運動の断片を集めてレースに還元しない

【2022.4.8】
インディカー・シリーズ第3戦

アキュラGP・オブ・ロングビーチ(ロングビーチ市街地コース)

すばらしいレースだった、などと口にすればいかにも陳腐で、まったく何も語らないに等しいだろう。しかし事実、そうだったと思わずにいられないときはある。昨季の最終戦からまた春へと戻ってきたロングビーチは、美しい運動を詩的な断片としてそこかしこにちりばめ、儚い、感傷的ですらある印象とともにチェッカー・フラッグのときを告げた。日本では未明から、すっかり朝を迎えようとする時間に、そんなレースを見ていたのだ。断片。断片だったと書いてみて気づく。断片だけがあった。去年、チャンピオン決定という強固で具体的な物語の舞台となった場所で、そんな散文的な文脈から切り離された純粋な運動の一節だけがひとつひとつ漂っていたようだった。

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最後かもしれないテキサスに、スコット・マクロクリンが刻んだ履歴

【2022.3.20】
インディカー・シリーズ第2戦

XPEL 375(テキサス・モーター・スピードウェイ)

当然、レースが始まる前からとっくにわかりきった成り行きだったのである。スコット・マクロクリンは、先の開幕戦でインディカーにたしかな足跡を残したばかりだった。驚くべき予選アタックでポール・ポジションを獲得し、スタート直後から後続を突き放して、フルコース・コーションにも囚われることなく、最後には追いすがる昨季のチャンピオンを周到に振り払って逃げ切ってみせる。マクロクリンが過ごしたセント・ピーターズバーグの顛末に非の打ちどころがあるはずもなかった。感嘆に満ちた初優勝は、つい半年前まで抱いていた彼への凡庸な、いや凡庸と言うにさえ及ばない印象をたったひとつのレースであらためさせた。観客の立場で眺めていると、こんなふうにレーシングドライバーが一夜にしてそのありかたを激変させる瞬間があるように思える。それは当たり前かもしれない。われわれは彼らを2週間に1度だかの頻度でしか行われないレースで不連続に知る以外なく、レースにおいてさえほとんどの場面で彼らは視界の外にいる。萌芽を見る機会に恵まれたとしてもたいてい偶然で、多くの場合、花が開いてはじめてその存在に気付かされるのだ。唐突な邂逅に至るまでにあった成長の過程を観客は知る由もない。ただ、過程を知らないからこそなおさら、開花に立ち会ったときに経てきた時間を想像し、そこにはすでに才能が充溢していると信じるべきであるだろう。豹変を侮ってはならない。

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cf. St. Pete, 2022

【2022.2.27】
インディカー・シリーズ第1戦

ファイアストンGPオブ・セント・ピーターズバーグ
(セント・ピーターズバーグ市街地コース)

ここでインディカーについて書くことはいつも、現在と呼ばれる頂上から四方に広がる麓へと手を差し伸べて過去を引き寄せ、両者を接続する営みと不可分だった。いま行われている最中のレースをただひとつの出来事として捉えるのではなく、そこに至るまでの過程によって語ろうとする試みに、筆を弄してきた気がする。もう5年近く前になるか、年間参戦の第一線から退いたエリオ・カストロネベスに向かって届くはずのない恋文を認めたのはその最たるものだったろうし、あるいはセント・ピーターズバーグについて、ほとんど手癖のようにウィル・パワーのポール・ポジションと、予選と対照的に順位を下げてしまう決勝について連ねてきたのだった。過去を幾度と参照し、過去の出来事を繰り返しながら気づけば10年近く、モータースポーツの発展にとって無益な、有用な情報もなければ体系的ですらない、たんなる随想をただ書いている。職業ジャーナリストや評論家ではない一介の観客に、いま起こっている事象を正しい情報へ翻訳して読者に供するのは困難で、過去を繰り返さなければこれだけの、「長い」と言って憚るまい期間は続けられなかったはずだ。追憶ばかりを頼みとするのは少々感傷的で、現在に対する不誠実な瞞着であるかもしれないが、それが現在を照らすときもあろうと、なかば無理やりに信じるところもある。

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Ambitious “Car” Magic

【2021.5.1-2】
インディカー・シリーズ第3戦 ジェネシス300(レース1)

インディカー・シリーズ第4戦 XPEL375(レース2)
(テキサス・モーター・スピードウェイ)

目の前の手品師がテーブルに敷いたベロア生地の敷布の上に箱から出したばかりの52枚のトランプを鮮やかな手つきで均等に広げ、上品ながら余裕綽々といった風情の笑みを浮かべ、どうぞ、お好きなカードを1枚選んでくださいと言うのだった。あなたはわずか逡巡したのち、何を選んでも大差ないだろうと考えて、規則正しく表向きに並んだカードの列から、ほとんど無作為に、真ん中少し右に位置するスペードの3に指を置いた。手品師は頷いて51枚を左手に束ね、選ばれたカードだけをテーブルに残す。スペードの3です、まちがいないですね? あなたが頷きを返すと、手品師は、たしかにあなたが選んだものだとわかるようになにか書いてもらいましょうか、と懐から文房具店でよく見かけるサインペンを取り出す。手渡された黒いペンをつい疑り深く検めてみたりもするがどうやらただの市販品で、キャップを外して余白に名前を書き入れることにする。あなたのお名前ですか? いやまあ適当な人名です。短いやり取りののち、手品師はまた首を縦に振ってスペードの3をあなたや周りで見守る観客に向け、穏やかな笑みを崩さずに、どなたかの名前が入った世界で唯一のカードがここにありますと告げ、デックの中央あたりに差し込んでぴたりと揃えた。52枚の束の一辺をぱらぱらと軽く弾き、手品師は言う。さて、あなたが選んだカードは非常に「アンビシャス」ですから、わたしが合図を出せば他のカードを押しのけて自分で上にのぼってきます。このとおり。指が打ち鳴らされる音が響き、次に一番上のカードが表に返される――スペードの3、サイン。

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