくするとチームメイトのジョセフ・ニューガーデンが追随してきて、単純なスピードの差で、あるいは周回遅れを交わそうとするときにほんのわずか躊躇したその失速の隙を突いて、あっという間に隣に並んだかと思うと次の瞬間には完全に位置関係が入れ替わっているのだった。タイヤを使い古してもニューガーデンの速度は衰えを見せず、どんな手品を使っているのか、つねに内へ外へとラインを自在に変えながら、1周20秒しかないショートオーバルに次々と押し寄せる壁をすり抜けていく。優雅に舞い踊るかのような美しい動きは見惚れるほどで、パワーは時間を追うごとに引き剥がされるばかりだった。本当に、何も変化のない光景が繰り返されていた。この2年で違っていたのは、せいぜい先頭が入れ替わるまでにかかった時間の長さと、日曜日のレース2で234周目になってもニューガーデンの車が壊れずに走り続けたことだけだ。去年も本当ならニューガーデンが土日を連勝するはずだったし、今年は実際にそうなった。いや、去年だけの話ではない。2年間のカレンダー落ちを挟む前の2019年もほとんどおなじ構図で、49周目にパワーを交わしてリードを奪ったニューガーデンがそのまま圧勝した。だれもニューガーデンに追随できないアイオワで、パワーはまるで引き立て役のようである。損な役回りだが、なまじ同じ車に乗って、なまじ単独では速いだけに、タイヤの使い方と集団の処理の差が際立って見えてしまう。

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